「都市で行う農業は、食料の供給にとどまらず、社会的にも環境的にも重要な役割を担うもので、持続可能な都市にとって欠くことのできない柱である」
フランス国立農業・食料・環境研究所INRAEの、ホームページにある一文です。
「15分都市」の実践で知られるパリ市は、緑化と歩行者優先の街づくりに加え、都市農業を広げる努力にも余念がありません。

その実態は? パリ市内の屋上菜園を取材しました。

パリ産の梅の花、花屋の店頭で発見!

パリの「屋上菜園」がおもしろい! 自称”都市農業のパイオニア”、遊休地等を活用し茶畑やクラフトビールのホップづくりも

パリ20区の学校屋上につくった都市農園で収穫された野菜(写真/筆者)

「地産地消の花をお探しですか? この梅の花はパリ20区の屋上から届いたものですよ」。パリの人気エリアの花屋さんで、若い女性フローリストが教えてくれました。パリ産の花!?と、驚きましたが、パリ市が長きにわたり都市農業の実現に力を入れていることは、パリ市民であれば誰でも知っていること。それがついにこうして、日々の消費活動の中に反映され始めていることに、筆者は驚いたのでした。都会でも地産地消の実現は可能だ、と実感し、この花を育てる屋上菜園の取材を決心したわけです。

パリの「屋上菜園」がおもしろい! 自称”都市農業のパイオニア”、遊休地等を活用し茶畑やクラフトビールのホップづくりも

パリの屋上菜園で育った花の他にも、フランス産の花を積極的に取り扱う花屋。ケニアなど赤道直下の国々で栽培された花が、切り花になって世界中に空輸されている花業界の構造が、問題視されて久しい。ヨーロッパで禁止されている農薬や化学肥料を大量に使うことも、輸送のCO2と同じく問題の1つである(撮影:筆者)

パリの「屋上菜園」がおもしろい! 自称”都市農業のパイオニア”、遊休地等を活用し茶畑やクラフトビールのホップづくりも

パリ産の梅(撮影:筆者)

パリの「屋上菜園」がおもしろい! 自称”都市農業のパイオニア”、遊休地等を活用し茶畑やクラフトビールのホップづくりも

Collectif de la fleur française(フランス産の花の会)のラベルからそれがわかる(撮影:筆者)

パリ市はどのようにして都市農業実現を進めているのでしょう?
2016年、パリ市は「Les Parisculteurs」(レ・パリクルター。「パリ」と「アグリクルター=農家」を合わせた造語)と名づけたプロジェクトを始動。パリ市内とそれを囲むイル・ド・フランス地域圏において、都市農業を推進し増やしてゆくプロジェクトです。具体的には、建物の屋上や空き地、地下(駐車場など)、壁面など、農業ができる場所を「レ・パリクルター」のプラットフォームに公開。広くアイデアを公募します。

この情報を元に、都市農業で起業を目指す個人や、都市農業の実践するアソシエーション(非営利団体)が、それぞれ企画を応募。採用された企画が実現されるという仕組みです。(詳細は別の機会に改めて)

提供されている学校屋上や公共住宅の地下駐車場は、すべてパリ市が所有または管理に関係している土地や物件で、しかもこれまで放置されていた都会の死角のようなスペースばかりです。

パリの「屋上菜園」がおもしろい! 自称”都市農業のパイオニア”、遊休地等を活用し茶畑やクラフトビールのホップづくりも

「レ・パリクルター」プロジェクトにより実現した都市農業の分布図(Les Parisculteurs サイトより)

「レ・パリクルター」の成果は素晴らしく、この10年間で延べ80以上の都市農業プロジェクトが実現しました。面積にするとパリ市内だけでも約37haになり、これは東京ドームの約8倍に相当します。よく「パリ市内の面積は東京の山手線の内側と同じくらい」と言われていますが、実際にはパリ市内は約105km2、東京山手線内側は約63km2。山手線の内側よりもう一回り広い程度の都市の中で、東京ドーム8個分の面積が耕作されているということ。屋上、空き地、地下、壁面といった、忘れられた場所・放置された場所を、農地として活用することは可能だという実例であり、「都会で農業なんて絶対無理!」といった常識も、イマジネーション次第、工夫次第で変えられることを証明しています。

ちなみに、「壁面」で何を栽培するのか? 答えは、ビールの原料になるホップ です。パリ市内のマイクロブルワリーは人気が高く、彼らがつくるクラフトビールは地産地消で味わいも良いことから人気。パリ産のホップは、需要もあれば供給もあるというわけです。

パリの「屋上菜園」がおもしろい! 自称”都市農業のパイオニア”、遊休地等を活用し茶畑やクラフトビールのホップづくりも

Bien Élevée(ビアン・エルヴェ)の屋上サフラン畑(Les Parisculteurs サイトより)

