兵庫県神戸市長田区に、入居者である高齢者だけでなく、さまざまな属性の人の暮らしを豊かにする多世代型介護付きシェアハウスがあると聞き、取材に訪れた。「はっぴーの家ろっけん(以下ろっけん)」には、高齢者や子どもたち、外国の方、若者など、年齢、職業、経歴の異なる多様な人々が訪れる。
入居者に家だけではなく「暮らし」も紹介する不動産会社

ろっけんは、六間道商店街(ろっけんみちしょうてんがい)の一角にある(写真撮影/水野浩志)

取材当日は、住みながら街にひらく住み開きイベント「ゆるごちゃな春」が開催されていた(写真撮影/水野浩志)
ろっけんの玄関に入ると、靴があふれるほど並んでいた。リビングには、高齢者や子どもたち、外国の方、若者など多世代が集い、熱気でむんむん。設立当初から、「ろっけん」のリビングの出入りは入居者問わず誰でも自由。1週間で約200人もが出入りし、一般的な介護施設とはほど遠い風景だ。しかも、一見して、入居者なのか、スタッフなのか、訪れた人なのか、見分けがつかない。

ろっけんのリビングでは、「入居者」「スタッフ」「部外者」と線引きすること自体ナンセンス(写真撮影/水野浩志)

当たり前のように多世代が触れ合う。皆、顔見知りで、ろっけんに集うひとつの「家族」なのだろう(写真撮影/水野浩志)
ろっけんを運営するHappyは、空き家再生事業を主軸にさまざまなサービスを展開する不動産会社。ポイントは、家だけでなく「暮らし」も提案すること。「ハッピーな暮らしをできるだけ長く、できれば最期の時まで関わっていきたい」という思いから、2017年、長田区に介護付きシェアハウス「はっぴーの家ろっけん」を開業。医療と介護を整え、看取りをできる体制をつくった。代表の首藤義敬(しゅとう・よしひろ)さん自身も家族と共にろっけんで暮らし、「大家族の暮らしやすさ」を体感している。

老いも若きも、雀卓を囲めば、真剣勝負(写真撮影/水野浩志)
現在の事業は、不動産事業、介護事業に加え、医療事業、教育事業と多岐にわたり、兵庫県の住宅確保要配慮者居住支援法人(※)の指定も受けている。
※住宅確保要配慮者居住支援法人/住宅確保要配慮者(低額所得者、被災者、高齢者、障がい者、子どもを養育する者、その他住宅の確保に特に配慮を要する人)の民間賃貸住宅への円滑な入居の促進を図るため、家賃債務保証の提供、賃貸住宅の情報提供・相談、見守りなどの生活支援等を実施する法人として都道府県が指定するもの

部屋のデザインは、フロアごとに異なり、入居者は、空き部屋から好きな部屋を選べる(写真撮影/出合コウ介)

部屋も廊下や共有スペースも、元気になる色使いやデザイン(写真撮影/出合コウ介)
入居者の家族や外部から遊びにやってきた人の困りごとも手助け
首藤さんに、事業が拡大した理由をたずねると、「ぼくら、おせっかいが過ぎるんです」と笑う。

「暮らしを紹介するとは、仕事や人の繋がりも紹介するという意味です」と首藤さん(写真撮影/水野浩志)

入居者さんと話しているのが、スタッフなのか遊びに来た人なのかぱっと見わからないが、とっても楽しそうに会話していた(写真撮影/水野浩志)

ろっけんには、見学者も多く訪れる。首藤さんが語るろっけんや街づくりの思いに聞き入っていた(写真撮影/水野浩志)

