侍ジャパンは準々決勝でベネズエラに敗れ、2006年に第1回大会が始まって以降、史上初めてWBCで4強進出を逃した。井端弘和監督(50)はドジャース大谷翔平投手(31)、山本由伸投手(27)ら史上最多8人のメジャーリーガーを招集。

“史上最強侍”として挑むも連覇の夢が破れた要因を「WBC侍連覇ならず 検証」として全3回で掲載する。また、メジャー勢を除く日本代表の国内組は16日、成田空港着のチャーター機で帰国した。

 準々決勝のベネズエラ戦。午後9時の試合開始からおよそ20分後、隅田、曽谷、宮城が続々とブルペンへと向かった。山本が初回、アクーニャに先頭打者弾を浴びて、2回にも失点。一気にブルペンが慌ただしくなった。隅田、藤平はキャッチボールを開始してはやめてを繰り返していた。対戦相手、観衆からも見える左翼後方のブルペンは落ち着きがないように見えた。

 試合前、井端監督が「負けたら終わり。どんどんつぎ込んでいく」と積極継投を予告していたように、菊池と伊藤なども続々ブルペンへ移動した。結局、山本が4回まで続投。この間、藤平は終始投球練習を続けていた。

ブルペン担当の吉見投手コーチとベンチ担当の能見投手コーチが電話で頻繁にやり取りするシーンも慌ただしさを物語っていた。

 2番手以降の投手は精神的にも、肉体的にも集中できていたのだろうか。ある投手が大会期間中に「自分たちが何点差で行くのか、勝ちパターンなのか、どういう場面で出て行くのか知らされていなかった」と漏らしたように、序列や順番が定まらず困惑する投手もいた。

 そんな状況の中、3点リードの5回に2番手の隅田が反撃の2ランを浴び、1点リードの6回、4番手の伊藤が逆転3ランを被弾した。「10球くらいで肩ができる」という投手たちが数十球、投げてはやめてを繰り返し何度も肩を作り直した。伊藤は試合後、無言を貫いたため真意はわからないが、納得いく調整で臨めたのだろうか。

 大会前に誤算もあった。平良(西武)、石井(阪神)、松井(パドレス)の救援のスペシャリスト3人が故障で出場を辞退。計14投手中チームで救援を務めるのは松本裕、藤平、大勢の3人だけだった。準々決勝で被弾した2投手はイニング頭からの登板ではあったが、慣れない中継ぎとしての登板はそう簡単ではない。経験豊富で実績十分のリリーバーがいれば、継投は異なっていたかもしれない。

 試合後、井端監督は「出した投手は自信をもって出しましたし、結果がそうであっただけで、投げた投手はよくやってくれた」と責任を一身に背負った。

 投手起用の順番が決まらなかった理由には、メジャーリーガーの影響もあった。(特別取材班)

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