「2026 FIFAワールドカップ」の開催地であるアメリカに遠征したサッカー日本代表は、メキシコ代表、アメリカ代表と連戦。ご存じの通り、結果は1分1敗といささか残念な結果に終わった。

 ただ、現在は来年6月の本大会に向けた強化期間の最中。本大会で勝つ可能性を少しでも上げるために、チームの強化を重視するフェーズといえよう。今回の遠征でも優先事項はあった。それは開催地の環境などを知り体験すること。これにより、本大会での勝率を上げると仮説が立てられているからで、今までの本大会時におけるパフォーマンス力などを測定した検証から得られた1つのタスクとなっている。

 実際に森保一監督はチーム解散後もアメリカに残り、本大会時の合宿候補地を視察するという。

サッカー日本代表、米遠征で1分1敗の残念な結果に…森保監督の...の画像はこちら >>

2つのテーマで実証実験が行われたが…

「ワールドカップ優勝」という公言した目標を達成するべく、大小さまざまな仮説を立て、検証に臨んでいるのが今の日本代表だ。先日のメキシコ戦とアメリカ戦では、チーム強化のために大きく分けて2つのテーマがあったように見える。

 1つは、個の成長を促すこと。森保監督のコメントからひも解くと、個の成長を促してチーム全体を底上げすれば、ワールドカップ優勝に近づくという仮説が立てられている。今回はその実証実験が行われたかたちだ。

 そして、もう1つが戦術的なオプションをつくるということだった。優勝するためには異なる相手に8勝しなければならず、それには実行できる戦術は多いほうがいいという仮説を基に取り組んでいることだ。


 いずれも最終的な結果は6月までわからないのだが、そもそもこの実験の手段は正しかったのだろうか。

「時期に問題があった」ワケ

 1つ目の個の成長を促すという点においては、時期に問題がある。この仮説には賛同するが、代表の1試合だけで成長するわけがない。個人差はあれど、個の成長にはある程度の期間が必要だ。もちろん森保監督を含めスタッフ全員が理解しているはずで、今回は成長するための気づきの機会を与えたかったというのが本音だろう。選手らが試合後に発したコメントから察するに、気づきを与えることには成功している。ただ、その後6月までの間に世界と戦えるレベルまで目指せるかというと、疑問符をつけざるを得ない。

 槍玉に挙げるつもりはないが、アメリカ戦で右サイドを務めた望月ヘンリー海輝は空中戦の強さなどをアピールしたが、守備におけるデュエルの局面で相手に決定機や起点をつくられる場面が多々あった。望月個人としては今回の試合でデュエル勝率を向上しなければならないと気づきを得たことだろうが、Jリーグの舞台に今回対戦したプリシッチほどのクオリティを出せる選手は多くない。

 極論にはなるが、同様のクオリティを持つ選手が多く在籍するリーグに移籍して、できるだけ多く対戦経験を積むというのが手っ取り早いといえる。だが、移籍できる期間はすでに過ぎている。望んだとしても来年1月まで環境を変えることはできないわけだ。

 もちろん、普段の取り組み方を変えるだけで劇的に成長できる選手もいるので、環境を変えるのが必ずしも正解とは言い切れない。
しかし、気づいたところで「試したくても試せない時期」というのは選手にとっても歯がゆいだろう。

“成長を促す実証実験”は、欧州のトップリーグに移籍可能な8月までに種を蒔き終えていなければならなかった。

残念ながら「妥当性のない実験」になってしまった

 もう1つの戦術のオプションをつくるという点についても、基本的には賛同している。先述のとおり、今回のワールドカップで優勝するには異なる相手に8回勝たなければならない。日本代表の現状を踏まえると、格上格下どちらも相手になり、さらにはボール保持を得意とするチームとの戦いもあれば、ロングボールを主体とするチームとの戦いもあるだろう。要するにさまざまなチームを相手にすることが想定されるので、どんな相手にも合わせられる戦術を実行できるように準備をしておきたい。

