元SMAPのマネージャーで、新しい地図が所属するCULENの代表でもある飯島三智氏が、韓国の大手芸能事務所・HYBE JAPANの「J-POP エグゼクティブプロデューサー」に就任したという発表に大きな注目が集まった。
 HYBEはBTSやSEVENTEEN、LE SSERAFIMなど多くの人気K-POPアーティストが所属する事務所で、HYBE JAPANはその日本支社にあたる。


 韓国大手事務所がJ-POP市場に本格的に進出する可能性も含めその動きが気になるところだが、そこに大きく携わる予定となるとみられるこの「飯島三智」という名前に、STARTOファン、旧ジャニーズファンなどが大きな衝撃を受け、当時ファンの間で使用されていた「飯島班」という言葉もSNS上などで久しぶりに観測されるなど、一部でざわめきたつ様子が伺えた。

 なぜ飯島氏の動きがそれほど旧ジャニーズファンをざわめかせたのか。

 それは、タレントたちがかつて、事務所内に「派閥」や「壁」があるかのような露出をする時代が続いたことによる。

 ファンの間では、飯島氏がマネジメントなどを担当する「飯島班」、藤島ジュリー景子元社長が担当する「ジュリー班」、そして故ジャニー喜多川元社長の「ジャニー班」という「班わけ」(または「◯◯派」という派閥的名称のことも)のような捉えられ方が存在していた。

 一般的に言われる組み分けでは、ジュリー班がTOKIO、嵐、関ジャニ、NEWS、KAT-TUNなど、飯島班はSMAP、Kis-My-Ft2、Sexy Zone、山下智久など、そしてジャニー班がKinKi Kids、タッキー&翼、ジャニーズJr.(現ジュニア)など、といったところだろうか。

 SMAP解散から10年目となる現在では、当時の状況を知らないファンも多数いるだろう。そんな空気感を少し振り返ってみたい。

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交わることが少なかった「飯島班」と「ジュリー班」

 冒頭に記したように、飯島氏は、SMAPを担当するマネージャーであった。

 歌番組やアイドル番組も減少し「アイドル冬の時代」とも言われた当時、飯島氏はデビュー当初に苦戦したSMAPをバラエティ番組に出演させ熱心に売り込むことで認知度を高め、その手腕で彼らを後の国民的アイドルにまで育て上げた。

 事務所全体がやや低迷期に入りかけていた時期とも重なり、SMAPは現在まで連なるジャニーズ事務所(STARTO)人気を牽引する存在にもなった。

 巨大化する事務所人気の一方で、SMAPと後続のデビューグループとの共演機会は、次第に減少し始める。

 たとえば「ジュリー班」とされる嵐や関ジャニ(現SUPER EIGHT)メンバーとSMAPの共演は、いつの頃からかほぼ消滅していた。

 中居正広と石橋貴明がMCをつとめた音楽番組「うたばん」に嵐がゲスト出演し、大野が貴明の差金で生意気な発言をし中居がキレるという「お約束」も名物だった時期もあったのに、いつしか共演NGとも言われるほどの「分断」が存在した時代があった。


 櫻井翔がMCをつとめる日テレ系の大型音楽特番には「飯島班」(とされるグループ)は出演せず、中居正広や草彅剛がそれぞれMCをつとめたTBS系、フジテレビ系の大型音楽特番には「ジュリー班」(とされるグループ)は出演しない。

 大晦日恒例だった「ジャニーズカウントダウンコンサート」も、SMAPは出演していない。

「SMAP×SMAP」などSMAP関連のバラエティやドラマに「ジュリー班」とされるグループやメンバーが出演することもほぼなくなっていた。

 逆に「飯島班」とされるKis-My-Ft2のメンバーはSMAPメンバーとの共演が多く、グループ内ユニットとして誕生した「舞祭組」にいたっては、中居正広がグループ名も含めプロデュースしたことでも有名だ。

 キスマイと嵐やKAT-TUNの共演を見たかったファンはやきもきした時期もあったのではないだろうか。

 さらに、そこに「ジャニー班」と呼ばれる存在も加わる。

 これも明確なエビデンスはないが、Hey! Say! JUMPやSexy Zone、A.B.C-Z、そしてJr.はジャニー氏の管轄であったが、姉のメリー氏や姪のジュリー氏と折り合いがつきにくく、飯島氏に担当をお願いしたとも言われていた(そのため、JUMPやJr.も「飯島班」という扱いとされることもある)。

メリー氏が危惧していたこと

 同じ事務所のグループ同士でありながら、同じ番組やイベントでの共演がなかったり、あるいは別の時間帯などで出演するなどといった状況は不自然と思われても仕方なく、ファンの間で不安や不満が募るのも理解できる。

