フジテレビが、9月18日に亡くなっていたことがわかった脚本家・倉本聰さんを追悼し、テレビドラマシリーズ「北の国から」のスペシャル版第1作「北の国から’83冬」を、連続ドラマ「北の国から」の放送開始から45年の節目の日でもある9日の午後9時から放送することが2日、わかった。

 1958年に脚本家としてデビュー、以降「前略おふくろ様」(1975~76年、日テレ系)、「昨日、悲別で」(84年、日テレ系)、「ライスカレー」(86年、フジ系)、「拝啓、父上様」(2007年、フジ系)、「やすらぎの郷」(17年、テレ朝系)など、半世紀以上にわたり数多くの名作ドラマの脚本を手掛けてきた倉本さん。

そんな倉本さんの代表作のひとつである「北の国から」は、奇(く)しくも今回の追悼放送のちょうど45年前、1981年10月9日に、連続ドラマとして放送を開始した。

 効率や物質的な豊かさを追い求める当時の社会において、電気も水道もない北海道・富良野の大自然の中で主人公・黒板五郎が“知恵と手仕事”で泥臭く生き抜く姿を丁寧に描いた本作は、「便利さと引き換えに人間が失った大切なもの」を浮き彫りにし、放送当時から大きな話題に。

 単なる一家族の田舎暮らしの物語にとどまらず、「過酷な自然と対峙(たいじ)する人間がいかにして尊厳を取り戻すか」という普遍的なテーマが唯一無二の脚本術と映像美で表現された、哲学的な魅力をもたたえる希少なテレビドラマとなった。

 さらに、主人公の五郎を演じた故・田中邦衛さんをはじめとする実力派俳優たちの迫真の演技も、このドラマを名作たらしめているゆえん。中でも五郎の子どもたちを演じた吉岡秀隆(黒板純役)、中嶋朋子(黒板蛍役)の熱演は、連続ドラマ放送時から注目を集めた。

 そして、同ドラマは、吉岡、中嶋という2人の俳優の実際の成長に合わせて、連続ドラマから約21年間の長きにわたって黒板一家の人生を描き続けるという、テレビ史上類を見ない一大ドラマシリーズに発展。フィクションでありながら、キャストのリアルな人生の重ね合わせが、ドキュメンタリーのような説得力を生み、多くの共感を集めた。

 今回放送される「北の国から’83冬」は、連続ドラマの最終回(82年3月26日放送)から約1年後の83年3月24日に放送。その後、「北の国から 2002遺言」(02年9月6、7日放送)まで続く壮大なシリーズの端緒となった、記念すべきスペシャルドラマ第1作だ。

 登場人物たちが、弱さや愚かさ、無力感を抱えながらも懸命にもがく姿は、厳冬期の北海道の過酷な大自然をも画面に取り込みながら、圧倒的な美しさと残酷さをもって描き出され、そこに生きる人間たちの心情と完全にシンクロしていく――。

 倉本さん自身が北海道・富良野に移住し、鋭い視点と深い愛情を持って、実際に生きる市井の人々や社会の実像を見つめながら創り上げた「北の国から」は、初回放送から長い年月を経た今もなお、圧巻のエンターテインメント性を誇り、人間の本質は変わらないという普遍性が強く感じられるものとなっている。

◆「北の国から’83冬」あらすじ

 11月から五郎(田中邦衛)はクマさん(南雲佑介)と共に東京へ出稼ぎに出かけていたが、麓郷のわが家で正月を迎えるため、歳末に帰ってきた。

けなげに小屋で留守を守っていた純(吉岡秀隆)と蛍(中嶋朋子)は大喜び。そんなとき、みどり(林美智子)の息子の正吉(中沢佳仁)が家出をした。「この雪の中をどうして…」と友だちの身を案じる純と蛍だったが、ようやく見つかった正吉は純たちの小屋で正月を迎えることに。正吉は身持ちのよくない母親に反発しているのだった。

 年が明け、麓郷に沢田松吉(笠智衆)という老人がふらりと現れる。かつて五郎の父やみどりの父・杵次(大犮柳太朗)らと麓郷を開拓した草分けの一人で、一度は豆の景気で大成功した松吉だが、女に狂って妻子を捨て、30年前に駆け落ちして出ていったままだった。聞けば、東京で医薬品会社を経営し、今は会長職だという。すでに五郎の父や杵次も亡くなっており、松吉の身寄りは街のラーメン屋で働く孫娘の妙子(風吹ジュン)だけだったが、五郎たちはとにかく集落をあげて松吉のために歓迎会を開くのだった。

 だがそんな折、五郎に思いもかけない難題が持ち込まれる。みどりの借金の連帯保証人として、700万円の返済義務を負わされてしまったのだ。小屋を建てて暮らしている土地二町一反そっくり取られてしまうことになり、真っ青になった五郎は金策に奔走するが――。

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