デジタル家電やオタクカルチャーをはじめとしたエンタメ系の店が所狭しと並び、趣味人たちを魅了してきた秋葉原。
その秋葉原はあくまで「通う」街で、「住む」というイメージは抱きにくいものだが、SUUMO住みたい街ランキング2024で過去最高の29位になるなど、筆者をはじめ、ひそかに「住む」ことに憧れをもつ人はいるはず。
そこで、なんと秋葉原に住むことをテーマとした同人誌(自主制作誌)、『秋葉に住む』を20年以上発行し続けている方の存在を知り、貴重なお話を伺った。

秋葉原の中央通り(写真撮影/辰井裕紀)
自作PC好きから秋葉原住まいへ
前人未踏、『秋葉に住む』を21年発行し続け、そして大部分の記事を執筆しているのが、しげのさん。そもそもなぜ秋葉原に住んだのか。
しげの「もともと自作PCが好きで秋葉原に愛着があったんです。社宅住まいだったので分譲マンションを買おうと、就職6年目の2004年に、当時新築で販売されていた『東京タイムズタワー』の63平米の2LDKを約5200万円で購入しました」

真ん中にあるのが東京タイムズタワー。秋葉原電気街にある(写真撮影/辰井裕紀)
秋葉原でタワーマンションを5000万円程度で購入したのは、今になってみると破格だ。
しげの「2022年の末に同じ東京タイムズタワーのもう少し広い別の部屋へ移ったのですが、以前所有していた部屋は新築当時の2倍の値段で売れ、今の部屋も新築時の2倍の値段で買いました」
そしてなぜ、同人誌まで書いたのか。
しげの「もともとは大学時代の友人たちと一緒にコミックマーケット(コミケ)に参加し、鉄道の電気回路などの同人誌を制作していたのですが、「秋葉原に住む」というテーマの本を作ったらウケるかなと思い、2004年の7月から活動を始めました。
『秋葉に住む』というタイトルや本の構成などは、リクルートさんの雑誌『都心に住む』から影響を受けています」
21年前は今よりもっと「秋葉原に住む」イメージがまったく浮かばなかったころだ。
「2004年当時は千代田区の人口も今よりはるかに少なくて、住民基本台帳で41,676人でした。2025年の今では
68,835人まで増え、秋葉原にマンションも増えています「住民基本台帳による東京都の世帯と人口」(東京都)」
秋葉原も属する千代田区は、住民サービスが手厚いのがメリットだという。
「経済規模の割に人口が少ないので。特に子育て支援の体制がすばらしいです」
かつては「20時で眠る街」だった
まずは、しげのさんが見てきた秋葉原の変遷を語ってもらう。『秋葉に住む』発刊当時の2004年は夜が深くなると、開いている店はほとんど無かった。
しげの「1995年にWindows 95が出てからはパソコンの街になりましたが、古くからの石丸電気やオノデンも20時までで閉まっていましたし、20時で眠る街でした」

2004年の『出没!アド街ック天国』(テレビ東京系)でも、「20時帰宅」が取り上げられている。『秋葉に住む』VOL.32より(写真撮影/辰井裕紀)
だが、2001年に最初のメイド喫茶・キュアメイドカフェができた。
しげの「2004~5年ぐらいからメイド喫茶が増え始め、勢いは2010年代前半まで続きます。多くのメイド喫茶は22時ごろまで営業していました」
さらに、2005年にできたヨドバシカメラも22時まで営業している。そうして2010年ごろには、秋葉原に夜営業する店が増えていたという。
しげの「特に2005年の、
・TVドラマ版『電車男』(2005年7~9月放送)
・つくばエクスプレス(2005年8月開業)
・ヨドバシカメラAkiba(2005年9月オープン)
この3つが秋葉原を変えました。『出没!アド街ック天国』(テレビ東京系)にも2004年、2005年と立て続けに取り上げられましたし、秋葉原が話題の街だった時期なんですね」
さらに2000年代前半ごろにはゲーム・アニメ関連の店舗が増え、2010年ごろからアイドルが流行ったという。
しげの「AKB48が『会いに行けるアイドル』と売り出したのは大きくて、アイドルグループのための小さいライブハウスが数多くでき、今もファンが多く来ています」
秋葉原から羽ばたいたアイドルグループとしては『でんぱ組.inc』などが知られている。

『でんぱ組.inc』の本拠地だったディアステージは今も盛んにアイドルライブが開催される(写真撮影/辰井裕紀)
しげの「あとはコンセプトカフェが2000年代後半から出始めたんですよね。従来型の『シスター』『魔法学院』などといった明確なコンセプトをもったカフェに加え、今ではあまりコンセプトのない『コンカフェ』も増えました。深夜営業の店もあります」
ここ5年ほどで急伸したのはトレーディングカードショップだという。
しげの「水回りも不要で、商売しやすいですから。

気がつけば増えているトレカショップ(写真撮影/辰井裕紀)
なお、本来の秋葉原電気街を構成する店は減少傾向。
しげの「家電はもちろん、電子部品を扱う店も減っています。アマチュア無線の無線機を扱う店は、ファンの高齢化も影響して今は3店舗ほどです」

