柔道男子100キロ級で2021年東京五輪金メダルのウルフ・アロン(29)が新日本プロレスへ入団した。
ウルフは会見で誠実にプロレスの「受け身」を学んでいくことを繰り返し明かした。
武道であり五輪競技である「柔道」は、ウルフはもちろん、すべての柔道家は、当たり前だが「勝利」だけを追及し日々の練習を重ねている。結果、ウルフは努力の結晶で五輪という最高の舞台で金メダルを獲得し世界の頂点に立った。
プロレスは違う。レスラーの目的は「勝利」を目指すだけでなく観客をいかに沸かせ、満足させ、興奮させるか…見ている者の心をつかむことが大きな比重を占める。観客を会場に呼び、インターネット配信で数多くの視聴者数を獲得するレスラーだけがトップに君臨できる。
試合で重要なのは「攻め」だけでなく「守り」、つまり…相手の技を「受ける」ことがポイントになる。真っ向から真正面から敵の厳しい攻撃を受けることで試合はヒートアップしていく。そこに一瞬足りとも逃げることは許されない。レスラー同士の徹底した「受け」が「攻め」の輝きを増し、試合は芸術的な作品と化していく。逆に受けが中途半端だと攻めも鈍くなり会場から失笑すらもれる駄作となってしまう。評価を下すのは「勝負」結果ではなく観客の拍手と歓声になる。
プロレスには「受けの美学」という言葉がある。観客の想像を超える「受け身」を取ったレスラーは、美しくファンから称賛を浴びる。それは、力道山から始まりジャイアント馬場、アントニオ猪木、藤波辰爾、天龍源一郎、三沢光晴、棚橋弘至…数々の伝説的レスラーは「受け」の凄みでファンの心を揺さぶりプロレスを極上のエンターテインメントに昇華していった。
一方で過去に柔道、大相撲などから転向した数々の「大物」は、この「受け」に苦しみ、デビュー前後は世間で大きな話題と注目を集めたが先駆者で大相撲の関脇からプロレスラーへ転向した力道山は、別格として柔道日本一の坂口征二、大相撲で幕内だった天龍源一郎らを除いて、ほとんどがプロレスラーとしてトップに立つことはできなかった。坂口はかつて私の取材に「柔道からプロレスに入る前は『プロレスなんか簡単にできるわ』と思ってたんよ。ところが、これが入ってみたら、これが大変で難しくてなぁ…『プロレスってバカにできない』って思ったんよ」と振り返っていた。
五輪で金メダルを獲得したウルフは、その「強さ」と身体能力の高さから柔道世界一の技術を生かした「攻め」は申し分ないだろう。世界中のレスラーの誰もが持ち得ない最強の武器を生かすためにも余計に「受け」の習得は不可欠だ。
「攻め」の柔道から「受け」のプロレスへ。まったく正反対の難題にウルフは、取り組まなければならない。会見ではすでに野毛道場で練習を開始していることを明かし「土台から築かなくてはいけない」と真摯に明かしたウルフ。会見でプロレスが「好き」だと熱い「愛」を何度も告白しただけにその難題に真剣に取り組むだろう。
(敬称略。福留 崇広)