入居者さんやスタッフによるファッションショー。ろっけんの新入りマイクロブタもレッドカーペットをトコトコ(写真撮影/水野浩志)
驚くのは、Happyの「暮らし」を提供するサービスには、入居者の家族や、遊びに来ている人も対象に含まれていること。例えば、入居者のご家族で大西雄季さんは、バリでコーヒー農園をしていたが、高齢の母が常に気がかりだった。
「大西さんは、『搾取されているコーヒー農園の人たちを救いたい』という思いをお持ちだったんですけど、『1人じゃしんどい』ってすごく困っていたんです。だったら僕らサポートしましょうかと」(首藤さん)
大西さんの母親は介護が必要な高齢者だ。サービス付き高齢者向け住宅や介護施設に馴染めず、悪くなる一方の母親をみかねて、他の選択肢を探す中で、「ろっけん」に出会った。問い合わせてみると、空きはない。しかし、そこで終わらないのが、「人とつながる」ろっけんだ。コーヒー農園に興味を持ったスタッフから「話を聞きたい」と言われ、「私もろっけんを見たい!」と意気投合した大西さん。
この出合いがきっかけとなって、ろっけんでコーヒーイベントの開催も実現。

以前、大西さんが開催したコーヒーのテイスティングイベントの様子(写真撮影/出合コウ介)

コーヒーが共通の話題になって人々の間に会話が生まれた(写真撮影/出合コウ介)
「最初、母は大丈夫かな、馴染むかなあと思いましたが、見事にハマって。杖がいらなくなり、ご飯を食べるようになり、何よりよく笑う! 今思うと、終わりに向かいかけていた母の気持ちが、ここに来て、『まだ終わっていない』『生きる』という方向に向いたのかもしれません。母が幸せな人になって、私の夢も叶いました。ろっけんに出会えてよかったなと思っています」(大西さん)

大西雄季さん(写真撮影/出合コウ介)

自分で働きに行ける人から要介護5(生活すべてで介助が必要な状態)の高齢者、認知症の方、障がい者の方など、老いも若きも関係なくあらゆる人が入居するが、だんだん馴染んで居場所を見つけていく(写真撮影/水野浩志)
介護される人、する人に生まれた共感。看取りも「その人らしく」
ろっけんで大切にしているのは、「人間らしい」生活。人とつながり、よく笑い、気分よく暮らす、身体だけでなく心も健康的な状態のことを指す。ここでは、世話をする人、される人もなく、ベースは「共感」。入居者の中にはキャラが濃い人、他施設では受け入れられなかった人もいるが、口コミで広がり、この場所が好きな人たちが集まっている。
「“遠くのシンセキより近くのタニン”です。ぼくらは、入居者さんとの間に、お客様とスタッフという関係をつくりたいとは考えていません。入居者さん、スタッフ、遊びに来る若者や子ども達も含めて、暮らしを共に過ごす家族のような存在と考えています」(首藤さん)
まさに、その思いを体現した事例が、入居者、ナガタオサムさんとの関係づくりだ。
※クライミングジムWAGOMU
「WAGOMU」は「Water Ground Mountain」の略。自然アクティビティと障がい者支援の経験を持つWAGOMUと、医療サポート組織を持つHappyが協力し、高齢者や障がい者など社会的マイノリティが自然環境に触れる機会を提供しようと立ち上げた。イベントスペースとしても活用されている。

ろっけんで行ったナガタさんの写真展とトークイベント(画像提供/happy)

「Mr.パーキンソンDJ」を自称し、ターンテーブルを回すナガタさん(画像提供/happy)
家族のように過ごした入居者を看取るのは、とても辛い体験だろう。ろっけんでは、なぜ、看取りまで行っているのだろうか。ケアマネージャーの岩本茂さんにたずねた。
岩本さんは、10年前、首藤さんと出会い、6年前から、ろっけんのケアマネージャーを務めている。
「通常、介護施設では、入居者さんが亡くなったあと、葬儀は業者に任せます。でも、息を引き取るまで、入居者さんや家族と関係をつくってきたのに、最後の送り出しの瞬間に全く知らない人にバトンタッチするのが嫌だったんです」(岩本さん)
介護の仕事は、法律や制度の枠組みの中で行われるため、飲食店のように自由に価格設定や提供するサービスを決めることはできない。まず事業を立ち上げ、その後にその事業のための具体的なアクションを考えるというアプローチが一般的だ。
「ろっけんでは、介護業界の枠を超えて、入居者にとって最も幸せなことは何かを考え、アクションを起こした結果として新しい事業が生まれるという形を取っています。葬儀まで行う看取りのサービスもそうして生まれました」(岩本さん)