 現状の日本代表はフォーメーションを変えることで戦術を変えようと取り組んでいるところだ。使い慣れた3バックを主軸にして、4バック下で行う戦術をオプションとしたい意図は、森保監督のコメントからも汲み取れる。

 今回は、ワールドカップ常連の相手に4バックでの戦術が通用するのかを検証したのだが、前提となる“制御すべき条件”を自ら大幅に変えてしまっているため、まったく妥当性のない実験になってしまった。

主力ではない選手で“実験した意図”がわからない

 森保監督は、4バックでの戦術を「オプション」と表現しており、標準装備に付加されるものということを意味している。その標準装備とはこれまで多用してきた3バックのフォーメーション時に行ってきた戦術だ。けれども、主力メンバーを主体して試さなければ通用するかどうかの検証にはなりえない。

 今回の遠征であらためて周知の事実となったが、今の日本代表は主力と呼ばれる10数名とその他の候補選手では実力差が大きい。レベルの劣るメンバー主体でオプションの実験をしても、その結果からは何も得られない。
ただ、森保監督は「メンバーが変われば戦術も変わる」と言い続けてきたので、ひょっとすると4バックで行おうとしている戦術では、アメリカ戦でのメンバーを主体として考えているのかもしれない。仮にそうであったとしても、それが勝てる確率を上げられるオプションになるとは考えられないが、“思うこと”がなんらかのバイアスに繋がる可能性もあるので、これ以上の言及は避けようと思う。

 話を戻すと、アメリカ戦しかり、森保監督はそのオプションを1試合のなかで使い分けできるようにしたいと考えている。前回大会の成功体験が基にはなっているのだろうが、実際に試合中に大きく戦術を変えられて、それに対応できるチームは世界を見渡してもそうあるものではない。逆にいえば、複数の戦術を状況などに応じて使い分けられれば、勝てる可能性を上げられる。そういった事象をベースに今回の仮説が立てられたことは容易に想像できる。

 戦術を変更する方法として選手交代という手段はあるが、現状のルールでは基本的に1試合に3回で5人までとなっている。戦術を変える術が選手交代という方法だけでは、1試合に3回までしかその機会はないし、半数は試合開始時と同じメンバーで実行しなければならない。つまりスタメンの主力も準備しておく必要があるわけだ。

「目的と手段を履き違えた蛮行」が見られた

 4バックをオプションとするには、左サイドバックの人材が枯渇しているのが日本代表の現状。今回招集されたメンバーでは、長友佑都が唯一4バックでのサイドバックとしてある程度計算できる存在だ。その長友が3バックの一角としても計算できれば、試合中の戦術変更も容易になるという仮説が立てられたのではないか。
ゆえにアメリカ戦で、左のセンターバックとして起用されたのだろう。

 ところが長友は負傷の影響もあり、前半で交代。その時点でオプションの実証実験は完全に破綻したのだが、それでもサイドバックの経験がない瀬古歩夢に“長友の役割”を担わせた。まさに「目的と手段を履き違えた蛮行」といっても過言ではないし、無意味なタスクを課せられた選手には心から同情する。

 ワールドカップの本大会まであと9カ月。こういった実証実験を行える親善試合の場も、のこり8試合前後しかない。わずかで希少な機会を今回のように無駄に使わないこと。それが今回のアメリカ遠征で得られた最も大きな教訓といえる。

<TEXT/川原宏樹 撮影/Norio Rokukawa>

【川原宏樹】
スポーツライター。日本最大級だったサッカーの有料メディアを有するIT企業で、コンテンツ制作を行いスポーツ業界と関わり始める。そのなかで有名海外クラブとのビジネス立ち上げなどに関わる。その後サッカー専門誌「ストライカーDX」編集部を経て、独立。
現在はサッカーを中心にスポーツコンテンツ制作に携わる
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