一時は米5キロ4000円超。それでも売り場から米が消え、「古古古古米」なる備蓄米まで放出された。
2年にわたり家計を直撃した「令和の米騒動」が今、終わりに向かっている。この秋から、新米の値段が徐々に下がっていくとみられるからだ。消費者にとっては朗報だが、割を食うのは米農家だ。

なぜ新米が値下がりする?

新米が5キロ2000円台に?「令和の米騒動」が終わる一方で、...の画像はこちら >>
 値下がりの起点は「概算金」。JAが集荷時に農家へ前払いするお金で、事実上の“米の卸値”の基準になる。この金額が今年、各地で前年から3~4割引き下げられた。産直サイト運営のビビッドガーデンの調査では、概算金を提示された登録農家の8割超がその水準を「厳しい」と答え、4人に1人は「経営継続に強い不安」を選んだという。

「稲刈りの機械には屋根がなくて、真夏の炎天下に何時間も座りっぱなし。終わったら夜まで倉庫で袋詰めです。繁忙期は朝8時から夜7時まで。人を雇うお金なんてなくて一人なので、時には朝も昼もメシ抜きで働きます。田んぼのど真ん中で倒れても誰にも気づいてもらえないでしょうから、今年もちゃんと生きていられるかなって」

 そう話すのは、茨城県で4ヘクタールの田を一人で耕す魅影氏。V系バンド「曇りのち、」のドラマーとの兼業農家を10年続けている。
だが、これほど働いても米だけでは食えないという。

「10年やって初めてまともな生活ができたのに…」

「平年なら、経費を引いて手元に残るのは年200万円ほど。夏の繁忙期以外はバンド活動とバイトで食いつないでいます。それが去年は60キロ3万5000円まで卸値が上がって、いきなり収入が3倍に。10年やって初めて、まともな生活ができました」

 その矢先の急落だった。

「まだ確定していませんが、噂では60キロ1万4000円まで落ちそうだと。コロナの頃は9000円で、1年間働いても収支プラマイゼロ。それを考えると、ギリギリ許容範囲ではあります。しんどいですが、父から譲り受けた田んぼを守りたい一心でこれからも続けます。米は、日本の宝ですから」

「令和の米騒動」はなぜ起きた?

 そもそも、「令和の米騒動」はなぜ起きたのか。埼玉県を中心に300ヘクタール超を耕す国内屈指の大規模法人、中森農産の中森剛志氏が解説する。

「コロナ後、肥料や燃料、人件費は上がったのに、米の値段にはほとんど転嫁されなかった。コスト増を、農家が被ったからです。‘23年度、米農家の半数以上が赤字か減益になり、翌年には過去最多の離農数に。
一方、物価高による生活防衛のために家で米を炊く人が増え、米の需要は2年連続で伸びました。‘23年産で見れば、44万トンもの不足です。弱りきった生産基盤に、歴史的な需要増が重なった。これが『令和の米騒動』の正体です」

新米が5キロ2000円台に?「令和の米騒動」が終わる一方で、農家は悲鳴…“安すぎる米”の先に待つ「次の米不足」
「コスト増を農家が被った。結果、過去最高の離農が起きた」と中森氏は憤る
 慌てた政府は備蓄米の放出で価格を抑え込みつつ、「増産」へ舵を切った。その結果が、今年の米余りだ。“川を流れる農家”としてSNSで人気のくさひろ氏が続ける。

「去年は米が高く売れ、国も増産と言ったからみんなこぞって米を作った。そこへ備蓄米が60万トンも出てきたので、市場が米であふれたんです。概算金の額を決めるのは、農協の倉庫のダブつき具合。倉庫には売れ残った米が積み上がり、余っているから米卸も『欲しい』と言わない。だから今年は安くなるんです」

「米農家は儲からない」当事者が明かすシビアな収入とは?

