◆WBC 1次ラウンドC組 日本―韓国(7日・東京ドーム)

 第6回ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)で大会2連覇を狙う侍ジャパンは、6日の1次ラウンド初戦だった台湾戦(東京ドーム)を13―0の7回コールドで大勝し、好発進を切った。

 両軍無得点の2回1死満塁でドジャース大谷翔平投手(31)が先制の満塁本塁打を放つと、打線の勢いが止まらず、2回だけで一挙10得点。

1イニング10得点はWBCの大会記録にもなった。投げてもドジャース・山本由伸から藤平(楽天)、宮城(オリックス)、北山(日本ハム)、曽谷(オリックス)の無失点リレーで幸先のいいスタートとなった。

 勝てば6大会連続の準々決勝進出に大きく近づく7日は韓国戦(東京ドーム)。先発のマウンドにはエンゼルス菊池雄星投手(34)が上がる。これまで侍ジャパンとは不思議と縁がなく、34歳にして初めて日の丸を背負ってマウンドに立つ。6日の台湾戦の試合後には「楽しみですし、いい調整ができたので、全力を尽くすだけ。今日(6日の初戦の試合前の)国歌斉唱をして立ちましたし、そこで興奮したし鳥肌もたったし、日本代表でプレーできるのは特別なことだと改めて感じましたので、楽しむだけかなと思います」と静かに闘志を燃やしていた。

 いまや高校球界の名門となった花巻東高にとっては特別な意味を持つ1日となる。かつては岩手など東北地方の高校は甲子園で勝ち進むことは決して多くなく、冬の厳しい環境もあって、厳しい戦いを強いられていた。だが、2009年が大きな起点となった。

 09年に、センバツ初出場だった花巻東は、エース左腕・菊池を擁して快進撃を見せ、決勝まで進出。決勝では、清峰(長崎)に0―1で敗れて惜しくも頂点には立てなかったが、同年夏の甲子園でも4強入りし、旋風を巻き起こした。

 その姿にあこがれを持ったのが当時中学3年生だった大谷だ。中学生の頃から注目される存在で、多くの誘いがあった中で、菊池の姿に自らを照らし合わせて花巻東に入学。大谷の高校3年間で全国制覇は手にできなかったが、少しずつ花巻東は高校球界の名門へと名を上げていった。

 大谷の3学年先輩が菊池。高校時代は入れ違いで同じユニホームを着ることはなかった。プロ、メジャーでも同じチームに所属した経験はなく、13、17年のNPBオールスターや21年MLBオールスターで同じユニホームを着たことはあるが、公式戦に同じチームで参加したことはこれまでなかった。

 大谷のNPB1年目だった13年、3月に菊池との花巻東対決が実現した。2打席連続で空振り三振に倒れ、先輩の菊池に軍配が上がった。その日、花巻東の佐々木監督はスポーツ報知の取材に、こんな夢を語っていた。

 「願わくば、WBCで同じ日本代表のユニホームを着て、一緒に戦えるようになってほしい。そうすれば岩手の子供たちに『オレもいつかは』と、練習をする上での目標になると思いますので」

 この日から13年。長い月日がたって、同じユニホームを着て日の丸を背負い、同じグラウンドに立つ瞬間がやってくる。

雄星は昨年12月に佐々木監督と会食をして「『そう(大谷とともに侍ジャパンでプレーすると)なったらチケットを用意しますよ』って話はしました。『いい席取りますよ』って言いました」と明かしていた。花巻東はセンバツを控えているが、同校にとってひとつの節目となる1日になる。

 これまで日米で直接対決は何度もあった大谷と菊池。大谷も菊池に対しては当然のように特別な感情を持ち、かつて「他の選手と違って特別な気持ちもありますし、いつもより打ちたいという気持ちを強く持って打席に入った」と口にしたこともあった。先発投手と「1番・指名打者」での“共演”が濃厚。2人にとっても特別な瞬間になる。

 菊池、大谷を追うようにして花巻東ではその後西舘(巨人)らがプロ入り。佐々木監督の息子でもある麟太郎はスタンフォード大に進学してソフトバンクからドラフト1位指名も受け、この日は、”前祝い”と言わんばかりにウェークフォレスト大戦で先頭打者本塁打を放った。今季の花巻東高の主将を務める古城(新3年)もプロ注目の好素材だ。

 雄星と大谷。2人の存在はあまりに大きく、花巻東高野球部からはプロ野球選手だけではなく東大合格者も輩出した。

同校に限らず、岩手県内にも好影響を及ぼし、ドジャース・佐々木朗希投手(24)も世界に羽ばたいた。同じ花巻市にキャンパスを持つ富士大から山川(ソフトバンク)、外崎(西武)、金村(日本ハム)らプロ野球選手が次々に誕生したのも偶然ではないかもしれない。

 侍ジャパンでつける背番号は菊池が「17」で大谷が「16」。侍ジャパンで投打の中心になる2人の活躍から、7日は目が離せない。

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