お笑いコンビ「ココリコ」は唯一無二の関係性を築いている。小学生の頃からの同級生2人は出会って約50年が経過し、「年数を経て、また友達のような感覚になっている」と声をそろえる。

先月には、2人が出会い、育った大阪・豊中市のアンバサダーに就任。同市初の大役に「光栄ですし、嬉しい」と気を引き締める。一線を走り続ける2人を語る上で欠かせない番組への思いや、来年迎える結成35周年に向けての展望に迫った。(古本 楓)

 ベテラン特有のピリッとした雰囲気はそこにはない。遠藤章造(55)と田中直樹(55)は目は合わさずともテンポ良く掛け合う。たった数分で、お互いに信頼し合っていることが分かった。

 1978年、大阪・豊中の豊島小学校の同級生として、2人は初めて出会った。当初は接点は少なく、別の少年野球チームでプレーしていたことから6年間会話はほぼゼロ。中学1年生で同じクラス、野球部で同じ時を過ごすようになり、一気に距離が縮まった。

 田中(以下、田)「(遠藤は)小学校の時は生徒会長をやっていましたし、当時から今みたいな人気者でした」

 遠藤(以下、遠)「(田中は)言うことが細かいので、僕はめちゃくちゃ笑ってました。年賀状も手作りしていて、『そんなこと言う?』みたいな感じだった」

 遠藤は文化祭でコントを披露するほど当時から芸人志望。一方の田中は、ものづくりが得意で「盲腸」の研究も発表していたといい、田中は「アウトプットの仕方が違っていた」と振り返る。

 遠藤が野球の推薦で香川県の高校に進学したため一時期、離れることになったが、20歳の時、遠藤が田中の専門学校の卒業制作を手伝ったことをきっかけにコンビ結成を誘った。

 遠「田中さんが専門学校を卒業して(進路が)ふわっとしていたのもあったので、声をかけた。やっぱりこれも縁だなと思います」

 田「就職活動ができてなかった。東京への憧れもあったし、『3年ぐらいして芽が出なかったら、人生また考え直そうか』みたいなノリだった」

 今では抜群のコンビ仲を見せる2人だが、若手時代は芸人の間で不仲説が流れるほど衝突もあった。それでも、解散を考えたことは、共に一度もなかった。

 田「大きなもめ事もいくつかあったかと思うんですけど、振り返ると大したことなかったのかな。でも、こんなに長く続くとは思わなかった。どこからか友達みたいな感覚に戻っていった」

 着々と力をつけ、テレビ朝日系「ココリコ黄金伝説」(のちの「いきなり!黄金伝説。」)やフジテレビ系「笑っていいとも!」と続々と人気番組に出演したが、2人を語る上で欠かせないのは、現在も放送中の日本テレビ系「ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!」。自分たちの認知度を高めた番組であると自負しており、遠藤は「いまだに背筋が伸びる気持ちで現場に向かってます」と語る。

 特に「笑ってはいけない」シリーズは大みそかの風物詩として定着。中でも「田中、タイキック」は誰もが聞いたことがある定番の罰ゲームとして浸透したが、当の本人にはタイキックよりも大変で、収録を止めてしまったほどの罰ゲームがあったという。

 田「鼻にわさびを入れるという罰だったんですけど、浜田さんが2本わさびを持たれて、僕の鼻の両穴に突っ込まれた。

そのまま力いっぱいにチューブに入っているわさびを一握りされた。僕の感覚では脳天からわさびが突き抜けたと思った」

 遠「横で見ていたんですけど、本当に死んだと思った」

 そんな名物企画の放送が遠ざかって6年。再び大みそかにお茶の間へ笑いを届けたいという思いはあるのだろうか。

 遠「僕らは何も決められないので…。でも、僕は『またやりますよ』ってなったら『分かりました』って言って行くしかないなと思う。あんまり行きたくないですけど(笑)」

 田「もちろん大変ですけど、大変さ以上にやっぱり幸せやな、すごくありがたいなと思うので、そんなこと(もう一回挑戦できること)があったら嬉しい。ただタイキックはもう受けたくないです(笑)」

 来年はコンビ結成35周年の節目の年。遠藤には今になって身に染みるタモリ(81)からの言葉がある。

 遠「『常にニュートラルにいなさい』って言葉が、この年になって分かるようになってきた。特にこんなことやってみたいっていうのはないんですけど、シフトをいつでも入れられるような準備はしていたい」

 今年8月には地元・豊中市のアンバサダーにも就任。2人そろってのアンバサダーは初といい、2人の仲を再確認する仕事となりそうだ。

 遠「豊中にいる時はあまり気づいてなかったんですけど、出てからなお、豊中の素晴らしさが分かった。

もう一回童心じゃないですけど、豊中で過ごしていた空気感で魅力を発信できれば」

 田「中学や高校の時にしゃべっていたような感覚で今(遠藤と)向き合っている。友達により深く戻っていくような感覚で仕事していくのかな」

 メモリアルイヤー、さらにその先の展望とは―。

 田「自分の感覚を頼りに、やりたいことに真っすぐ貪欲に向き合っていきたい」

 遠「僕は15歳で豊中を出ているので、豊中で何かいろんなことをやっていければ。(単独公演で)新ネタ8本下ろします!」

 田「やめてください。なかなかやってないのに、大変なんですから(笑)」

 出会った縁を大切に、最高の相方と「ココリコ」の物語を彩り続ける。

 ◆ココリコ 1992年、小学校からの同級生の遠藤章造と田中直樹で結成(当時「ココリコボンバーズ」)。コンビ名の由来は、中学時代に2人が偶然拾ったシステム手帳に書かれていた、「喫茶ココリコで待ち合わせ」という言葉から。97年から日本テレビ系「ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!」にレギュラー出演。

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