◆WBC 準々決勝 日本5―8ベネズエラ(14日・米フロリダ州マイアミ=ローンデポパーク)

 WBCは14日(日本時間15日)、準々決勝2試合が行われた。日本はベネズエラに最大3点のリードから逆転を許して敗退。

連覇の夢は霧散し、主要国際大会で初めて4強入りを逃した。

 口元を真一文字に結んだ。井端監督は歓喜に沸くベネズエラの選手を見つめ、その場に立ち尽くした。9回2死。大谷が打ち取られ終戦を迎えた。エース・山本を先発に立て、6投手をつぎ込んだが、3発を含む7長打などで8失点と投壊を止められず。「非常に直球に強い打者が多かった。ほとんどの日本人の投手が直球をはじき返された。すごく力があった」と完敗を受け止めた。

 打線も1次Rで12打数無安打と不振の近藤に代えて先発起用した佐藤が3回に同点打を放てば、右膝を負傷して交代した鈴木に代えた森下が一時勝ち越しの3ラン。打つべき手は打ったが、救援が誤算だった。

 一時は3点差をつけたが、5回に隅田がガルシアに2ランを被弾し、流れが一気に相手に傾いた。

「力のあるチームですし、最後まで気は抜かないようにやっていましたけど、非常に強かった」。6回には伊藤が無死一、三塁のピンチを招き、続くアブレイユに痛恨の逆転3ランを浴びた。球場全体から飛び交う「ベネズエラコール」で、勝利への機運は一気にしぼんだ。

 勝ちたかった。侍メンバーの2次発表があった1月16日。都内で行われた会見終了後に井端監督は愛知県あま市に足を運んだ。行き先は97年のドラフト会議で自身を指名し、プロへの道を開いてくれた元中日監督の星野仙一さん(享年70)の遺骨の一部が納められた永代供養塔がある瑞円寺だった。お払いを受けた後、供養塔の前で手を合わせて恩師に「世界一」を誓った。

 根っからの負けず嫌いな性格は「闘将」と呼ばれた星野さん譲りだ。24年11月のプレミア12は決勝で台湾に敗れ敗戦。試合後の東京Dのロッカールームで解団式が行われた後、井端監督はV逸の責任を痛感して、ともに戦ったコーチ陣、そして、自らを招へいした侍ジャパンの井原敦強化委員長(当時)にも辞意を伝えた。本気の訴えにコーチ陣や井原氏が必死に慰留。

最後には翻意し、誰よりも勝ちにこだわり、世界で勝つために用意周到に行動した。大谷をはじめ、史上最多8人のメジャーリーガーを招集できたのも、何度も渡米して直接「勝ちたい」という熱い思いを伝え、選手の心を突き動かしたからに他ならない。

 大会直前に負傷により、平良(西武)、石井(阪神)、松井(パドレス)と辞退が相次ぎ、主力と見込んだ岡本、村上がそろって打率2割1分1厘の不振と誤算がありながら、懸命なタクトで戦ってきた。最後に近未来の侍たちへ呼び掛けた。「今回は負けましたけど、日本がさらに力をつけて次回は勝ってほしい」。29年開催が予想される第7回大会へ、井端監督はバトンを託し、マイアミの地に別れを告げた。(長井 毅)

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