ろっけんで執り行った葬儀の様子。皆で最後まであたたかく見送る(画像提供/happy)

壁に貼られた「家族写真」。部屋には、亡くなった方の写真立てもある。今でもろっけんの一員なのだ(写真撮影/水野浩志)
岩本さんは、2024年4月に入居したひとりの末期がんの入居者Fさんに寄り添い、8月にろっけんで葬儀を執り行い、見送った。石川県輪島市で暮らしていたFさんは、能登半島地震で被災した後、終の住処としてろっけんへ。首藤さんの「毎日楽しんで走り切ってハッピーエンドで自由に旅立って欲しい」という思いもあり、大好きなたばこを吸うなど人生を謳歌し、余命宣告を受けていた5月を超え、蛍も見に行けるほどに。
トラック運転手だったFさんがたびたび話していたのは、仕事をしていたころの思い出話だった。

元職場を訪れ、同僚との再会を喜ぶFさん(中央)。そんなFさんを見て岩本さん(左)も嬉しそう(画像提供/happy)
「そんな介護保険サービスは存在しないんですが、その人のために皆、動きたいという思いがある。それを実現するために、使える制度やサービスないかなと、探して、はめ込んでいくんです」(岩本さん)
ろっけんで、葬儀まで執り行ったのは、20件以上。何人もの「家族」を看取った岩本さんの心を強く揺さぶったのは、余命宣告を受けたPさんが残した言葉だった。自室にこもっているPさんをみて、岩本さんは、スタッフのリモートミーティングをPさんの部屋でやろうと企画した。岩本さんは、部屋にパソコンを持ち込み、Pさんの好きなお酒も準備して、オンライン会議に参加してもらった。そのうち、スタッフがPさんに悩みを打ち明け、人生相談に。
「若い男性スタッフが、彼女の悩みを相談すると、Pさんは、こう言ったんです。『お前そんな後先考えてどないすんねん。今しかないやろ』って。

Pさんのことを話すうちに思い出し笑いしてしまう岩本さん。悔いなく見送れたからこそなのだろう(写真撮影/水野浩志)
首藤さんが、スタッフに伝えているのは、「3割きっちり、7割余白」。その時、その瞬間の本人にとって一番必要なものは何なんだろうということを考えて、しっかり押さえるのが3割。
「その他の7割は余白として、あえて決めきらずにおいておく。そのほうが、柔軟に対応できるし、ケアする側の自主性や偶発的に生まれる何かを生み出すことができる。その何が大事なのか、というところを抑えないと幸せではない」と首藤さんは語る。
ろっけんでは、誰が何をやってもOK。イベントや事業は、自主的、偶発的に始まる。唯一、禁止しているのは、「誰か」のために何かをすること。
「まずは自分自身が本当に欲しているのか、やりたいのかを考える。次に、目の前の3人をハッピーにするのはどうしたらいいかを考える。そして、自分のエゴを社会化していく作業をする。社会のためとか見えないペルソナ(※)を追っかけないことです。だって、そもそも、社会は、人の集まりでしょう?」(首藤さん)
※マーケティング用語で、サービスや商品の提供をする際に、主な顧客層となる対象について、性別や年齢、志向性など人物像を設定すること
最後に、多彩な事業を拡げている首藤さんに、自分を表す言葉をたずねると、「忘れる人」という答えが返ってきた。
「ぼくは、過去に言ったことは、全部忘れる。うまくいったことも、全部忘れる。理想は1年後、違うこと言っていることです」(首藤さん)
首藤さんが見ているのは、常に前。目の前にいる人が、どうすれば、ハッピーになれるか?を問い続け、挑戦は続いていく。

「常に、場に変化を起こしたい」という首藤さんが新しく「家族」に加えたマイクロブタのラッキーちゃんとナイスちゃん。リビングの人の間を縫ってトコトコ(写真撮影/水野浩志)
取材を通じて、人は、「繋がり」があれば、生きていけると感じた。時には、寄りかかってもいい、寄りかかられてもいい。そんな場所が街に増えれば、生きることが少し楽になりそうだ。
●取材協力
・はっぴーの家ろっけん / 株式会社Happy
・首藤義敬(X、Instagram)