元日本テレビアナウンサーで、巨人の数々の名勝負を実況した小川光明氏(85)が5日までにスポーツ報知の取材に応じ、巨人軍終身名誉監督の長嶋茂雄さん(享年89)を「不滅のスター」と追悼した。長嶋さんが監督を務めた97、98年シーズンは「小川アナが実況すると巨人が負けない」という不敗神話も誇った伝説的アナ。

その神話を巡り飛び出したミスター節や、長嶋さんの野球人生の“目撃者”として在りし日を語った。

 60年来の付き合いだったスーパースターの悲報に「がくっと来たね…」。取材の電話口からは、実況でおなじみの落ち着いた小川さんの声色が、少し震えて聞こえた。42年間の野球実況生活で、400試合以上を伝えた中でも長嶋さんは「違う星の人じゃないかと思うくらい、野球も人柄も飛び抜けて一流だった」と別格の存在だ。

 初対面は62年、日テレに入社前の内定者研修。多摩川のグラウンドで汗を流す入団5年目の長嶋さんと初めてあいさつを交わした。翌週再び足を運ぶと「やあ!小川さん!」と明るい声がグラウンドに響いた。「たった1回で名前を覚えてくれた。うれしかったね。一瞬でほれてしまいました」と心を奪われた。

 野球よりも世間話が主で、食事やゴルフで親交を深めた。ナイター前は「小川さん、12時昼飯!」とミスターからの直電でなじみの店へ行き、「夜のメニューみたいにどかーん!と食事が出る。

おかげで実況前は腹がふくれて仕方なかったね」。

 現役時代は努力家の素顔にたびたび驚かされた。「寮や遠征先で長嶋さんと同部屋だった土井正三(故人)に聞くと、夜中寝てたら『ビュン、ビュン』と音がすると。目を開けたら、長嶋さんがパンツ一丁で素振りをしていたって。努力の量でもピカイチだった」と振り返る。

 監督時代は「やっぱり胃が痛くなるもんだね」と苦悩を聞くことも。優勝から遠ざかった97、98年シーズン。チームの戦績と反比例に、小川アナは巨人戦で14連勝を含む15勝1敗の“不敗神話”を誇った。「そんな時、監督が『小川さん、私が日テレに直談判するから全試合実況してくれないか』とまじめな顔で言うんです。突拍子もないミスター節に驚かされましたけど、それくらい勝ちにこだわる人でした」と明かす。

 2000年、二岡智宏のサヨナラ弾で劇的なリーグ優勝を飾った試合も実況。「長嶋さんは胴上げされる時に両手を上げて、背中をちょっと起こして舞うんだよね。

それが絵になる。胴上げが日本一似合うんだよ」と脳裏に焼き付いた光景が興奮とともによみがえる。

 04年に長嶋さんが脳梗塞(こうそく)で倒れた際に病院で再会して以降、直接のやりとりはなかった。それでも「闘病の一生懸命な姿にも勇気づけられた」と感謝。咳(せき)払いし、声を整え「栄光の背番号3・長嶋茂雄、不滅のスターです」と最後の実況を捧(ささ)げた。(奥津 友希乃)

 ◆小川 光明(おがわ・みつあき)1940年3月26日、中国・上海生まれ。85歳。中大法学部卒。62年4月、日本テレビ入社。現場ひと筋でプロ野球、ゴルフ、箱根駅伝、アトランタ五輪開会式などスポーツ中継全般を担当。現場取材に基づいた豊富なデータ、幅広い人脈と落ち着いた実況で看板アナとして活躍。同局のエグゼクティブアナウンサーを経て、2004年に退社。

現在は宮崎県在住。

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