1993~2004年に就職し、現在40~50代になっている「就職氷河期世代」。この世代が就職難で“損をした”のは事実だが、どの程度の損なのか?氷河期が原因なのか? 
それを精緻に検証したのが、雇用ジャーナリスト・海老原嗣生氏の新著『「就職氷河期世代論」のウソ』だ。


このほど、経済動画メディア「ReHacQ(リハック)」の高橋弘樹プロデューサー、元衆議院議員で人材派遣会社に勤務経験もある宮崎謙介氏を招いて、海老原氏との鼎談が行われた。
激論と笑いで盛り上がったトークの、ごく一部をお届けする。

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600億円が使われた、的はずれな氷河期支援策

今回取り上げるのは、「なぜ氷河期の実像が、政府やマスコミに伝わらないのか」。
よく「政府に放置され、見捨てられた氷河期世代」と言われるが、海老原氏は「それはウソ」だという。実は、20年以上前から数千億円が支援策に使われ、つい最近の2020~2023年にも計600億円の3ケ年集中プログラムが打たれた。しかも、その600億円のプログラムは「的外れだ」と海老原氏は批判するのだ。

就職氷河期世代を救う策は、なぜ的はずれなのか。マスコミも政府も勘違いしていること
氷河期新書

海老原:氷河期終盤の2003年から10年間で、明確なものだけでも4166億円は支援策に突っ込んでます。周辺施策を入れると5000億円は超えてる。
それが効いたこともあって、氷河期世代の非正規就労の人は、もう大半が正社員になっているんです。詳しいデータは僕の本に書いたけど、政府自身がレポートで「正規雇用比率は40歳前後で、他世代と並ぶ」と書いてるんですよ(内閣府「日本経済2019-2020」)。

それなのに、2020~2023年で600億円つぎこんだ「就職氷河期世代支援プログラム」では、「正規雇用を30万人増やす」とうたってるわけ。意味ないでしょう?

僕は、この施策の審議会の委員で、「もう“氷河期世代”支援はいらない。世代に関係なく、本当に困っている長期就職困難者に税金を使うべきだ」と主張して、ケンカしちゃったんですよ。
どう思います、これ?

「広く薄く損をした氷河期世代」の痛み

高橋:今のを聞いて思うのは……氷河期世代には、本当に「痛み」はあるんだと思います。ただ、その痛みの根源を「非正規」に設定するのは、ひょとしたら間違っているのかもしれないですね。正社員であっても、収入の問題で家を買えなかったり、いろんな痛みが肌感としてあるんじゃないですかね。

海老原:そうなんですよ。私、「氷河期が損してない」とは一切言ってないです。薄く広く、数%ずつ損をしているのは事実です。
東京大学教授の近藤絢子さんの著書『就職氷河期世代』(中公新書)によると、氷河期の2000年大卒は、1984年大卒と比べて、卒業後20年の年収が平均7%落ちていると。例えば、「バブル期なら年収700万円もらえたのが、氷河期のせいで650万円で、どうしてくれるんだ」というのが、彼らの気持ちだと思うんです。

でも政策は、「非正規・無業者を正社員にする」ことに軸足を置いている。もう氷河期世代で「不本意非正規(※)」の人は35万人(2024年、41~50歳)で、同世代人口の2%強しかいないんですよ。「しか」と言うと失礼だけど、支援の現場では「氷河期と限定せずに、広くお金を使ってほしい」という声が挙がっているんです。
(※労働力調査で非正規の理由を「正規の職がないから」と答えた人)

官僚が事実をわかっていても抗えない理由

高橋:海老原さんは、ずっとそう言ってるわけですよね?なんで政治家や官僚に届かないんですか?

海老原:僕、めっちゃ大きい声で言い続けてますよ。

高橋:じゃあ、なんで無視するんですか? 僕の世界観だと、官僚もメディアもそんなにバカじゃないと思うんですよ。

就職氷河期世代を救う策は、なぜ的はずれなのか。マスコミも政府も勘違いしていること
高橋弘樹氏
海老原:うん、全然バカじゃないです。

私、厚生労働省の審議会で委員やってよくわかったんです。私のせいで審議会がずいぶん荒れちゃったわけなんですよ。で後日、厚生労働省の官僚の人たちと膝詰めで話したら、「海老原さんのデータは間違いないです」と。でも、経済財政諮問会議とかで、「氷河期世代支援」の大筋が決まっちゃってから、厚労省に降りてくるので、彼らも抗えないんですよ。

会場から発言:それと、本気で「非正規の人はかわいそうだから何とかしなきゃ」と思っている政治家は多いです。地元やいろんな人から直接聞くから。マクロデータと感情論は別なんですよね。

優先して救うべき人はどこにいる?