 派閥のようなものができてしまった背景には、飯島氏とメリー氏との間に生まれた確執があるとされている。

 メリー氏はかつてから、娘のジュリー氏を事務所の後継者にしたい思いがあったものの、経験豊富で実績もある飯島氏と、ジュリー氏の間にはマネジメントの力量に明確な差があったという。

 そのままではメリー氏、ジャニー氏が退いたあとのジュリー氏の地位、そして事務所そのものが一族から奪われてしまうことをメリー氏が危惧したということが報じられたりしていた。

 そんな中、メリー氏の思いを知ってか知らずか、ジャニー氏が子会社を設立し、飯島氏に経営を委ね若手のマネジメントを任せた。これもさらに確執を深めるきっかけになってしまったとも言われる。


「格差売り」で知られた飯島氏

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舞祭組の、わっ! (通常盤)
 飯島氏のエグゼクティブプロデューサー就任の報にファンがざわめいたのは、派閥分けだけではない。

「格差売り」をされたというトラウマも刺激されたこともある。

 前述のキスマイの舞祭組は、そのネーミングも含めて「じゃない方」的な自虐性を立脚点としたものである(どちらかというと飯島氏でなく、中居のセンス寄りのような印象もあるが)。

 セクゾも一時期は5人を3人と2人に分けて活動させた時期があり、松島聡とマリウス葉の二人がJr.のような扱い、さらにいえば「推されJr.」よりも目立たない存在ともとられるような時期も存在した。

 JUMPもまた、山田涼介と知念侑李の二人が中山優馬とのユニット「NYC」のメンバーを兼任し、一時期JUMPとしてのシングルリリースが1年以上ストップしてしまったこともあった。

 こういった時代を経験したファンにとっては、HYBEの看板とともに、STARTO社に攻勢を仕掛けてくるのではないかとか、HYBE所属のアーティストが格差売りされたりしないかとか、そういった心配が生まれたということだ。

旧ジャニーズファンの心配は杞憂か、それとも…

 飯島氏の退社、そしてついにはSMAP解散にまでつながる大きなきっかけとなったのが、2015年の「週刊文春」によるメリー氏へのインタビューである。

 このインタビューで派閥について尋ねられたメリー氏は派閥は存在しないと全面否定、「そんな実在しない派閥があると思わせたのであれば飯島をやめさせる」と発言した。

 そして、飯島氏本人を呼び出し、派閥はあるのかと問い、飯島氏が「ありません」と答え、この時点で「ジュリー派」「飯島派」といった派閥は存在しないことになった。

 とはいえ、この真に迫る迫力のやり取りそのものが、より一層の恐怖をファンに植え付けたこともひとつの事実だったであろう。

 時代は流れる。ジャニー氏、メリー氏は鬼籍に入り、ジャニー氏の性加害問題でジャニーズ事務所という組織も解体された。

 新潮社より刊行された『ラストインタビュー―藤島ジュリー景子との47時間―』では、飯島氏との関係にも触れ、飯島氏が事務所のデスクをつとめていた時代には交流があったが、SMAPのマネージャーになってからはほとんど話をしなくなった、「お互いに避けていたと思います」と述懐している。


 そして、飯島班とジュリー班と呼ばれることに対して、SMAPと嵐の扱いには注意していたが、

「『キスマイと共演したくない』とか『セクゾと共演させない』といったことは思ったことさえありません」

 そうきっぱりと答えている。

 デビュー当時に人気を爆発させられなかったSMAPを、これまでの戦略とは異なる道筋で国民的アイドルに仕立て上げた飯島三智氏。

 しかし、その後のタレントを売り出すために残酷とも捉えられるクールでシビアな側面もある手法は、弱肉強食よりも平和や平等を望むファンにとってはショックとなる場面も多々訪れ、それが今なおトラウマとなっているファンも一定数存在する。

 そんな彼女が新しい地図に加え、K-POPという旗をかかげ黒船のように旧ジャニーズファンたちの前に強大なライバルのように立ちはだかるかもしれないという脅威が、トラウマを蘇らせてしまったというのが今回のざわつきの理由だ。

 HYBE JAPANがこの先どのような展開を繰りひろげてくるのか具体的には全く分からない段階だが、K-POPと飯島氏が起こす化学変化がボーイズグループのみならず、J-POP界に大きな変革をもたらすかもしれない。

<文・太田サトル>

【太田サトル】
ライター・編集・インタビュアー・アイドルウォッチャー(男女とも)。ウェブや雑誌などでエンタメ系記事やインタビューなどを主に執筆。
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