その日、出版界最大のお祭りの主役は若きベストセラー作家ではなく、全国から集まった無名の書店員たちの笑顔だった。

 全国の書店員が最も売りたい本に贈る第23回「本屋大賞」の受賞作発表会見が9日、東京・青山の明治記念館で行われた。

 2004年にスタート。今年で22年目を迎えた同賞は一次投票に全国490店の新刊書店員698人が参加。二次投票には345店、470人が参加し「最も売りたい本」10冊を選んだ上でベスト3を推薦理由とともに投票する形式の、まさに街の本屋さんが選ぶ文学賞だ。

 今回、一次投票からトップを快走して大賞に選ばれたのが、朝井リョウさん(36)の「イン・ザ・メガチャーチ」(日経BP 日本経済新聞出版)だった。

 「ラベンダー色です」と口にしたさわやかな髪色でマイクの前に立つと「小説はいつまでたっても、どんな編集者と組んで書いても、たった1人で書いているものです」と口にした朝井さん。「自分の偏り、自分の極北を書くのが小説ですが、今回、本屋大賞というたくさんの極端、極北が集う場で、そういう本棚の一部になれたらいいのかなと思ってます」と続けると、「たくさんの書き手の極端、極北が並ぶ書店という場所を守ってくださっている書店員の方々に感謝します」と会場に詰めかけた134人の書店員たちに深々と頭を下げた。

 朝井さんは2009年、早大在学中に「桐島、部活やめるってよ」で小説すばる新人賞を受賞してデビュー。2013年には「何者」で平成生まれ初の直木賞。「世界地図の下書き」で坪田譲治文学賞、「正欲」で柴田練三郎賞など受賞多数の若き人気作家だ。

 昨年9月の発売後、5か月で23万部突破の「イン・ザ・メガチャーチ」。今回の受賞で版元は一気に23万部の増刷を決定。50万部というメガチャーチならぬメガヒットとなった同作は、あるアイドルグループの運営に参画することになった家族と離れて暮らす男性、内向的で繊細な気質ゆえ積み重なる心労を癒やしたい大学生、仲間と楽しく舞台俳優を応援していたが、とある報道で状況が一変する女性の3人を主人公にした意欲作。

 ファンダム(特定のアイドルなどに熱狂的な情熱を注ぐファンの集団や彼らによって形成された文化)経済を仕掛ける側、のめり込む側、かつてのめり込んでいた側―世代も立場も異なる3つの視点から、人の心を動かす“物語”の功罪をあぶり出していく作品は今回の受賞で「未来屋小説大賞」、「あの本、読みました?大賞」に続く三冠となった。

 若者中心に広がる活字離れに加え、電子書籍やAmazonなどの隆盛を背景に、この10年間で全国の書店は3割減少、約3割の自治体に書店がないという深刻な出版不況。そんな中の奇跡のようなメガヒットに、式後の囲み取材で「めちゃくちゃうれしい気持ちと読んで気持ちいい本ではない私の作品と本屋大賞に親和性があるのかというのが自分でもポイントだったので、よりうれしいです。ある種、私の代表作になったかなって」と笑顔を振りまくベストセラー作家に私もまた前のめり気味に質問していた。

 まず「出版不況の中、『イン・ザ・メガチャーチ』は発売5か月で23万部とベストセラーになりました…」と話し出した途端、かぶせるように「営業部が血を吐いたんです」と版元の売るための努力を明かしてくれた朝井さん。

 その笑顔に乗じて、たたみかけるように「これだけ活字業界が苦戦している中、ご自身の本がどの書店でもメイン売り場に平積みになっているというのは、どのような気分なんでしょう?」と問いかけてみた。

 私の目をじっと見ると、「本を捧げる側の一員として本当に計算通りにはいかないなということをめちゃくちゃ感じています」と答えた朝井さんは続けて「すごい力を込めたからと言って売れるわけではないし、時間をかけて末端からパンッと生まれる作品もあるし、自分が時間をかけて準備してきたとかは関係ないというか、今回、自分のコントロール外にある情報が広がっていってくれたっていう感覚がすごくあって。私が何か、こういう風に考えたからうまく行ったということではなくて、自分が全然、コントロールできないものですね。本を出すタイミングとか、いろんなものが合わさって広がっていったのかなと思います」と真剣な表情で答えてくれた。

