栄光に彩られた野球人生だ。しかし山崎錬は表情を引き締め、敢えて厳しい言葉で、白球を追い続けた自身の道程を振り返った。

 「野球を続けていると、野球から逃げたいなとか、野球が苦しくて向き合いたくないなと思う瞬間って、あると思います。どう? みんな? ない? そういう思いを持ったことがある人、素直に手を挙げて」

 1月17日、横浜市内の慶応高日吉台野球場トレーニング室で行われた、同校OBの社会人野球経験者6人(うち現役4人)による講義。山崎の本気を感じ、ぽつりぽつりと挙手する選手が出てきた。

 「突き詰めれば突き詰めるほど、こんなに頑張ったのに、なんで報われないんだろうって思う瞬間、あると思います。自分もたくさんありました。経歴だけ見れば、恵まれた野球人生だったねって言われるんだけど、その中にも本当に挫折もたくさんあった」

■死闘4時間20分

 「山崎錬」の3文字に、胸を熱くする野球ファンは、決して少なくないだろう。

 私もその一人だ。

 上田誠監督率いる慶応高の主将として、2008年には春夏連続で甲子園に出場した。特に夏の北神奈川大会決勝・東海大相模戦は名勝負として語り継がれる。

 延長13回、救援登板した大田泰示のストレートを強振。ハマスタの右翼席中段にダメ押しの2ランをたたき込み、46年ぶり夏切符の立役者になった。4時間20分の死闘。

3番打者として7打数4安打4打点と暴れまくった。

 甲子園でも勢いは止まらず、3回戦の青森山田戦では右手親指を負傷するアクシデントに見舞われながらも、全国制覇した1916年以来、92年ぶりに夏3勝、88年ぶり8強の原動力になった。

 慶大では2010年、2年秋の早慶2回戦。直前のドラフトで広島に1位指名された福井優也から3回に放ったリーグ戦初アーチの決勝弾が忘れられない。この結果、伝説の1960年秋「早慶6連戦」以来、早慶両校による50年ぶりのプレーオフが開催され、神宮は札止めになった。その後も勝負強さが際立ち、神宮でも幾多のサヨナラ打。2度のリーグ制覇を経験した。名門・ENEOSでも2度の都市対抗制覇。各カテゴリーで主将を経験した。

 だが-。

■「ユニホームを着ている限り」

 現役の部員たちに生の声で経験を伝えられる貴重な機会に、山崎が話すことは、勝利を手中に収めることの過酷さだった。

 「例えば都市対抗予選でヘッドスライディングをして、膝の靱帯(じんたい)を切って大事な試合に出場できなくて。

チームも都市対抗予選で敗退して。そこから4年間、都市予選を敗退したんです。ENEOSが1950年に創部してから、4年連続負けたことって1度もなくて。初めてで。そのときのキャプテンだったんですよ。なかなかキツくて」

 企業が野球部を所有する主な目的は、東京ドームで開催される都市対抗野球大会を通じての社員の士気と愛社精神の高揚だ。ならば出場を逃すと、どうなるか。野球部は存在意義を問われる。しかし、強豪企業チームがひしめき合う。激戦区の神奈川を勝ち抜くのは容易ではない。

 「『野球、しんどいな』って思ったりしたんだけど、でもその時、ずっと思っていたのは、ユニホームを着ている限り、やり返すチャンスがある。脱いだらおしまい。

脱いだらやり返すチャンスはない。でも、ユニホームを着ている限りは、何度でもやり返すチャンス、あるんだって」

 慶応は昨秋の神奈川大会初戦(2回戦)で武相に1-3で敗れ、センバツ行きはならなかった。徳留海主将(2年)を中心に、夏の逆襲に向け、ナインは冬場の鍛錬に取り組む。そんな後輩たちに、山崎は語りかけた。

 「野球を通して得られる感動。これは普通の学生生活とか、会社で仕事をしていて、なかなか味わえるもんじゃない。例えば仕事していて、自然にガッツポーズが出る瞬間、うれしくて涙する瞬間…なかなかないです。高校の時は春夏甲子園に出て、大学でも2度リーグ優勝、社会人でも2度、都市対抗優勝に携わることができた。今でもあの時の光景っていうのは脳裏に焼き付いていて、一人でも多くの選手にそういう思いをしてほしいんです」

 「OBもたくさんいます。ぜひ先輩、監督、コーチ。たくさんの方々に頼って、使ってください。我々もそういうサポートをしたいなと心から思っているので、困ったら連絡ください」

■「縦横のつながりが強い」

 技術指導3時間に、座学1時間。

後輩たちとの4時間のふれあいを終え、山崎はこう結んだ。

 「お話をいただいて、ぜひ行きたいなって思ったんです。野球から2年ぐらい離れて、だいぶ恋しくもなってきて(笑)。非常にありがたく有意義な時間だったと思います。塾高は縦横のつながりが強い。一人ひとりがいろんなカテゴリーに進んでますけど、それぞれのカテゴリーで輝いている。そういうのが非常に楽しいですよね。今この瞬間、この素晴らしい学校で、素晴らしい仲間と素晴らしい指導者のもとできるというのを幸せに感じて、引き続き頑張ってほしいな、と思います」

 ナインのハートに火をつけた、OBたちの言葉。同じグラウンドで、古くから幾多の先輩たちが、高い壁を乗り越えようと試行錯誤してきた。その積み重ねが伝統となって、勝負所での強さを生み出す。

 冷たい風が吹く日吉台野球場にも、かすかに春の訪れを感じる。勝負の夏へ。

若き血の自己との勝負は、すでに始まっている。(編集委員・加藤弘士)

■同校初の試み

 この日、集まった慶応高OBの社会人野球経験者(現役4人含む)は山崎のほか、ENEOSや四国IL徳島を経て、現在はクラブチームの全川崎クラブでプレーする外野手の谷田成吾、元ENEOS内野手の瀬戸西純、日立製作所の左腕・生井惇己、ENEOSのサウスポー・渡部淳一、日立製作所の外野手・吉川海斗。いずれも東京六大学野球リーグ・慶大でのプレーを経て、社会人野球に臨んだ。

 またOB会「日吉倶楽部」の技術委員長として東芝や社会人日本代表の主将も務めた佐藤旭、技術委員として元JFE東日本の森田晃介なども定期的に指導を行い、社会人野球での知見を伝えている。=敬称略=

編集部おすすめ