昨秋の東都大学野球リーグで3、4部入れ替え戦に2戦2勝し、3部昇格を果たした一橋大。その主砲を務めるのが4番の檜山駿太一塁手(3年=水戸一)だ。
■「東大一本。浪人覚悟」
茨城県結城市といえば、日本最古の歴史を有する高級絹織物「結城紬」で知られる。檜山はこの地で育ち、小2から白球を握った。地元の中学では軟式野球部に所属しながら、学業は学年1位。さて、進学先はどうするか。同じ県内とはいえ、結城駅から水戸駅まではJR水戸線、JR常磐線で片道1時間20分の長い行程を要した。それでも水戸一を選んだ。
「距離的には宇都宮高校とか栃木高校の方が近いんですが、その2つは男子校で。そう考えると、水戸一高は共学だったんで(笑)」
コロナ禍の2020年、檜山が2年の夏、左打ちのその打棒が輝きを見せる。当時の竹内達郎監督(現・土浦三監督)にとって、水戸一での最後の指揮となった4回戦・多賀戦(JCOM土浦)。
木村優介監督に交代後の2021年春には、45年ぶりの県4強に貢献。同年夏の3回戦・日立一戦(ひたちなか市民)では、右翼ポール際に先制3ランをたたき込んだ。持ち前の勝負強さが光った。
「人生初のサク越えでした。高校野球を始めたときから、東大で野球を続けたい思いがあって。引退後は受験勉強に取り組みました。現役時は私立を受けず、東大一本。浪人覚悟でした。30点差で落ちましたね」
■「記念受験でもいいから、行ってこい」
河合塾水戸校での浪人生活。硬式野球部やサッカー部の仲間と一緒に励まし合い、準備を進めた。模試を受けた後には、仲間と映画を見に行った。
「早慶は合格して、東大文2の前期試験は7点差で落ちました。『終わったな』と思って、慶応に行こうと。アパートも(日吉キャンパスに近い)妙蓮寺に決めていたんです。ただ後期も一応、一橋に出願していて」
男の運命なんて一寸先はどうなるか分からない。後期試験当日の朝。気持ちの進まない檜山に、父は言った。「記念受験でもいいから、行ってこい」。気乗りしない中、ギリギリの電車に飛び乗り、一橋大に向かった。昼休み、広大なキャンパス内を散歩していると、野球場があった。
「ベンチにボールが落ちてあったんです。
チャンスは早々に訪れた。3部だった1年春からリーグ戦でベンチ入りし、代打で初出場。1年秋から一塁手のレギュラーをつかんだ。チームは4部に降格したが、冬場の体力強化が実り、2年春には一塁手のベストナイン。主軸を担い、3年春、成蹊大との3、4部入れ替え戦第2戦では右越え2ランの活躍。3年秋、順大との3、4部入れ替え戦第1戦では3安打と活躍し、神宮球場のダイヤモンドを思う存分に駆け巡った。
■「ぜひ後期で一橋に出願していただけたら」
ラストイヤーは3部で迎える。
「1年生の頃は、入学した時から3部だったので、その本当のありがたみを分かっていなかった。
もしも前期試験で7点差を上回り、東大に行っていたら? あのまま妙蓮寺のアパートから、慶大に通っていたら? また違った青春時代があったのかもしれない。しかし野球の神様は、檜山を一橋大野球部へと導いた。チームに欠かせない主砲として、大学最終年に臨む。
「一橋大野球部の魅力は、チャレンジャー精神と学生体制です。監督も学生が務めて、大人が介在しない難しさもあるんですが、それも逆にプラスに捉えています。一人ひとりがやるべきことを自己分析して、のびのびと野球ができる。グラウンドはキャンパス内にありますし、打撃では外部指導者として十河春斗さんに月1度、来て頂き、成長できる環境があります。東大で野球やりたいと思っている受験生も、ぜひ後期で一橋に出願していただけたらと思いますね」
注目度では、東京六大学や東都大学の1部校に劣るかもしれない。だが、野球への情熱と勝利への執念なら、負けるつもりはない。新たな年が始まる。3部の頂点を目指して。










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