2019年、作家の高橋文樹さん(47歳)の71歳の母親が、パーキンソン病と診断された。当時、高橋さんの家庭には6歳の双子、3歳、0歳と手のかかる年齢の子どもたちが4人いた。
まだ40歳だった高橋さんにとって介護とは「想定外すぎて、全然考えてなかった」と振り返る。母親の介護が始まってから、作家としての収入は年間100万円以上減少したという。仕事、育児、介護を抱えながら、高橋さんはどのように生活を組み立てていったのか。
風呂に1週間入らない母。認知症を疑って受診すると…
「母がだんだんお風呂に入らなくなっていったんです。元々、冬はヒートショックが怖いから髪の毛を洗うだけで済ませたりしていたんで、そういう感じで面倒くさがるようになっていたのかなと思ってたんですけれど。一週間とか入らなくなって、いくらなんでも入らなすぎなんじゃないかと」
母親は2階に寝室があるにもかかわらず、1階のこたつで眠るようにもなった。高橋さんは認知症を疑ったが、思わぬところから別の病気の可能性を知った。
「母の知人から、母が着替えの際につまずいて転んでいるという情報がSNSのダイレクトメッセージで届いた。その方の母親はパーキンソン病を患っており、症状が似ていると感じたというんです。
介護認定を受けられず、母親との別居を決断
高橋さんが母親と同居を始めたのは、高橋さんに双子が生まれたことがきっかけだった。「双子の育児が大変すぎて、母が“一緒に暮らしたら手伝ってあげるわよ”と言ってくれた。それから一緒に住み始めたんです。介護が始まってから母のことは地域包括支援センターにも相談していましたが、同居家族がいることで支援につながらなかったんです」
そこで高橋さんは、母親が所有する同じ町内のアパートへ引っ越し、実家へ毎日様子を見に行く生活を始めた。
「犬を飼っているので、朝晩1時間ずつ散歩をしていました。その時間を母の様子を見に行く時間に充てていましたね。ただ、一人暮らしになった母の生活を支えるのは想像以上に難しかった。薬を飲んでいると本人は話していても、実際には飲まずにため込んでいたり。風呂に入らず、足の爪が親指の下に回り込むほど伸びていたこともありました。また、母は冷凍食品は食べないけど、宅配弁当なら食べるとか、食事の試行錯誤が続いた時期が大変でしたね」
ケアマネジャーがついて「劇的に良くなった」
2020年、母親の状態が悪化したことを受け、改めて相談したところ要介護2の認定を受けた。「そのとき初めてケアマネ(ケア・マネージャー/介護管理者)がついたんですよ。ケアマネがついたことによって、介護の環境が劇的に良くなりましたね。
ケアマネのおかげで特に負担が減ったのが、入浴の問題だった。
「母親をどうやって風呂に入れるかが、すごく精神的な負担だったんです。排せつや入浴の世話をする大変さは、どんなバリキャリでも打ちのめされるんじゃないかなという感じはあります」
高橋さんにとって、母親が衰えていく姿を見る精神的なつらさは消えなかった。
「子育てしてると余計感じるんですけど、子どもは赤ちゃんのときに漏らしたりしても、成長してできるようになっていきますよね。でも親はどんどん衰えていく。今後どんどんできなくなっていくんです」
介護によって「持っていく原稿が作れない」状態に
母親の介護は、高橋さん自身の仕事にも影響した。当時は会社員としての仕事に加え、夜間や週末に小説を執筆していた。しかし、4人の育児と母親の介護によって、その時間が失われていった。「2019年ぐらいから、書く時間がなくなって作品を発表することができなくなった。1日が介護で埋まってしまうし、週末もほとんど空き時間はない。依頼された仕事を断るというより、出版社へ持ち込む作品を作れない状況でした」
もちろん、収入への影響もあった。
「会社員としての収入は減っていなかったんです。ただ、執筆の収入は、だいたい100万円以上は減ったかなという感じはします。介護があると、仕事を続けていてもキャリアにとってはブレーキになる。そこから親を見捨てて出世した人間になるか、家族の幸せを優先してキャリアを停滞させた人間になるか。それをどう納得させるかは、難しい問題ですよね」
母の年金は月9万円。「自分の貯金は切り崩さない」と決めた
「施設などのサービスを利用すると、月10万~15万円ぐらいかかる。年金が9万円なので、毎月5万円ぐらい赤字になる。年間60万円なので、10年ぐらいは貯金でいけるなと見積もりました」
さらに、自宅を売却した場合の資金も試算した。
「母のお金がなくなっても、私の貯金を切り崩して親の面倒を見るということはしないと決めてたんです。
介護体制が整っても、新たな問題が起きた。母親が一人で外出し、帰れなくなるようになったのだ。
「私が仕事中に、母が徘徊をしてしまって警察に保護される。そのたびに電話がかかってくるので大変でした。警察や消防から連絡を受けて迎えに行ったことが、5~6回ほどありました。自分がいない間に何か起きてるんじゃないかっていう不安をずっと抱きながら生活をする。このときが一番ストレスでした」
夜に母親の家を訪ねると、玄関前で動けなくなって寝ていたこともあった。高橋さんはその状況を写真に残し、介護度の見直しを申請。
「介護は育ててもらった恩を返す期間だった」
「介護って、育ててもらった恩を返す期間かな。キャリアにもちょっと傷がつく原因になりますし、時間もたくさん失うし、場合によってはお金も失うかもしれない。でも、それだと損をして終わりなので、人間的に恩を返したという成長の時期だったのだと、自分を納得させています」
これから親の介護を迎える人たちに伝えたいのは、早い段階での準備だ。
「地域包括支援センターなどに相談しましょう。本当に大変になってからではなくて、事前に相談しておくこと。あとは親の財産を調べておく。親にも聞ける関係をちゃんと築いておくのは大事ですね」
そして、家族や兄弟との話し合いも欠かせないという。
「介護している方が“財産分与などでちょっと色を付けてもらえるんじゃないか”と思ってたけど、終わってみたら“勝手にやったんでしょ”となることも多い。
親の介護は、仕事や子育ての真っ最中に突然始まることもある。高橋さんの経験は、家族の生活と将来を守るためにも、介護が始まる前から具体的な話をしておく必要性を物語っていた。
2014年1月: 同居開始(双子の子育てを手伝ってもらう)
2019年7月: パーキンソン病発覚、開始
2020年3月: 一人暮らしに
2020年7月: 要介護認定
2022年2月: 特養入所
2023年12月: 誤嚥絵師肺炎にて急逝
高橋文樹(たかはし・ふみき)
79年千葉県生まれ。01年「途中下車」で東京大学在学中にデビュー。07年「アウレリャーノがやってくる」で新潮新人賞を受賞。著書に『途中下車』『アウレリャーノがやってくる』『プルーストが読みきれない』など。 株式会社破滅派代表取締役。
<取材・文/池守りぜね>
【池守りぜね】
出版社やWeb媒体の編集者を経て、フリーライターに。趣味はプロレス観戦。ライブハウスに通い続けて四半世紀以上。家族で音楽フェスに行くのが幸せ。X(旧Twitter):@rizeneration
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