他にも「レ・パリクルター」で起業した例を挙げると、パリ13区のスーパーの屋上でサフランを栽培し、付加価値の高い商品に加工して販売するBien Élevée(ビアン・エルヴェ)や、公共住宅の地下駐車場跡地でマッシュルームを栽培し、オーガニックスーパーに出荷するCycloponics(シクロポニ)などがあります。

ビジネス面で成果を上げているこれらの実例は、新たに都市農業で起業を考える人々にとって励みになり、都市農業をますます発展させる原動力になるでしょう。

パリ市による都市農業プロジェクト「レ・パリクルター」

では、直近に行われた2023年第5回目の公募では、どんな企画が採用されたのでしょうか? 場所はパリ市内5カ所と、郊外5カ所、計10カ所が提供され、採用された10の企画のうち、7つは子どもたちの教育を目的としたアソシエーション(非営利団体)や、研究者を養成する機関による企画でした。残り3つが企業からの企画で、1つは地下駐車場にアクアポニックスを設置しサラダ菜を栽培するスタートアップ、もう1つは中学校の屋上でエディブルフラワーを栽培する企業、最後の1つはお茶メーカーで、なんとブローニュの森(パリ16区にある広大な公園)の一部で茶の木を栽培するという。パリに茶畑! パリ産のお茶づくりを目指すとは、都市農業に取り組む情熱に加え、自分の夢に自分でダメ出しをしないフランス人魂にも感服してしまいます。

パリの「屋上菜園」がおもしろい! 自称”都市農業のパイオニア”、遊休地等を活用し茶畑やクラフトビールのホップづくりも

2023年採用企画の1つ、地下駐車場にアクアポニックスを設置しサラダ菜を栽培するChamperché。(c)champerché(Les Parisculteurs サイトより)

話を戻すと、企業よりもアソシエーションや教育機関が多く選ばれていることがわかります。これは、冒頭に記したINRAEのスローガン「都市で行う農業は、食料の供給にとどまらず、社会的にも環境的にも重要な役割を担うもので、持続可能な都市にとって欠くことのできない柱である」が示すところ、そのものです。つまり、都心部であるからこそ、住民たちのつながりや、住環境の改善に、都市農業は不可欠だ、という意識の反映といえるでしょう。

屋上菜園を実践する アソシエーションを見学

さて、先に紹介した花屋のエピソードでも、パリ産の梅の花を栽培していたのはアソシエーションでした。2010年創立の、veni verdi(ヴェニ・ヴェルディ)です。毎月定期的に屋上菜園を公開しているとのこと、その日を狙って取材を行いました。

パリの「屋上菜園」がおもしろい! 自称”都市農業のパイオニア”、遊休地等を活用し茶畑やクラフトビールのホップづくりも

ミント水、ホームメードのケーキやタルト。すべてボランティアが率先して準備した(撮影:筆者)

パリの「屋上菜園」がおもしろい! 自称”都市農業のパイオニア”、遊休地等を活用し茶畑やクラフトビールのホップづくりも

学校の裏口がこの日の入口。おやつののったテーブルと、ドラムセット、カラフルなデコレーションも(撮影:筆者)

6月半ばのこの日は、通常の公開日と違って、ご近所さんたちと触れ合うお祭りを兼ねたイベントデー。

朗読や演奏などの余興が盛りだくさんです。入口前にテーブルがセットされ、手づくりのハーブ水や、パウンドケーキやタルトが置いてあり、自由に食べていいようです。ハーブ水のハーブはもちろん、タルトのフルーツも、屋上菜園でとれたものなのだそう。階段を上って屋上へ。全開になった扉の向こうに屋上菜園が広がり、20~30人ほどの訪問者の姿が見えます。ぼーっと立っていると「veni verdi(ヴェ二・ヴェルディ)」と手書きしたTシャツ姿の若い女性がやってきて、笑顔で迎えてくれました。

パリの「屋上菜園」がおもしろい! 自称”都市農業のパイオニア”、遊休地等を活用し茶畑やクラフトビールのホップづくりも

ヴェニ・ヴェルディ職員のアンジェル・ミッシェルさん(撮影:筆者)

彼女はヴェ二・ヴェルディの職員、アンジェル・ミッシェルさん。早速一緒に屋上を一周です。桃やスモモ、あんずなどの果樹、ニンジンやじゃがいもなどの根菜、ネギ、アスパラガス、トマト、なす、ひまわり、などなど。木製の大型プランターや、ルーフトップのコンクリートに直接土を入れた畑風の菜園が、まるでパッチワークのように点在しています。鯉が泳ぐ水槽もあり、つまり屋上全体がちょっとしたビオトープのよう。

