馬トク報知で過去の名勝負を当時の記事から振り返る【競走伝】。今回はディープインパクトが勝った2005年の報知杯弥生賞ディープインパクト記念を取り上げる。

実はディープインパクトが積み重ねた12勝の中で最も苦戦した末に勝ち取った勝利だった。

 ピンクの帽子がスルスルと前方へ動き出すと、地鳴りのような歓声が沸き起こった。「ペースが遅くて外を行くしかなかった」。武豊が単勝1・2倍の圧倒的な支持を受けたディープインパクトを大外へ持ち出し、一気にまくり始めた瞬間だ。

 直線に向いて追い出すと、エンジンがフル稼働。先頭を進むマイネルレコルトをあっさり捕らえた。「先頭に立った瞬間、(走るのを)やめそうになった」。ユタカが手綱だけで走る気を鼓舞させると、もう一度力強い伸び脚を見せ、最内を強襲するアドマイヤジャパンを首差抑えた。

 上がり3ハロンのラップは、すべて11秒台。ステッキを一度も使わず、最速の34秒1をマークした。「あれだけ外を回って、アッという間に先頭に立った。楽なレースではなかったけど、ここもクリアしてくれた。

本当に素晴らしい」。クビという着差以上の強さ。これまで数々の名馬に騎乗した“天才”も舌を巻いた。

 このレースまで前年12月の新馬で4馬身、続く若駒Sでは5馬身差の圧勝。特に大外から1頭だけ次元の違う脚で飛んできた若駒Sは今でも語り継がれるパフォーマンスだ。その後も馬体は小柄ながらも圧倒的な走りを続け、G1・7勝を始めとする重賞10勝。日本競馬史上に残る名馬へと駆け上がったが、実はキャリア全12勝のうち、このレースが2着と首差と最も小さい着差だった。

 続く着差が道中で折り合いを欠いた2005年菊花賞凱旋門賞からの帰国直後だった2006年ジャパンCの2馬身差だったことを考えても、キャリア史上、最も苦しんだ一戦だったことが分かる。

 武豊騎手は2020年のスポーツ報知のインタビューで、当時をこう振り返っている。「あの時は走らなかった。飛ばなかったね。実は、攻め馬も良くはなかったんです。

そんなに仕上げてなかったというのもあるんですけど…。“らしくない”勝ち方だったと思う。(着差以上に)余裕のある感じではあったけど『もっと走れるのにな』という気持ちはありましたね」。併せ馬のような形から、ねじ伏せるように勝つ。その馬生の中で珍しい形のレースだったかもしれない。

 そして、2020年からは「報知杯弥生賞ディープインパクト記念」として、自らの名前が刻まれたレースになっている。

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