20日に天国へ旅立ったダイワメジャーを管理した上原博之調教師が追悼した。

 20日の午前中に一報を受けたという上原博調教師は、「夕べは元気で(カイバも)しっかり食べてということだったけど、今朝の4時過ぎに(スタッフが)見回りに行ったときに少し苦しそうにしていて、そのまま亡くなったということでした」と経緯を明かした。

 04年の皐月賞制覇は、厩舎にとっても初のG1タイトルだった。「デビュー戦(2着)は気性的に心配なところがあったけど、そのあとすぐ勝ってくれて、皐月賞の権利(スプリングS3着)をギリギリとってくれた。育成にいた時から『この馬で皐月賞をとりたいね』と社台ファームのスタッフと話をしていた馬だったし、きっちりと皐月賞を勝ってくれて厩舎に初G1をもたらしてくれた馬です」と感謝した。

 この皐月賞の1週間前の桜花賞を勝ったダンスインザムードが19日に死んだことについても「一緒に走ったレースもありましたし、天国でもダンスインザムードと一緒に走ってくれたら」と2頭をしのんだ。

 現役だけではなく種牡馬としても成功したダイワメジャーへの思い出はつきなかった。「皐月賞を取らせてもらった後、のどの手術などもあったけど、それにも耐えてくれて、その後もG1を4つ勝ってくれた。G2、G3も勝ってくれて、ドバイにも連れて行ってくれたりと、厩舎としていろいろと勉強をさせてもらって、いろいろなことを教えてくれた先生でした。まだまだ生きていて欲しかったけど、25歳ということで大往生だったと思いますし、ご冥福(めいふく)をお祈りいたします」と話した。

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