「生物多様性を再現する意味でも、できるだけいろいろな種類の野菜や果物をつくるようにしています」と、アンジェルさん。

パリの「屋上菜園」がおもしろい! 自称”都市農業のパイオニア”、遊休地等を活用し茶畑やクラフトビールのホップづくりも

屋上の小さな池をのぞき込む子どもたち(撮影:筆者)

パリの「屋上菜園」がおもしろい! 自称”都市農業のパイオニア”、遊休地等を活用し茶畑やクラフトビールのホップづくりも

ひまわりの根元に植えたナスやアスパラガスは、ひまわりの葉がつくるいい日陰のおかげで成長が良好なのだそう。植物同士が助け合う多品目の農業は、生産量をアップする(撮影:筆者)

耕作部分の総面積は、大体360平米で、このすぐそばにある別の学校の屋上と合わせると約700平米。この2カ所で、去年は合計2tの収穫があったと教えてくれました。日本の農林水産省が2018年に発表した「野菜をめぐる情勢」によると、日本人1人あたりが1年間に摂取する野菜の量は101kgですから、単純計算で約20人分。限られたスペースにもかかわらず、結構な量が収穫できることに驚かされます。日々の農作業は、どんなふうに行われているのでしょう?

「毎日職員2名がここに出勤して畑仕事をする他に、ボランティアや課外授業でやってくる子どもたちも畑仕事に参加します。残念なことにここは地面の畑ではないので、オーガニックの認証は得られませんが、もちろん無農薬、化学肥料未使用。収穫した野菜や果物は、見学に来た子どもたちが持ち帰ったり、ボランティア同士で分け合ったり、近所のマルシェ(朝市)で販売もしていますよ。値段は、市場に出回るオーガニックの作物よりも、大体20%くらい安く提供しています。(収入の大小にかかわらず)誰もが質のいい食べ物にアクセスできることは、重要ですから」

アソシエーションとしての存在意義がよくわかりました。
ふと気づけば私たちのすぐそばに、ヴェニ・ヴェルディ創設者のナディーン・ラフードさんが! 実は先ほどからずっと畑仕事をしていたのです。パリの屋上で農業をする、という、素晴らしいアイデアを形にした張本人であり、しかもそれを年々拡大している女性。

その笑顔からもバイタリティーがあふれんばかりです。

「自分の手で栽培し、収穫した野菜を食べること。それを子どもたちに伝えてゆくことが、私たちのミッションです。私たちは毎週、近隣の学校の子どもたちをこの屋上菜園に迎えて、一緒に農業をしているのですよ。栽培して食べるという伝統は、次世代に伝える努力をしなくては消えてしまいます」と、ナディーンさん。

パリの「屋上菜園」がおもしろい! 自称”都市農業のパイオニア”、遊休地等を活用し茶畑やクラフトビールのホップづくりも

ヴェニ・ヴェルディ創設者のナディーン・ラフードさん(撮影:筆者)

創設から15年間を通し、「暮らしに近い場所での農業、ソーシャルで参加型の農業、教育と経済活動をつくる農業」を実践している人物の言葉には、重みがありました。

市民と行政が連携。雇用創出も

現在ヴェニ・ヴェルディはアソシエーションとして、パリ市とイル・ド・フランス地域圏、そして国家の3カ所から資金援助を得つつ、パリ市内と近郊合わせて7カ所の学校で行う屋上菜園と、郊外の公園につくった菜園3カ所を運営しているとのこと。職員20名、ボランティアは900名。フランスの市民奉仕制度(※)に参加する若者を、積極的に受け入れてもいるそうです。アンジェルさんも、市民奉仕のステータスで1年間働き、あまりにも充実していたので職員になったと教えてくれました。つまり企業だけでなくアソシエーションという形でも、都市農業は都市の経済活動にプラスになっているのでした。

※2010年に発足した制度。16歳から25歳が対象。市民としての社会貢献を通じ、社会階層のミックス化を図るもの。期間は6カ月から1年間、報酬あり。

パリの「屋上菜園」がおもしろい! 自称”都市農業のパイオニア”、遊休地等を活用し茶畑やクラフトビールのホップづくりも

朗読会に集まったご近所さんたち(撮影:筆者)

この日、ヴェニ・ヴェルディの屋上菜園に集まった人たちは、老若男女みんな新しい社会の方向に向かって歩んでいるように見えました。資本主義一辺倒の価値観とは違った社会。新しいビジネスモデルの可能性を、屋上菜園とアソシエーションが示してくれた気がします。
「都市農業のパイオニア」を自称するパリ市にみられるこれらの事例は、今後の社会が目指すモデルを示唆しているといえるかもしれません。環境的にも、社会的にも、そして経済的にも。

別の機会に、地下駐車場でマッシュルームを栽培する企業Cycloponics(シクロポニ)の取り組みと、パリ市のプロジェクト「レ・パリクルター」の仕組みについて、詳しくお伝えいたします。

●取材協力
veni verdi(ヴェ二・ヴェルディ)

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