全国に10万人ほど存在する、とも推定される「片目失明者」。その生活には、様々な困難が存在する。

距離感がつかみにくく、危険な思いをすることが多かったり。見える目を酷使することで、眼精疲労による頭痛や肩こりが起きやすかったり。周囲の無理解から差別を受けることも、就労に困難が生じることもある。

だが、厚生労働省の基準では、片目を失明していても、見える目の矯正視力が0.6以下でないと障害者として認められない。その結果、少なくない片目失明当事者が「障害者ではない」とされ、困りごとを抱えながら生きている。

「健常者」と「障害者」のはざまの人生とは、いったいどのようなものなのか。先天的に片目が見えないライター・日向レマが、自身のこれまでをポップに綴る。

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見えない理由は分からないまま

こんにちは、片目が見えない人です。

簡単なプロフィールをいうと、東京在住の24歳。おそらく生まれてから今までの24年半、ずっと左目が見えていない。

見えない、と書いたけど、左目の視力は「運が良い日に0.01が出る」くらい。……って言うとよく右目をふさいで「この指何本見える?」ってやってくる人がいるんだけど、実はあれ勘で分かっちゃうんですよね。でも文字は全く読めないし、基本的にはコントラストが分かる程度。
ちなみに右目は裸眼で1.5。だいたいの人に勝てる。

なんで見えないのか、は正直よく分かっていない。やたらとよく転ぶ第1子として両親を困惑させた2歳のぼくは、近くの眼科から「もっと大きい病院へ」と強そうな国立病院へ紹介されたらしい(当然、記憶はない)。城の如くファビュラスなその病院に、ぼくは1泊2日で検査入院したらしい(当然、この記憶もない)

医療のプロフェッショナルが徹底的に調べても「原因不明の網膜の異常」「多分生まれつき」ということしか分からず、ネットで検索しても珍しすぎて何もヒットせず。

ありったけの悲嘆・動揺・困惑を親族一同が担当してくれた結果、現在の自分にとっての「片目が見えない」は「1月生まれ」や「マヨネーズ嫌い」とあんまり変わらないところにある。なんならたまに見えていないことを忘れる。

眼精疲労に頭痛、人とぶつかりやすい

片目が見えなくても「障害者」にならない? 先天性失明の24歳が語る“健常者との境界線”のリアル
日向レマ
その昔はいつか両目とも見えるようにならないかな、なんて願った頃はあったんだけど。残念ながら科学技術は間に合いそうにないし、見えている右目にも異常はあるから、気をつけないと1しかない残機が0になってしまう。ところでどうでもいいことですが、周囲の「メガネかければいいんじゃないの?」が「iPSでどうにかならないの?」に変わった時は世界の発展を感じた覚えがあります。どっちにしてもどうにもなりません。

そんな感じで暢気に過ごしているので、「困っていることはある?」と聞かれると、ぼくは一瞬フリーズしてしまう。

もちろん、あると言えばある。
“両目勢”より目が疲れやすくて、PCをガン見する仕事では激しく頭を痛めていることとか。

東京生活7年目なのに人混みを上手く歩けなくて、視野の端から現れる人々を避けられずに「ぶつかり若人」と化してしまうこととか(ほんとうにすみません)。

その昔クラスメートに「ゲゲゲの鬼太郎~」とからかわれたこと……は、正直もうどうでもいいな(これを読んで同情した人がいたら、ぜひ目玉おやじを探すのを手伝ってほしい)。

どうしても叶えられない夢

真面目に振り返ってみると、とかく怪我をしやすいことはひとつの悩みだったかもしれない。

中学時代には、距離感がつかめないがゆえに体育で年2回指の骨を折り(バレーとバスケでそれぞれ1回)、以後「球技はすべて見学」という学校直々の通達が出され、地元の整形外科で「また来たの?」と言われながら待合室のマンガを読み漁っていた。『NANA』は結局完結しなかったらしい。

もっと昔、小学生の頃は、左側のブロック塀に設置されていた消火器に気づかず、激突し派手に転倒、なんてこともやっている。膝にできた傷はなかなかのサイズであり、治った後も盛り上がってよく目立った。体育座りをしているときに指差して、「これ、さなぎ?」と聞いてきた友人はイカしていると今でも思う。

そういえば、現状の困りごととして1つ大きいものがあった。運転免許が取れないこと。正確に言えば「めちゃくちゃ頑張って視野の検査にパスすれば取れるらしいけど、流石に怖すぎるのでやめておきたい」が近い(遠近感も要領の良さもない人間が運転する車は凶器である)。

しかし、車という移動手段を排除した生活はちょこちょこ不便だ。
たとえば『高嶺の花子さん』の主人公だったら詰んでいる。海に誘う勇気や車以前に、運転の権利がないのだから。黒魔術にでも手を出してしまうかもしれない。

そして免許が取れないということは、車を必要としない街、つまり都市部にしか住めないということだ。だから「犬と住む大きな一戸建て」とか、そういう夢は自動で来世にお預けとなる。大変残念だ。

周囲の支えで続く、平穏な日常

つらつらと書いてきたが、ぼくの生活は至って平穏である。

「片目が見えないのが障害認定されないのなんで?」とか、「両目とも見えなくなったらどうやって生きていこうかな」とか、色々考えることはあるけれども。

人混みで左側を歩いてくれる友人や、眼精疲労対策を考えてくれる同僚に助けられながら。

「右目の視力が下がった時は、コンタクトレンズが1つでいいしお得だな。メガネも半額にならないかな」とかアホなことを思いながら。

「障害者」と「五体満足」の間のどこかを、ぼくはふよふよと生きているのだ。


あの時左膝に出来た「さなぎ」は、年々薄くなりつつもまだ残っている。

蝶でも出てきてくれないかな、なんて、時々眺めながら思ったりする。

<TEXT/日向レマ>

【日向レマ】
2002年生まれ、茨城県出身。東京大学教育学部卒→同大大学院修了。現在はライター/心理職として活動中。様々なマイノリティ属性の当事者。関心のあるテーマは家族関係、障害、ジェンダー、メンタルヘルスなど。児童文学とカラオケが好き。X:@RemaHyuga
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