巨人軍前監督でオーナー付特別顧問の原辰徳氏(67)が15日、栗山英樹氏(64)の野球殿堂入り通知式にゲストスピーカーとして出席。祝福のスピーチを行った。

以下、原氏のスピーチ全文。

 「この度は栗山英樹さん、まぁ栗山くんっていつも言っているものですから、そのように呼ばせていただきますけれども野球殿堂入り、誠におめでとうございます。心よりお喜び申し上げます。この話が私のところにきまして、ゲストスピーカーということをお願いされ、喜んでという形でこの壇上にてお話をさせていただいております。

 栗山くんとはプロに入り、こう見えてもですね、現役時代というのは非常にガッツのある、向こう気の強い素晴らしい選手でした。長くはなかなかできず、メニエールという非常に苦しい病気と闘っていることも知っていますし。特にヤクルト、巨人というのは東京にチームがありましたからよく話すこともありました。その時も、実は(東海大)相模高校に…なんて話もありました。直属の後輩になっていたのかなということもありましたが、しかしたぐいまれな知能がありましたから国立大学に行って文武両道、その中でもプロ野球という夢を捨てずに、テスト生という形で門をたたき、そして堂々と戦い抜いた。1番、2番(を打ち)、ゴールデン・グラブ(賞)も取られて、とにかくガッツあり、そして8、9月くらいまでリーディングヒッター争いもしていたと記憶しております。相手は篠塚さんじゃなかったかなというね。結果的にはリーディングヒッターは取ることはできませんでしたが、たぐいまれなガッツと向こう気の強さというのは相手チームとしても非常に脅威に感じていました。

 人柄という点では人なつっこく礼儀正しく、私は3つ、年が彼の上ではあるんですが、非常に私のことも立ててくれですね。特に監督に就任なさって、コーチ経験がない状態で日本ハム(の監督)になられた。これもですね、やっぱり現役を終えられて、熱闘甲子園という番組だったかな。高校生を泥んこになって目線を合わせながら、切磋琢磨(せっさたくま)し、自分も勉強し、そして野球界に貢献なさった。その経験というものが監督になっても選手との位置づけ、関わり合いの中で、彼は目線を合わせたり、あるいは下から選手を見上げながら教育したり、時には先生のように『こうした方がいいよ』と目線を少し高い位置から見て、教育する。チームを作ることに関してはその当時の努力、その当時の経験というものが、監督になり人心掌握術、栗山野球を確立させたんではないかなと言うふうに思います。

 私も第2回(WBC)で幸いに素晴らしい選手、素晴らしいスタッフの皆様の中で世界一を取ることができました。王さんが取られ、私が取り、そして3人目で栗山監督が見事な、日本国中が狂喜乱舞した世界一ということも自分事のように喜んだことを覚えております。今回も殿堂入りに際して、私自身も喜び、少々先輩ではありますが、先輩の目で野球殿堂になるべくしてなった、すばらしい野球人であり、そして人格者であるということを皆様に報告しまして、お祝いの言葉に代えさせていただきます」

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