巨人・長野久義外野手(40)が14日、都内の会見で現役引退を表明した。今季は出場17試合で「そろそろかなと思った自分もいました」と決断の理由を告白。
◆長野久義に聞く
―会見場に来るまでどんな心境だったか。
「緊張してあまり眠れなかったです」
―引退を決断した理由は。
「今シーズンはファームで過ごす時間が長かったですし、若い選手と一緒にプレーをしていて、そろそろかなと思った自分もいました。まだまだやりたいという思いも多少はあったんですけど、若い選手に託して引退することを決めました」
―家族などへの報告は。
「ちゃんと報告はしていないような気もします。ファーム日本選手権でプレーすることは伝えました」
―プロ生活で最も思い出に残っていることは。
「ルーキー時代に新人王、2年目首位打者、3年目最多安打。プロ野球って簡単だなと思ってしまった自分がいたんですが、そう甘くはなかった世界でした」
―印象深い試合は。
「個人的な試合では、11年の東京ドームの最終戦で代打逆転サヨナラ満塁ホームランを打ったシーンがすごく思い出に残っています。内海さんの最多勝も、僕個人の初めての首位打者のタイトルもかかっていたので、すごく記憶に残っています」
―16年間やってこられた要因は。
「いっぱいご飯を食べて、いっぱい遊んで、しっかり練習して、昼も夜も精いっぱい頑張りました」
―支えとなったものは。
「もちろんファンの皆さんの声援が一番大きかったです」
―12年の最終戦では打席に立たずに最多安打を2人でタイトルを分け合った。あの時の思いは。
「勇人が3本打つしかない状況だったので、僕はなんとか四球を取りにいったり。打率はもちろん下げないようにですけど、そういう気持ちでやっていた思い出はあります」
―19年に広島に移籍。4年間はどんな期間だったか。
「カープで過ごした4年間は僕の野球人生の中ですごく大切な時間ですし、カープ退団時にも話したんですけど、まずは人間関係を構築していくところからがすごく大変で。僕、すごい人見知りなので、そういうのもすごくありました。気がつけば4年間で、ジャイアンツ時代のチームメートも含めて2倍の素晴らしい仲間ができた時間でした」
―3度目のドラフトで巨人に入団。巨人への思いは。
「ドラフトのことはいろいろ言えないことも多いですけど、今考えると大変だったなと思っています」
―今後どんな人生を歩みたいか。
「まずはいろいろと勉強して、今後の野球人生…違うか(笑)。勉強して、若い選手たちの手伝いみたいなこともできればいいかなと思います」
―巨人で引退。
「ドラフトのことで、ファイターズ、ロッテのスカウトの皆さんに指名してよかったなっていうふうに思ってもらえるように、とにかく必死に成績を残すことだけを考えてやってきた野球人生でしたし、本当に周りの人たちに恵まれて、最高の野球人生でした」
―入団当初はプロ野球が簡単と思ったと。その後野球の難しさを感じた部分は。
「やっぱり成績を残し続ける難しさはありました」
―どう乗り越えたか。
「乗り越えられなかったですね。乗り越えられなかったですけど、運が良かったです」
―後輩に伝えたいことは。
「とにかく楽しく野球をしてほしいです。今はインターネットでいろいろと言われる時代なので、そこは気にせずやってほしいです」
―阿部監督への思いは。
「若い頃からかわいがっていただき、自主トレも一緒にやらせてもらって、僕と勇人を一番近くで見てきた先輩です。去年は優勝できましたが、今年悔しい思いをして、監督を勝たせられなかったっことが残念です」
―大学院受験以外でやってみたいことは。
「今までスキーやスノボが禁止でしたし、サーフィンとかもたぶんダメだったので、時間ができたらそういうのもやってみたいです」
―若手にどんなことを託したいか。
「みんなプロ野球に入ってくるということで素晴らしい才能を持っていると思いますし、その才能を伸ばすには考えて練習する必要があったりとか、そういうことが大事だと思います。
―大学院は野球指導者としてスキルアップを考えてか。
「野球しかできないと思うので。さすがにサッカーを教えられないと思うので、そういうことだと思ってください」
―球団からいったん離れるのか。
「今球団の方からお話を頂いていまして、話をしている段階です」
―巨人の魅力は。
「もちろんどのチームも勝つことが一番だと思うんですけど、特にジャイアンツでは、例えば10連勝しても次の試合で負けてしまったら少し暗い雰囲気にもなりますし、それだけ勝たなければいけない球団というのはすごく感じていました」
―プロとして大事にしていたことは。
「ファンの皆さんが楽しんでもらえるようなプレーをやろうと思ってグラウンドに立っていましたし、なるべく痛いかゆいは言わないようにしたつもりです」
(自ら)
「プロ野球は審判の方がいないとできないスポーツだと思うので、若い選手にも審判の方をリスペクトしてプレーしてほしいです」
「プロ1年目の監督である原監督、そして高橋監督には勝負の厳しさや毎日試合に出る大変さ、勝つ喜びなどを教えてもらい育てていただきました。また、広島時代の緒方監督、佐々岡監督にも大変お世話になりました。16年間で携わってくださった全ての監督、コーチの方々に心から感謝しています」