(写真撮影/辰井裕紀)
確かにスマホ販売店などを除くと、デジタル家電の販売店はやや減ったように思える。
しげの「通信販売で事足りるので、ガジェットの店は減ってきました。ただしPCパーツの店は、まだある程度はありますね。高性能・高額な新作GPU※1を求めて深夜に行列ができることもありますよ」
※1:コンピュータの画像描画処理を担当する集積回路。
高額商品を扱う店は、高いテナント料を払う余力があるので残りやすい傾向があるという。
しげの「ハイエンドオーディオの店も単価が高いため、まだ残っています。アンプやスピーカーなどが1台100万~
1000万円とかの世界ですから」
高級住宅化する秋葉原の物件
このようにエンタメ要素に事欠かない秋葉原だが、この20年で物件価格が高騰し、庶民の分譲マンション購入は難しくなった。
しげの「もう50~60平米の部屋でも、おそらく1億円用意しなければならない時代です。昔は中古の小さい部屋なら2000万円くらいで買えましたが、今は難しいですね」

『秋葉に住む』恒例の「秋葉原周辺 分譲・仲介・賃貸 物件ガイド」。本気で住みたい人に役立つ(写真撮影/辰井裕紀)
しげの「さらに秋葉原の賃貸相場も上がっていて……SUUMOの「秋葉原駅の賃貸マンション家賃相場情報(2025年7月10日更新)」によると、
・ワンルーム:12.8万円
・1LDK:20.1万円
・2LDK:27.1万円
といった具合です。以前はワンルームなら10万円ほどで住めましたから、賃貸相場もやや上がっています。

路地に入ると、実は住宅が並ぶ秋葉原(写真撮影/辰井裕紀)
もう少し安く秋葉原の近くに住む手はないだろうか。
しげの「千代田区から台東区に行くと、相場が1万円くらい下がります。台東区でも、秋葉原駅まで徒歩5分で行ける部屋もありますから。さらに浅草橋、御徒町、鳥越とかに行くと、2万円ぐらいは家賃が下がります」

人気企画の「秋葉原終電案内」。周辺駅から秋葉原駅まで 終電で帰れる時刻を示している(写真撮影/辰井裕紀)
なお、しげのさんが住む「外神田」はまさに秋葉原を感じられる場所だ。
しげの「千代田区の北東の端っこが外神田ですけれど、千代田区の中では比較的安いほうでして。秋葉原は神保町とか水道橋、御茶ノ水、淡路町などよりは安いんです」
ヨドバシの「24時間店舗受け取り」が超便利
秋葉原は、かつては日常生活のための商業施設が少ないなど不便な面もあったが、今は違うという。
しげの「昔からある、24時間営業の肉のハナマサにはよく行きました。 ただし業務用で量が多くなりがちでしたが、最近は『まいばすけっと』などができて便利になりましたね」

他にも『ライフ』、『ピーコックストア』などが秋葉原電気街の中心部から徒歩圏内にある(写真撮影/辰井裕紀)
すぐ近くに『ヨドバシカメラ マルチメディアAkiba』というヨドバシの旗艦店を抱えるからこその大きなメリットがある。
しげの「ヨドバシの店舗受け取りが24時間可能で、それが非常に便利です。例えばプリンタ関連などの消耗品が切れたときも、ネットで発注すれば原則30分以内に店頭に用意されて、夜中にだって取りに行けるので最高ですよ」

家電量販店の中でもトップクラスの売り上げを誇る『ヨドバシカメラ マルチメディアAkiba』(写真撮影/辰井裕紀)
あとは「100円ショップによく行く」と語るしげのさんだが、電気街の店にはまだ通っているのか。
しげの「自作PCをやっていたころはPCパーツショップに行っていましたが、Macに移行してからはあまり行かなくなりました」
秋葉原は来訪者・居住者に男性が多く、ジャンキーな外食店が軒を連ねる。しげのさんはどんな食生活を送っているのか。
しげの「自炊しないので、行きつけのメイド喫茶『JAM Akihabara』でよく食べます。1200円程度で日替わりランチをやっていておいしいですよ」
メイド喫茶を行きつけにするのも、なかなか他の地域では見られない所作だ。

JAM Akihabara(写真撮影/辰井裕紀)
しげの「カレーが好きなので、『ブラウニー』や『ラホール』などにも行きますね。あとは秋葉原唯一のオーセンティック(正統派)バー『バー・セキレイ』によく通います」

大衆的カレー店の『ラホール』はいつも人気。カレーソースはブラック・日本風・インド風が選べる(写真撮影/辰井裕紀)

『秋葉に住む』VOL.32は「秋葉原に住む女性たち」を特集した意欲作。表紙は『バー・セキレイ』で撮影した(写真撮影/辰井裕紀)
秋葉原の縁の下の力持ち「町会」
意外にも秋葉原は町会(町内会)が元気な地域だという。
しげの「千代田区および秋葉原は結構下町で、子ども会から敬老関係まで町会のイベントが活発ですし、住民同士の交流は盛んです」
千代田区からの連絡も町会経由で来る。
しげの「夏は納涼会で出店を出したり、神田祭でお神輿(みこし)を担いだり。年末には夜警があり、『火の用心』と回ります」

