馬トク報知では、今年から過去の名勝負を当時の記事から振り返る【競走伝】がスタートする。今回のアメリカジョッキークラブカップ編では、前年のダービー馬、スペシャルウィークが2着のサイレントハンターに3馬身差をつけ、貫禄の勝利を飾った1999年。

同馬にとってはキャリアで唯一、主戦の武豊騎手以外で勝ったレアなレースだった。

 見たか、これがダービー馬の実力だ。スペシャルウィークはスローペースにも全くお構いなし。じっと4番手に控えて機をうかがうと、4コーナー手前ではGOサインに瞬時に反応した。後続を引き離しにかかるサイレントハンターに素早く取りつくと、馬体を並べ、アッという間に前に出る。あとはもう独壇場。1頭だけ、全く次元の違うような走りで後続を突き放し、余力十分に3馬身差をつけた。

 前年のダービー馬が異例とも言える1月始動でつかんだ、3戦ぶりとなる復活の勝利。その馬上に主戦の武豊はいなかった。「さすがダービー馬。私はフランス、イギリス、アイルランド…。ダービーをいくつも勝ったけど、どの国でもダービー馬はダービー馬」と絶賛したのはフランスの名手ペリエ。

武豊は同週にシーキングザパールの米国遠征(サンタモニカH=4着)があり、手綱を執れなかったのだ。

 そのペリエにも不安がなかったわけではない。初めてまたがった調教の感触があまりにも悪かったからだ。「これが日本のダービー馬か? と思った。手応えがよくなかった。状態が落ちていると思ったのに…」。その追い切りは条件馬相手に追走併入。追い切り直後には「レイジー(怠け者)だね」と口にしたほどだ。

 ただ、その後には「サンデーサイレンスの子は、レースと調教は別の物と考えているんじゃないかな。サンデーピクニック(前年秋、ペリエが騎乗してフランスで勝ったサンデーサイレンス産駒牝馬)だって、調教ではだれも認めなかったんだから」と言葉を続けた。その見立て通りとなる圧勝劇。「自分が間違っていたことがよく分かった。

今日はユタカ君(武豊騎手)のアドバイスも役に立った」と人懐っこい笑顔を振りまいた。

 幸先いいスタートに白井調教師も「中山に来てから馬が落ち着いて、いい雰囲気だった。ペリエがいうほど、状態は心配していなかった。これで大目標に胸を張って向かえる」とホッとした表情を浮かべた。その言葉通り、武豊とのコンビも復活した次戦の阪神大賞典も制した後、天皇賞・春でG1・2勝目。快進撃は続いた。

 この時、白井師は「これまで日本のダービー馬は故障しがちで活躍した馬が少ない。強いスペシャルウィークをファンにアピールしたい」と口にした。秋も天皇賞・秋、ジャパンCを連勝し、有馬記念2着を最後に現役を引退。年頭の「公約」を実現する形となった。

 ちなみに同馬のキャリア17戦中、武豊が乗れなかったのはこの一戦と騎乗停止中だった1998年のジャパンC2度(岡部が騎乗=3着)のみ。全10勝中、騎乗していなかったのはこのレースだけだった。

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