宮崎:政治家が地元周りをしていると、調子がいい人の声はあまり入ってこない。苦しくて、もがいている人たちの陳情がドンと入ってきますからね。
例えばさっき、氷河期世代のうち不本意非正規は2%、という話がありましたよね。

高橋:何%だったら社会問題なんでしょうね?

宮崎:僕はね、2%って「少なくないな」とも思うんです。感覚として。2%といったら、100人中2人でしょ。
例えばクラスに50人いるうち、1人がいじめられていたら、それは救わなきゃいけない、という感覚はやっぱりあるんです。

就職氷河期世代を救う策は、なぜ的はずれなのか。マスコミも政府も勘違いしていること
宮崎謙介氏
海老原:ただし、氷河期世代で40代前半でも非正規雇用の人は、その3分の2は女性だし、男性だと高卒・中卒が大多数なんですよ、大卒ではなく。だったら、そこにお金を集中して真剣に救えばいいじゃないですか?
不本意非正規の人はどの世代にもいて、計180万人。ところが、あいまいに「氷河期世代支援」として税金を入れるから、逆に救えなくなるんですよ。

氷河期の悲劇を語り続けるメディアの事情

高橋:メディアはどうなんでしょう? 海老原さんが言っている氷河期の実像が正しいとしたら、なぜ新聞とかはもっと報じないんでしょうかね?

海老原:マスコミとかに出ている“有識者”は、本当に雇用のことを知らないんです。労働経済学の学者でもそう。トンチンカンなことを言うから、イラつきますよ。でも新聞は学者の言うことを信じますからね。

何年か前にね、某全国新聞の女性デスクと話したんですよ。「データを見れば、氷河期世代で40代でも非正規の人のうち、90%超は“女性と非大卒”だ。大卒男性より、女性と非大卒のほうが被害者だよね」ということで意気投合したんです。で、一緒にそういう論陣を張ろうとしたら、結局、会社としてはダメだった。

彼女が言うには――大手新聞の人は、有名大学を出た男性が多い。
性差・学歴差に光を当てると、自分たちが返り血を浴びる。「氷河期世代=大卒なのに報われない男性」の話にしておくほうが、痛みを感じないんだ、と。それだけが理由かはわかりませんけど。

高橋:ちょっと待って、ジャーナリストがそこまで腐ってるとは、思えないんですよ。僕、けっこう性善説で、記者はちゃんと勉強してるイメージがあって。

ある方向に乗ると、路線を変えるのは難しい

宮崎:ただ、マスコミもいったん、ある方向--例えば「氷河期世代は今でも悲惨」という話に乗っちゃうと、路線を変えるのは相当難しいと思います。路線を変える時って、世論がめちゃくちゃ怒ったか、裁判で負けたか、だと思うんですよね。氷河期世代論には、どちらのムーブメントも起きてない。

それに、テレビ番組って、あらかじめ方向性を決めてから、それに合う専門家を探しますからね。それに沿ったメモが回って、フリップがもうできていて。

高橋:恥をしのんで言うと、マスコミはやっぱり権威の言うことは信じちゃいますよ。海老原さんが言ってることを、例えば東大教授が言ったら信じるかもしれない。


海老原:中央大学大学院教授やってた時でもダメでした。ほんと、悲しいっすよ。

高橋:やっぱ惜しいわ、海老原さん。たまに出る“非モテの面白芸”みたいな部分を捨てれば、もっと学術的に見られるんじゃないですか?

海老原:もうこの歳で、人格変えられませんて。
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世代に関係なく、本当に困っている非正規の生活保障をどうすればいいか? 
また、氷河期世代で、貧困でも非正規でもないけれど、「薄く広く損をした人たち」にどんな対策がありえるか? 
同書の中で、海老原氏は具体的な政策提案を書いているが、果たして、政府に届くのかどうか――。

【海老原嗣生(えびはら・つぐお)】
雇用ジャーナリスト。サッチモ代表社員。大正大学表現学部客員教授。1964年東京生まれ。 大手メーカーを経て、リクルートエイブリック(現リクルートエージェント)入社。その後、リクルートワークス研究所にて雑誌「Works」編集長を務め、2008年にHRコンサルティング会社サッチモを立ち上げる。漫画 『エンゼルバンク――ドラゴン桜外伝』の主人公、海老沢康生のモデルでもある。
人材・経営誌「HRmics」編集長、リクルートキャリアフェロー(特別研究員)。著書は30冊以上、近著『静かな退職という働き方』が話題沸騰中

<文/日刊SPA!編集部>
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