「神田祭」 も行われる神田神社(写真撮影/辰井裕紀)
ただし、秋葉原には課題もある。
しげの「秋葉原はインバウンドの観光客が増えてゴミのポイ捨てが増えているし、コンカフェなどの客引き行為も後を絶ちません」
さらにしげのさんは続ける。
しげの「オタクの街としては池袋に女性を中心としたオタク層を取られている気がしますし、中野の突き上げも受けています。豊島区は中心である池袋に注力しているのも影響していますね」
千代田区は危機感を持っていないのか。
しげの「大手町のオフィス街や番町の高級住宅街などいろいろなものが集まる千代田区にとって、秋葉原はおそらくはあまり重要度が高くないので、区として頑張ってもらうのが難しいのかもしれません」
秋葉原が「オタクの街の頂点」のようなイメージだったのだが、意外だ。
しげの「ただ、さまざまな問題を千代田区長に直接伝えられることはメリットです。人口が少ない分だけ区長との距離は近く、町会の集まりなどにも来られますので」
インバウンドであふれかえる街の、縁の下の力持ちも町会だ。
しげの「防犯・防災は町会の仕事の一つです。月に1回、客引き防止のパトロールを実施していますし、日曜日の歩行者天国の警備も町会などが中心で行っています」

『秋葉に住む』VOL.33に「客引き防止パトロール」参加レポートもある(写真撮影/辰井裕紀)
変わる・変わらない秋葉原
20年以上、秋葉原に住んでいるからわかる魅力とは。
しげの「変わっていく部分と変わらない部分があるところです。PC、アイドル、カードショップなど、時代によって秋葉原の元気な業態は移り変わりますが、下町的な部分は頑固で変わらない」
頑固な部分があるから、実は基礎がしっかりしている。
しげの「ずっと何代も神田に住んでいるような方が少なからずいますし、老舗の店も残っています。変わらない部分が根底にあるのが秋葉原の面白いところですね。小さい稲荷神社があちこちにあり、町会の人が手入れしています」

講武稲荷神社。秋葉原には意外にも稲荷神社が多い(写真撮影/辰井裕紀)

1879年創業のすき焼き店・いし橋(写真撮影/辰井裕紀)
しげのさんを慕う近所の友人も多い。
しげの「一緒に『秋葉に住む』をつくり上げてくれる人も秋葉原で知り合いましたし。いろいろなツテでご紹介をいただいて、今では近所の人を含めた、友だちを集めての飲み会も時々やっていますね」
東京で近所の方と仲良くなり、ホームパーティー的なことまでやる人の方が少ないだろう。
しげの「交通の利便性もいいから駆けつけやすいんです。場所を借りて間借りカフェなどのイベントを開催できるレンタルスペースも増えています」
秋葉原はこれからどんな街になるか。
しげの「交通の利便性は変わらず支持されると思います。アイドルのライブハウスや、試聴が重要なハイエンドオーディオのショップなど、物理的に店を構える意義がある店は生き残ると思います」
秋葉原住まいが合う人とは。
しげの「一番合う人は、交通の利便性が役立つ出張が多い人とか。オタク的なものに触れたい人にも向いていますね。あとは、変化していく街なので、それが嫌いじゃない人。町会の活動が活発なので、祭り好きな人も」

秋葉原駅近くの架道橋より(写真撮影/辰井裕紀)
最後に、しげのさんは『秋葉に住む』の発行をいつまで続けるのか。
しげの「これまでも、これからも変わり続ける街ですし、変化を楽しみながら秋葉原に暮らしたいです。『秋葉に住む』がきっかけで秋葉原に引越した人も、直接伝えてくださった方だけで数十名います。2025年の夏のコミックマーケットにも参加予定ですし、本の発行はできる限り続けたいですね」
『秋葉に住む』は8月17日(日)に開催される「コミックマーケット106」に参加する。スペースは「東5ホール タ-58b」。新刊として『秋葉に住む』VOL.38(特集:秋葉原の名所旧跡)を発行する。

2025年8月のコミックマーケットで発売する VOL.38。秋葉原に残る多くの神社・稲荷や記念碑・史跡を巡る

VOL.38では「つくばエクスプレス」開業20周年を振り返る

変わりゆく秋葉原の姿を見つめる「開発状況」のコーナーはVOL.38でも読める
物件価格の高騰、店の移り変わりを経て、町会が根強く守る街・秋葉原。
ここまで読んで、もしも自分が楽しく住めるイメージが湧いてきたなら、ぜひ『秋葉に住む』とともに物件を探して、秋葉原に住む夢を叶えてほしい。
●取材協力
しげの
2004年より秋葉原電気街(千代田区外神田)に居住。
1996年よりコミックマーケットに参加。
2004年より同人サークル『秋葉に住む』を立ち上げ、年に2冊程度を継続して発行。秋葉原居住の魅力を同人誌を通じて発信し続けている。
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