 すべて映画化もされた「桐島―」、「何者」、「正欲」と常に戦略的にヒット作を生み出してきた人気作家ですら「全然、コントロールできない」と漏らした大ヒット。それを生み出したのは、全国の書店員たちの「この本を読者に届けたい」という情熱だったと、私は思う。もちろん朝井さんが「血を吐いた」という版元の営業マンたちの情熱も―。

 出版界の衰えぬ熱さを感じながら帰路に着くと、最寄り駅の大型書店には「本屋大賞ノミネート」の帯を一夜にして「本屋大賞1位」につけ替えた「イン・ザ・メガチャーチ」が「一体、何冊あるんだろう?」と思うほど平積みされていた。

 そこにあった「魅力的な本を売りたい」という情熱。街の本屋さんの、この熱さがある限り「出版界、まだまだ大丈夫じゃん」―。そんなことを思った出版界最大の“祭りのあと”だった。(記者コラム・中村 健吾)

 ◆2026年本屋大賞最終結果

 ▽1位 「イン・ザ・メガチャーチ」 朝井リョウ(日経BP 日本経済新聞出版)

 ▽2位 「熟柿」 佐藤正午(KADOKAWA)

 ▽3位 「PRIZE―プライズ―」 村山由佳(文藝春秋)

 ▽4位 「エピクロスの処方箋」 夏川草介(水鈴社)

 ▽5位 「暁星」 湊かなえ(双葉社)

 ▽6位 「殺し屋の営業術」 野宮有(講談社)

 ▽7位 「ありか」 瀬尾まいこ(水鈴社)

 ▽8位 「探偵小石は恋しない」 森バジル(小学館)

 ▽9位 「失われた貌」 櫻田智也(新潮社)

 ▽10位 「さよならジャバウォック」 伊坂幸太郎(双葉社)

 ◆「本屋大賞」歴代受賞作

 ▽第23回(2026年) 「イン・ザ・メガチャーチ」 朝井リョウ(日経BP 日本経済新聞出版)

 ▽第22回(2025年) 「カフネ」 阿部暁子(講談社)

 ▽第21回(2024年) 「成瀬は天下を取りにいく」 宮島未奈(新潮社)

 ▽第20回(2023年) 「汝、星のごとく」 凪良ゆう(講談社)

 ▽第19回(2022年) 「同志少女よ、敵を撃て」 逢坂冬馬(早川書房)

 ▽第18回(2021年) 「52ヘルツのクジラたち」 町田そのこ(中央公論新社)

 ▽第17回(2020年) 「流浪の月」 凪良ゆう(東京創元社)

 ▽第16回(2019年) 「そして、バトンは渡された」 瀬尾まいこ(文藝春秋)

 ▽第15回(2018年) 「かがみの孤城」 辻村深月(ポプラ社)

 ▽第14回(2017年) 「蜜蜂と遠雷」 恩田陸(幻冬舎)

 ▽第13回(2016年) 「羊と鋼の森」 宮下奈都(文藝春秋)

 ▽第12回(2015年) 「鹿の王」(上下) 上橋菜穂子(KADOKAWA)

 ▽第11回(2014年) 「村上海賊の娘」(上下) 和田竜(新潮社)

 ▽第10回(2013年) 「海賊とよばれた男」(上下) 百田尚樹(講談社)

 ▽第9回(2012年) 「舟を編む」 三浦しをん(光文社)

 ▽第8回(2011年) 「謎解きはディナーのあとで」 東川篤哉(小学館)

 ▽第7回(2010年) 「天地明察」 冲方丁(角川書店)

 ▽第6回(2009年) 「告白」 湊かなえ(双葉社)

 ▽第5回(2008年) 「ゴールデンスランバー」 伊坂幸太郎 (新潮社)

 ▽第4回(2007年) 「一瞬の風になれ」 佐藤多佳子(講談社)

 ▽第3回(2006年) 「東京タワー」 リリー・フランキー(扶桑社)

 ▽第2回(2005年) 「夜のピクニック」 恩田陸(新潮社)

 ▽第1回(2004年) 「博士の愛した数式」 小川洋子(新潮社)

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