放送中のNHK連続テレビ小説「あんぱん」(月~土曜・前8時)の脚本家・中園ミホさんがこのほど取材会を行った。

 「あんぱん」は、「アンパンマン」などを生んだ漫画家・やなせたかしさんとその妻・暢さんをモチーフにしたストーリー。

今田美桜がヒロイン・のぶを演じ、やなせさんをモデルにした柳井嵩を北村匠海が演じている。昨年9月にクランクインし、8月22日にクランクアップしたばかりだ。

 中園さんは幼少期にやなせさんの詩集「愛する歌」を読みファンレターを送ったことがきっかけで文通をしていたことで知られる。執筆を終えた率直な心境について「自分でも意外だったんですが、書き足りないエピソードがまだまだあるな、と感じました」と告白。朝ドラ脚本は2作目だが「『花子とアン』のときは『やれやれ』という感じだったんですけど、やなせたかしさんというよく存じ上げてる人でもあったので、もっと書きたかったなと思いました」と説明できない感情が去来した。

 自身を突き動かしたのは、「何のために生まれて、何をして生きるのか」「人生は喜ばせごっこ」などやなせさんの残した言葉を今の世代に受け継ぎたいという思い。「やなせさんの言葉がすごく好きですから、できるだけドラマの中に散りばめたいなと思っていたんですよ。やなせさんが作られた言葉は、きっと出会った人や育ててくれた人の愛情だとか、そういうものから生まれている。やなせさんの言葉をみんなに知ってほしいということが一番大きなモチベーションでした」

 先月28日の第109回では、中園さん本人をモデルとした小学4年生の少女・中里佳保(永瀬ゆずな)が登場。「実はやなせさんは最初にくださったお手紙で『いつでも仕事場に遊びにいらっしゃい』って書いてくださっていたんですが、私はあんなに勇敢な女の子じゃなかった(笑)。マンションの前まで行ったんですけど、ベルを鳴らす勇気がなくて帰ってきたんです」と懐かしそうに振り返る。

 佳保は少しくせのあるキャラクターだったが「親戚に『どうしてあんな生意気な子にしたの』と大変叱(しか)られた」と苦笑する。

「ただ、やなせさんのファンだからといって、詩を愛するような女の子だからといって、みんな天使のような清らかな行儀のいい子ではない、と私は思っているんです。自分がお父さんを亡くして辛い時にそういう姿をみんなに見られたくないから強がりでそういうことを言ってしまう子、のようにデフォルメして書いてみました。あと本当にやなせさんは優しい方だったので、たぶんああいう生意気な子が来たとしてもきっと優しくしてくださったと思います」

 やなせさんの半生をモチーフに執筆する過程で、中園さん自身も驚かされたこともあった。嵩の弟・千尋(中沢元紀)が戦地に向かう直前、嵩に別れを告げるシーン。「嵩と千尋の最後のシーンは、ワンシーンが1日分でした。私は書くのがあまり早くないので、1日(スケジュールを)空けて『今日は書くぞ』と思ったんですけど、1時間ぐらいで書けてしまった」という。

 「もともと私が脚本を書く時は、頭の片隅に小さいテレビみたいなものがあって、そこで俳優さんたちがセリフを言ってくれて、動いてくれるのを書き取っている感じなんです。いつもだと(頭の中で)しゃべり出してくれなかったり、変な方に行っちゃったりするんですけど、そこのシーンに関しては気がついたら書き終わっていた。本当にやなせさんと弟の千尋さんが書かせてくれたんじゃないのかなと、今となっては思います。2人の俳優さんが全身全霊で演じてくださって、実際のシーンは自分で思い浮かべていたものよりはるかにすばらしくて、圧倒されました」

 「あんぱん」を書く上で避けては通れないのが「戦争」というテーマ。「私は最初に書いた企画書の1行目、『正義は逆転する』っていう言葉から書き始めたんですね。やなせさんの書かれたものは戦争がベースに流れていると思うのですが、私がお会いしていた頃は戦争のお話はほとんどなさらなかったんですよ。

語り出したのは、本当に晩年近くになってからで、でもやっぱり語らなきゃいけないと思われたんだと思うんです」と心を重ねる。

 「正義は逆転する。逆転しない正義とは何なのか。お腹をすかせて困った人がいたら一切れのパンを届けること。『アンパンマン』の真髄ですけど、やなせさんはそれを描きたかったし、描いてきた方なんじゃないのかなって。アンパンマンという形で日本中の子どもたちの人気者になるまでの道のりは本当に長いし、やなせさんの思いを伝えなきゃいけないと思いました」

 もうひとつの大きな挑戦はヒロイン・のぶと戦争との向き合い方だった。やなせさんのエッセーに書かれた暢さんのエピソードはほぼ全てドラマに反映させたが、戦時中について触れているものは無かった。「思春期にどんなことを考えていて、どんな子だったかは分からなかったので、当時の大正生まれの人たちの日記や手記を読み漁ったんですよ。そうすると、どの方も一人残らず軍国少女でした」と振り返る。

 「でもなぜか、朝ドラに出てくるヒロインはみなさん反戦なんです。心の中で反戦と思っていたとしても、そんなことは言ったりできないし、そういう教育を受けて、純粋で真面目な人ほど強い軍国少女になっていく。その人たちが敗戦で一回全部の価値観がひっくり返って、自分自身を黒く塗りつぶされるわけですよね。

価値観がひっくり返るということは朝ドラでも書いていかなきゃいけないんじゃないかと思いました」。その描写には覚悟を持って向き合った。

 66歳の中園さんは「たぶん親から戦争の話を聞ける最後の世代」と、しみじみ感じるという。「『あんぱん』を見た同級生からも『初めて親から戦争の話を聞いた。ドラマを見て急にしゃべり出してくれた』というような話を聞いて、そんな機会がもし日本の家庭にあったのなら、この仕事をやってよかったなと思います。やなせさんがどうして、アンパンマンというかっこ悪いヒーローを作ったか。それしか正義はないんだっていう強い信念で描かれていると思うので、それはこのドラマの終盤でしっかり伝えていきたいと思っています」と決意を語る。

 やなせさんへの思いを尋ねられると「書かせてくださってありがとうっていう気持ちを伝えたい」とストレートに語った。「私、この5年ぐらいで、今の世の中を見て『やなせさんは何ておっしゃるかなぁ』みたいなことを急に考えるようになったんです。その答えは分からないんですけど、もしお話できるなら聞いてみたくなると思います。いま世界で起こっていることを人ごとだと思わずに、自分のこととして捉えて食い止めなきゃいけないんじゃないか。『あんぱん』を書いたことでその気持ちはさらに強くなりました」と力を込める。

 9月26日に最終回を迎える「あんぱん」。結末については「書き始めた瞬間からどこに着地しようかっていうのはぼんやり考えてるんですよね。飛び立ったら必ず着地することを考えなきゃいけないので、おそらく100通り近い着地の仕方は考えていた」そうだが、「合議制で、みんなで話し合って決めた」というクライマックスにも注目が集まりそうだ。

編集部おすすめ