引っ越しの際によく耳にする「隣人ガチャ」という言葉。
 近隣住民の質が運任せなことをガチャに例えた言葉です。
中にはそれがきっかけでストレスを抱え、我慢の挙句引っ越さざるを得ない人もいるのだとか。

 国土交通省が公表している『令和5年度マンション総合調査』でも、マンション内で発生するトラブルの中では“居住者間のマナーをめぐる問題”が大きな割合を占めています。

 その中でも生活音やルールを巡る悩みは身近な課題として挙げられています。管理会社や管理組合に相談しても、すぐに解決しないケースは決して珍しくないようです。

 今回取材したのは、そんな集合住宅で発生した“騒音トラブル”エピソードです。一筋縄ではいかなかった問題を見事に解決した“奇策”をご紹介します。

「心身ともに限界…」毎晩、騒音トラブルを起こす強面男性が静か...の画像はこちら >>

静かな田園地帯のマンションを襲った「ブォーン」という騒音

 周囲にはまだ美しい田園風景が残る郊外の小規模マンション。その2階に住む芹沢さん(仮名・31歳)は、少し前まで豊かな自然に囲まれた暮らしを満喫していました。

 しかし最近、ある不快な騒音に悩まされるようになったといいます。

「敷地内の駐車場から、重苦しい車のアイドリング音が毎晩のように聞こえてくるようになったんです。当時はちょうど真夏。ただでさえうるさいエンジン音に加えて、エアコンと連動する冷却ファンの『ブォーン』という音もあり、その騒音にストレスを感じるようになりました」

 都心に比べれば涼しい夜風が吹き抜ける地域のため、本来であれば真夏でも窓を全開にして心地よく眠れるはずでした。

 しかし、その騒音のせいで芹沢さんは窓を閉め切り、わざわざエアコンをかけて寝ることを余儀なくされたといいます。


 十分な睡眠が取れない日々が続き、芹沢さんの心身は限界を迎えていました。

最近越してきた101号室の強面の男性が怪しい

 そんなある日の会社帰り、芹沢さんが自宅へ向かうバスの車内で、偶然にも同じマンションに住む隣人の女性が隣の席に座ってきました。

 お互いに挨拶を交わすと、女性の方からぽつりと言葉が漏れたそうです。

「『最近、寝不足が続いていて……私みたいなおばさんはもう体がつらいわ、はは』って、疲れ切った笑顔で話しかけてこられたんです」

 芹沢さんもまさに同じ悩みを抱えていたため、話題は一挙にヒートアップ。やはりお互いに、あの駐車場のアイドリング騒音に酷く悩まされているとわかりました。

「その隣人女性はマンションが建った当初から住んでいる古株の方で、他の部屋の住民たちからも同じような苦情が出ていることを教えてくれました。そして、騒音の主が誰なのかもすでに特定されていたんです」

 どうやら犯人は、最近101号室に引っ越してきたばかりの独身男性とのこと。

「男性は作業着姿で朝早くから出かけていくそうです。そして夜に帰ってくると、なぜか自宅に入らず、寝る直前までエアコンの効いた車内でスマホをいじったりして過ごし、真夜中になってからようやく部屋に戻るという奇妙なルーティンを繰り返しているとのことでした」

 しかもその男は、一見してかなり強面な風貌だそうで、注意するにも二の足を踏んでいるようでした。

誰がリーダーか分からない?住民が考えた「傘連判状」という奇策

 実は、以前管理会社に注意を促すように依頼したのですが、全く効果がなかったそうです。

 それで、芹沢さんと古株の女性を筆頭に、困り果てた住民たちが密かに集まって対策を練ることになりました。

「ここは一致団結して“数”の力で訴えるしかないということになりました。ただ、そこで問題となったのが『誰が代表者となるか』なんです。賃貸マンションなので、特に管理組合とかなく理事長も存在しません。
かと言って、差出人があいまいだと訴求力に欠けるという問題もあり、結論を導くまで時間がかかりましたね」

 そうして考え出した案が“傘連判状”だったといいます。

 かつて、江戸時代のころに農民が武士に対して行った“一揆”の際に用いた手法で、署名を円形状に記すことで発起人が分からないようにするやり方でした。

「早速大きめの画用紙に『夜間の騒音迷惑してます!』というタイトルの下、全員の署名を円形に直筆で書き、早朝に男性の車のワイパーにはさみました」

奇策の効果が現れるのに時間はかからなかった

 首謀者が誰だか分からない異様さと、マンション全体から完全に包囲されているという現実。そのインパクトは、強面の男の傲慢さを打ち砕くのに十分すぎる効果を発揮しました。

「効果はてきめんでした。なんと、その日の夜からあれほど不快だったアイドリング音はピタリと止まったんです」

 住民たちの作戦は見事に大成功を収め、マンションにはかつての静寂が戻ってきました。

 さらに驚くべきことに、その静けさが戻ってからわずか1週間後、101号室の強面男性は、ひっそりとマンションから退去していったそうです。

 それからはしばらくは嫌がらせなどの逆襲に少々怯えていた住民でしたが、数ヶ月が経過しても何事も起こらず、平和な日々が戻ってきたといいます。

ご近所問題、特に集合住宅の場合は慎重な対応が必要

 『令和5年度マンション総合調査』におけるトラブルの「居住者間の行為、マナーをめぐるもの」の具体的内容については、“生活音”が 43.6%と最も多いです。
 
 それらの内容は主に、隣の話し声、ピアノの練習、階下への振動などで構成されており、集合住宅には切っても切れない要素となっています。

 ここで大切なのは、“加害者に認識はあるか”ということです。今回のケースのように、加害者の男性が夜遅くまで車内で過ごしていた背景には、部屋にエアコンがなかった可能性もあります。また、単に車内の方が落ち着く場所だったのかもしれません。


 ただ、それらが本人にとっては普通であっても、周囲にとっては“不快”に感じられたのでしょう。

 一方、今回は管理会社からの注意喚起にあまり効果がなかったとのことですが、有志による匿名の貼り紙や直接接触が新たなトラブルを招くこともあります。一般的には管理会社・管理組合・記録保存・書面通知など段階的な対応が推奨されます。

 隣人同士のトラブルは、時として取り返しのつかない状況へも発展しかねないので、慎重な対応のもと穏便な解決が望まれます。

<TEXT/八木正規>

【八木正規】
愛犬と暮らすアラサー派遣社員兼業ライターです。趣味は絵を描くことと、愛犬と行く温泉旅行。将来の夢はペットホテル経営
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