「侍語る」第12回は、日本代表に初選出されたエンゼルス菊池雄星投手(34)。メジャー8年目、4球団で日本人左腕最多の通算48勝をマークした知見を生かし、投手陣の精神的支柱としても期待される。

1次ラウンド2戦目となる3月7日の韓国戦(東京D)の先発が有力視されるサウスポー。自ら「最初で最後」と語る、WBC出場への熱き思いとは。(構成・加藤 弘士)

 球界屈指の理論派は、同時に「情の人」でもある。

 話は昨年1月にさかのぼる。雄星が岩手・花巻市内に自らプロデュースした、屋内複合野球施設「King of the Hill」(KOH)に、井端監督がやってきた。

 代表入りの打診だった。

 「『2025年、どんな成績であろうと呼びたい』という話を、その場でしていただいて。その一言だけで、僕は十分でした。行く決断をするには十分な言葉だったので」

 同時に「宮崎合宿から来てほしい」とのリクエストもあった。MLBで経験したピッチクロックやピッチコムについて、若い投手たちに話をしてもらいたい。年長者として、投手陣をまとめてもらいたい―。

 エンゼルスとの規定上、合宿初日の14日からの合流はかなわなかったが、弾丸帰国で宮崎入り。

3日間、ナインと同じ釜の飯を食った。23日夜、宮崎市内の焼き肉店で食事会を開催した。

 「非常に楽しい3日間でした。3日間のために無理して来る必要があるのか、ちょっと悩みましたけれども、ただ来て、食事会もできたりとか、名古屋、大阪と入っていくとどんどん試合モードに入っていきますから、宮崎で3日間過ごせたのは大きかったですね」

 広い視野で物事を見られるのは、日米で経験豊かな34歳ならでは強みだ。チームとしての一体感の醸成に心血を注ぐ。

 「まずはお互いを知ること。どうしても硬くなってしまうので、選手だけではなく裏方さん、サポートの選手もみんなが安心安全な場所にするというのが、パフォーマンスを出す上で一番大事だと思う。コミュニケーションは、みんなと取っていきたいと思います」

 岩手で過ごした幼少期、松井秀喜さんに憧れた。同じ左打者。フォームもまねた。両親に頼んで巨人のファンクラブに入会した。タオル、サインボール、下敷き…。

部屋中が「55」であふれた。かつての自身のような、野球に恋い焦がれる少年少女のために、決して安くない私財を投じて「KOH」を完成させた。野球を通じて子供たちに夢を―。それもまた、日の丸を背負う動機の一つだ。

 「野球人口が減っている中でもう一度、子供たちに『プロ野球選手になりたい』『野球やってみたい』と思ってもらえるスポーツにすることが、一番のモチベーションです。世界一になって、そんな思いになってくれる子供が、一人でも増えたらなと思います」

 初めて袖を通す日の丸のユニホームへの思いに、卓越した言語化能力を誇る男が、表現に苦しんだ。

 「うれしいという気持ちよりも、うーん、なんて言うんでしょうね。言葉にできない、と…」

 胸いっぱいの熱情を力に変え、威風堂々と左腕を振り抜く。その姿は次世代の心を熱くして、新たな憧れを生み出すに違いない。

 ◆菊池 雄星(きくち・ゆうせい)1991年6月17日、岩手・盛岡市生まれ。34歳。花巻東3年時の09年にセンバツ準V、夏4強。

同年ドラフト1位で6球団競合の末に西武入り。17年に最多勝と最優秀防御率。19年1月にポスティングシステムでマリナーズ入り。ブルージェイズ、アストロズ、エンゼルスでプレーし、米球宴には2度選出。日本人投手4人目の通算1000奪三振を達成。日米通算121勝(NPB73勝・MLB48勝)。25年は33試合に登板し、7勝11敗、防御率3・99。183センチ、95キロ。左投左打。

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