刑務所や拘置所で、日本一読まれている小説がある。歌舞伎町を舞台に、現代のリアルな裏社会を活写しベストセラーとなった『飛鳥クリニックは今日も雨』だ。
ドラマ化に続き、コミカライズも果たした同作の書き手は、Z李さん。
「この物語の評判がいちばん響いてきたのは、書店ではなく〝塀の中〟なんです。自分でもちょっと引くほどの反響があった」

 と驚きを隠さない様子で、デビュー作の熱狂を語ってくれた。

塀の中で日本一読まれる小説──Z李が明かす「受刑者という最強...の画像はこちら >>

小菅の本屋で差し入れランキングを独占

「小菅にある東京拘置所の前には本屋があるんですけど、そこの差し入れランキングで、僕が書いた『飛鳥クリニックは今日も雨』が上中下巻で1位、2位、3位を独占したことがあった。自分の中ではすごく誇らしいことだったんですけど、新作を別の出版社から出したとき、『そういうのはセールスの文言として使えませんよ』と言われて。ちょっと残念な気持ちになったんです」

 拘置所という場所で愛読される意味を、Z李さんはこう解釈する。

「自分も留置場に入ったり、拘束されたりしたことがあるけど、時間の温度感が娑婆とは全然違う。娑婆じゃ絶対に向き合えない密度で、一冊と向き合えるんです。だから『塀の中にいるやつら』が勧める本は、本当に面白いことが多い。僕は受刑者専門の求人誌『チャンス』で連載を持っていて、全国の受刑者と手紙をやり取りしているんだけど、『こんな本を読みました』と書かれていたら、全部メモするようにしているんです。そして、100通来たら、80通くらいは『飛鳥クリニック、読みました』『とても面白かった』と書いてある。活字や物語に飢えた人たちに面白いと言われることは、食通をうならせるのと同じだと思ってるんです。少なくとも、僕の中ではね」

Real-Tが刻んだ〝夜読する飛鳥クリニック〟

塀の中で日本一読まれる小説──Z李が明かす「受刑者という最強の読者」
『飛鳥クリニックは今日も雨』第一巻(SPA!コミックス)
「塀の中での熱狂」を象徴するようなエピソードもある。
人気ラッパー・Real-Tが、楽曲『寄せ場』で〝夜読(ヤドク)する飛鳥クリニック〟とリリックに刻んだのだ。寄せ場は刑務所、ヤドクとは消灯後に看守の目を盗んでこっそり読む、という意味だ。

「Real-Tくんとは顔見知りではあったけど、『俺の本を読んでくれ』なんてことは一度も言ってないんです。彼が出所してから食事する機会があったんだけど、『歌詞に飛鳥クリニックって入ってるんで聞いてください』って本人から唐突に言われて。こっちが〝嘘でしょ〟ってなったくらいで。

 悪い奴の生き方や言葉が、俺は好きなんです。でも、いまは『チャンス』で再犯防止の活動もしている手前、彼のリリックは悪すぎて、これを推奨していいのかなとは思ってしまうけど(笑)。『がんころ』って曲、聴いてみてください。サビが〝早いの、早いの、早いの、ポーン〟ですよ(笑)」

『飛鳥クリニックは今日も雨』のドラマ版に楽曲提供し、友情出演も果たしたラッパーの漢 a.k.a GAMIさんも、Z李さんにとって感慨深いラッパーの1人だ。

「漢くんの周りも、バケモンみたいなのがいっぱいいる。なのに彼は引っ張られすぎず、引っ張りすぎず、自分は自分として、うまくサバイブするんです。普通の人が漢くんの立場になったら、たぶん3日で自殺するでしょうね。
歴が長くて両サイドを知ってるから、ストリートのトラブルの相談が次々と持ち込まれる」

 リッキー、剣桃太郎、D.O——Z李さんを取り巻いた男たちは、次々と塀の向こうへ消えた。事実は小説より奇なり、である。

「本当の出来事のほうが、嘘っぽいくらい面白い。そんなことばっかり周りで起きてたんです。飛鳥は、その集大成ですね。ドラマ版もとても良かったし、コミックも今後を楽しみにしています」

 偏った世界のリアルとユーモアを、これでもかと濃く沁み込ませた同作。刊行から3年が経ったいまも、全国の塀の中で愛され続けている。

Z李
座右の銘は「給我一個機会、譲我再一次証明自己」。経歴不詳、表と裏の境界線上にいるインフルエンサー。X(旧Twitter)のフォロワー100万人超。週刊SPA!にて2021年より2年にわたり、長編小説『飛鳥クリニックは今日も雨』を連載、同書は2025年にてドラマ化もされ、2026年にコミック化されている

取材・文/日刊SPA!編集部
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