スポーツ報知では連載企画「前進ルーキー11人」で巨人の新人全選手を紹介する。第8回はドラフト3位・山城京平投手(22)=亜大=。

宮崎キャンプ1軍スタートの最速154キロ左腕は将来的な目標に200勝を掲げた。

 サウスポーから繰り出すクセ球はMAX154キロ。細身の体をムチのようにしならせ、山城はスリークオーターから2種のツーシーム、スライダー、チェンジアップなど多彩な球種を投げ分ける。ドラ1の竹丸に劣らぬ潜在能力を秘め、阿部監督も亜大時代から注目してきた即戦力候補だ。

 野球人生の「転機」と明かすのは大学4年春。突き抜けた成績を出せていない現状を変えようと、野手陣に打者目線で打ちにくい投手は何かを聞いて回った。「視野が広くなって投球がうまくなった。4年で大人の野球ができるようになってきた」。防御率1・39で最優秀防御率を獲得。ドラフト上位戦線に浮上した。

 新人合同自主トレの舞台となった巨人のファーム球場・Gタウンでの苦い思い出も成長を遂げるきっかけになった。同年春の青学大戦。

勝てばライバルの5連覇を止めてリーグ優勝が決まる試合で先発。6回1失点と役目を果たしたが試合に敗れ、その1敗で首位交代。結果的にV逸となった。「正直、高校までは悔しいとかの感情がなくて。ここ(Gタウン)で優勝を逃したのが一番、悔しかった」。勝負に対する強い欲が生まれた瞬間だった。

 出身は沖縄・糸満。少年時代は自宅近くの海でひたすら泳いだ。人を笑わせることも好きで「クソガキでした」と学校に呼び出されることも少なくなかった。高嶺小で野球を始めた時は外野手。クラブチームの人数が少ないことを理由に投手を任され「全部感覚」とセンスで相手を抑えてきた。興南でも1年からベンチ入り。

大学4年間で、全国から猛者の集う戦国東都にもまれた。上には上がいる。「大学に来て、野球の面白みが分かってきた」。壁にぶつかった経験がプロへの思いをより強めた。

 春季キャンプは1軍スタート。目先の目標は立てず、あえて大きなゴールだけを立てた。「200勝したいです」。野球の奥深さ、勝負の厳しさ。全てに魅了されながら前へと進む。(堀内 啓太)

 ◆山城 京平(やましろ・きょうへい)2003年9月20日、沖縄県生まれ。22歳。興南では1年秋からベンチ入り。

甲子園出場なし。亜大では1年春にリーグ戦デビュー。4年春に最優秀防御率。同年夏に侍ジャパン大学代表。174センチ、70キロ。左投左打。推定年俸1000万円。背番号36。

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