レスリング女子で五輪3連覇の吉田沙保里さん(43)は、2021年7月23日の東京五輪開会式で長嶋茂雄さん(享年89)のトーチに希望の火をつないだ。聖火ランナーとして国立競技場に立ったミスターと、左隣で支えた松井秀喜さん(51)、右隣の王貞治さん(85)。

3人で歩む姿に光を見たという。(取材・構成=高木 恵)

 吉田さんは4年がたった今でも、当時の光景を思い返すたびに胸が熱くなる。2021年夏、東京五輪。開会式で長嶋さんに聖火をつないだ。「本番以上に、直前に行われたリハーサルの方が印象に残っているんです」。極秘リハから長嶋さんが見せた本気に圧倒された。

 直前に行われたリハーサルの日、19年11月に完成した国立競技場に到着すると、聖火を渡す相手が長嶋さん、王さん、松井さんであることを知らされた。「そんな方々に恐れ多い」。数々の重圧を超えてきた吉田さんだったが、過去に味わったことのない緊張がこみ上げた。

 世界に元気な姿を見せるために、猛練習を積んできたという長嶋さんの姿があった。両隣には王さんと松井さん。「鳥肌が立ちました。

その空間だけ光って見えたんですよ。長嶋さん、王さん、松井さんの3人ならではのオーラが、とにかくものすごかったんです。そして松井さんが長嶋さんを支える様子に2人の信頼関係が垣間見えて、感動したことを覚えています」

 ミスターは何度も繰り返し歩き、リハから全力投球だった。吉田さんも本番への覚悟を決めた。「私も堂々としなければいけないという気持ちになりました。すごいレジェンドの3人ですから。その人たちに聖火を、希望の火をしっかりつなぐんだ、と自分に言い聞かせて臨みました」。試合さながらの、気持ちの高ぶりを感じていた。

 7月23日の本番。柔道で五輪3連覇の野村忠宏さんとともに、希望の炎をリレーした。「それはもう震えましたよ。光栄なことだし、あんなことはもう二度とないことだし。

涙が出そうになりました」。長嶋さんは高々とトーチを掲げ、右隣の王さんに預けた。左の松井さんに支えられながら一歩一歩進むと、医療従事者の方々に聖火を託した。

 幼い頃から大人たちに「長嶋茂雄は、とにかくすごい人なんだ」と言われて育った。女子レスリングが五輪で初採用されたのが04年のアテネ五輪だった。「一緒に五輪に出られるかも」と願ったが、病気により長嶋さんの出場はかなわなかった。17年後、吉田さんの夢がかなった「五輪の舞台に長嶋さんとともに立てたことは、一生の宝物です」。世代をつないだ光は未来を照らし、心に希望を残した。

 ◆吉田 沙保里(よしだ・さおり)1982年10月5日、三重・津市生まれ。43歳。久居高―中京女大(現至学館大)卒。3歳でレスリングを始め、2004年アテネ、08年北京、12年ロンドンで五輪3連覇を達成。

16年リオデジャネイロ五輪は銀メダル。世界選手権は20歳だった02年大会で初優勝し15年まで13連覇。12年に五輪、世界選手権を合わせ、史上初の13大会連続「世界一」でギネス世界記録に認定され、国民栄誉賞を授与された。01~08年に119連勝をマーク。157センチ。

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