 JAグループの集荷は国内生産量の4割程度。「残るJA外の取引では、もっと深刻な価格下落が起きている」と中森氏は明かす。

「JAの概算金は表に出ますが、流通の過半を占めるJA外の個別取引は価格がほとんど見えません。
これが概算金を大幅に下回り、前年より6~7割安いことも。国が認定した生産コスト指標である60キロ2万535円すら割り込んでいます」

 さらに中森氏は、この2年の政府の対応を「市場原理を都合よく使い分ける、非対称な政策だ」と糾弾する。

「エネルギー高騰には、政府は累計13兆円を超える予算を投入して価格を抑えました。一方で米の高騰には、財政を出さずに約60万トンもの国家備蓄を放出して米価を下げたんです。問題はその後で、下落した今は『市場価格への影響に配慮する』として買戻しには慎重。これでは国民の不満や支持率を意識し、市場原理を都合よく使い分けていると疑われても仕方がありません。食料安全保障のための備蓄米を使って生産者だけに損失を負わせる。こんなのただの民業圧迫です」

昨年の高値で「第二の離農の波」が

 そんな米農家を尻目に、巷には去年の高値で「さぞ米農家は儲かったんだろう」という声があふれている。

「10ヘクタール以上の中規模・大規模農家の中には1000万円以上儲かった人もいた。それは事実です。ただ、農家の8割を占める小規模層は別。儲けはあってもせいぜい数百万円です。もともと赤字で手出しをしながら続けていた人も多かったので、去年の高値で借金を返し、それを機に家業を畳んだ人をたくさん見ました」(くさひろ氏)

新米が5キロ2000円台に?「令和の米騒動」が終わる一方で、農家は悲鳴…“安すぎる米”の先に待つ「次の米不足」
用水路を流れる人、として認知を集めたくさひろ氏。オンラインでの直販も手掛け、農家の新たな道を模索している
 ’23年に続く、第二の離農の波である。
魅影氏の近辺でも例外ではない。

「小規模はもう畳み終わって、残っているのはうちくらい。『うちの田んぼを使ってくれ』と頼まれて、2ヘクタールだった田は気づけば倍になりました。農家の平均年齢は70歳と言われ、担い手もろくにいませんから。だって、儲からないんですもん」

「自給率100%でなくなる前に、国産米買ってほしい」

 また、日本の米の5~6割を作っている専業農家に対しても、中森氏は危機感を募らせる。

「備蓄米放出もあって民間在庫が積み上がる一方、政府備蓄は100万トン水準を大きく割り込んでいます。それでも十分に買い戻さず価格下落を放置すれば、米収入への依存度が高い専業農家ほど苦しくなる」

 こうして新米の店頭価格に下落圧力がかかるなか、くさひろ氏の見立てはこうだ。

「5キロ2000円台が普通になると思います。ただ、この価格が続けば来年の作付けは間違いなく減る。2~3年すれば店の棚から米が消えて、また値段が上がり始めるでしょう。今回の安値は、次の大相場の前触れにすら見えます」

 では、我々消費者はどうすればいいのか。

「米の値段を上げて消費者だけに負担させろ、という話ではありません。
アメリカには米価が下がったときに差額を補う制度があり、欧州にも農家への直接支払いがあります。日本も農地の集約や効率化を進めつつ、食料安全保障を支えるセーフティネットをつくるべきです。ところが今は、その議論より『誰のせいで米が高いのか』という短期的な悪者探しばかり。効率化は農家の責任、食料安全保障は国の責任、米価は市場で決める。この原則で農政を組み直すべきです」(中森氏)

「ぜひ国産米を買ってください。自給率100%じゃなくなってしまう前に」(くさひろ氏)

 安い新米に笑っていられる秋は、そう長くは続かないかもしれない。

魅影氏
ヴィジュアル系バンド「曇りのち、」のドラマー。父の急逝を機に家業を継ぎ、茨城県で4ヘクタールの田を一人で耕して10年目。コシヒカリとあきたこまちを育て、米穀店への卸とファンへの直販で販売

中森剛志氏
株式会社中森農産代表。埼玉県で300ヘクタール超を耕す国内屈指の大規模米農家。「食料安全保障の確立」を理念に、担い手を失った農地を引き受けて拡大を続ける。米政策への提言も積極的に発信

くさひろ氏
島根県益田市で30ヘクタールを耕す米農家。
コロナ禍で取引先を失い倒産寸前のなか、”川流れ動画”が大反響となり、全量SNS直販へ転換。島根県農協青年組織協議会会長などを歴任

取材・文/桜井カズキ
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