高齢者の孤立をきっかけに2018年に開設された「コミュニティハウスみんなの家」は、今や若者や障がい者も交わる多世代の居場所に。不登校の子が認知症のおばあちゃんと支え合い、自殺未遂を経験した人が今は誰かの居場所をつくっている――。

それを運営している「えんがお」代表・濱野将行(はまの・まさゆき)さんの言葉「誰かの居場所をつくることが、自分の居場所になる」に、幸福の新しいかたちが見えてきます。

高齢者の幸せを問い直すうちに若者の孤独につながった

栃木県大田原市で高齢者向けの「訪問型生活支援事業」を行っている一般社団法人えんがお。筆者は2023年に取材した後も、SNSやホームページでその進化を追い続けてきました。「えんがお」が設立された翌年、濱野さんがnoteに綴っていた「誰かの居場所になることが、自分の居場所になるかもしれない」という言葉が、ずっと印象に残っていたからです。前回の取材はコロナ禍だったためオンラインでしたが、その言葉の意味を自分の目で確かめるため、現地を訪れることにしました。

■前回の記事:
若者も高齢者も”ごちゃまぜ”! 孤立ふせぐシェアハウスや居酒屋などへの空き家活用 訪問型生活支援「えんがお」栃木県大田原市

不登校の小学生と認知症のおばあちゃんが支え合う。高齢者・若者・障がい者など”ごちゃまぜ”の居場所、栃木「えんがお」が生んだつながり

空き家を活用してつくられた「コミュニティハウスみんなの家」は、20年間使われていなかった住宅を、学生たちと共にDIYで再生した多世代交流の拠点(画像提供/えんがお)

不登校の小学生と認知症のおばあちゃんが支え合う。高齢者・若者・障がい者など”ごちゃまぜ”の居場所、栃木「えんがお」が生んだつながり

年間延べ1500人の高齢者と2500人の若者が訪れる(画像提供/えんがお)

濱野さんが「えんがお」を立ち上げたのは2017年。作業療法士として働く傍ら、地域の高齢者の孤立に目を向けたことが出発点でした。体がある程度動くために支援制度の対象外となり、「天井を見ながら寝ているだけの毎日」という現実があったといいます。

えんがおの特徴は、高齢者宅を訪れる際、学生や若者を一緒に連れて行くこと。「訪問型生活支援事業」で、若者と訪問するのは、えんがおオリジナルの取り組みです。高齢者の居場所づくりに若者が関わることを重視した背景には、「希望を抱けない若者たち」の存在があります。「一生懸命生きてきた人が孤独のまま亡くなる社会に、未来を信じられる若者はいない」という信念が、世代を超えたつながりの基盤になりました。

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訪問型生活支援事業に同行する学生。

訪問できないコロナ禍は、若者と高齢者が文通する取り組みが生まれた(画像提供/えんがお)

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地域食堂はおばあちゃんたちが調理、学生スタッフが買い出しなどを協力して運営(画像提供/えんがお)

2024年4月、日本では初めて「孤独・孤立」を国家的課題として明文化した「孤独・孤立対策推進法」が施行されました。自殺、ひきこもり、不登校、単身世帯の増加など、社会全体の「つながりの喪失」に対応するための包括的な法律です。

2020年以降のコロナ禍の影響により、女性や子ども・若者の自殺が再び増加し、40~64歳のひきこもり人口も61万人に達するなど、孤立を深める人々が急増しました。また、2040年には全世帯の約4割が単身世帯になるとされ、地域のつながりが消えるリスクも高まっています。

このような状況を受けて、2025年5月には重点計画が改訂され、子どもの自殺予防や単身者支援などを重視した政策が整理されました。NPOや自治体と連携し、相談窓口や啓発活動、つながりを支える担い手育成などの具体策も、全国各地で進められています。

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「孤独・孤立対策に関する施策の推進を図るための重点計画 令和7年改定のポイント」(引用元/内閣府)

高齢者、若者、不登校児、障がい者へと広がる「居場所」

えんがおの拠点である地域サロン「コミュニティハウスみんなの家」は、大通りから一本入った住宅街の一角にあります。「高齢者の日中の居場所をつくりたい」えんがおと、「若者の居場所をつくりたい」商工会議所が協働し、学生たちとDIYでリノベ―ションしました。

ガラス戸を開けると「いらっしゃい」とおばあちゃんの声。不登校の子どもが宿題をしたり、高齢者や障がいのある方が一緒にお茶を飲んだり、えんがおのスタッフの作業を手伝ったりと、自然な形で世代が混ざり合う風景がそこにありました。

不登校の小学生と認知症のおばあちゃんが支え合う。高齢者・若者・障がい者など”ごちゃまぜ”の居場所、栃木「えんがお」が生んだつながり

酒屋さんをリフォームした「コミュニティハウスみんなの家」(写真撮影/内田優子)

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優しく声をかけてくれたキクエさん。それだけで、「あなたもいてもいいよ」と小さな居場所が生まれる気がする(写真撮影/内田優子)

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取材中、たくさんの子どもたちが自由に出入りし、おやつを食べたり、宿題をしたり、高齢者とおしゃべりしたりして、過ごしていた(写真撮影/内田優子)

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多世代といっても無理に交わる必要はなく、ただ同じ場所にいるだけ(写真撮影/内田優子)

2023年に記事で紹介した時点では、空き家の活用は6軒でしたが、現在は8軒に増加。活動は着実に広がっていますが、「ニーズに応えていたら、自然とこうなっただけです」と濱野さんは語ります。

「高齢者の居場所をつくっていたら、日中に行き場のない不登校の子どもたちが来るようになったんです。引きこもり状態の子どもと、おばあちゃんたちの相性がとても良いことに気づきました。子どもが来ると、おばあちゃんたちはとてもかわいがってくれますし、子どもが何か手伝うと『ありがとう』とたくさん褒めてくれる。そういう関係性の中で、朝も夜もここに来て過ごすようになった子もいます」(濱野さん)

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代表の濱野さん。「ここから皆を見ているのが好き」というサロンを背景にお話を聞いた(写真撮影/内田優子)

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空き家を活用し、地域サロン、シェアハウス、地域食堂、グループホームなどを徒歩2分圏内に運営(画像提供/えんがお)

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食事に好き嫌いが多いもっくんに栗をすすめるおばあちゃん。硬い皮をむく姿を見て断り切れず食べたら「美味しい!」と食べられるように(画像提供/えんがお)

「独りで食べると何を食べても美味しくない」というおばあちゃんの言葉をきっかけに、地域の食堂を借りて食事の場もスタート。その後、障がいを抱える人たちから「自分も参加したいけれど、きっかけがない」という声が寄せられ、徒歩圏内に障がい者向けのグループホームも開設しました。

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地域食堂では、給食の調理経験のある松さん(右)が、腕を振るう(画像提供/えんがお)

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地域サロンの向かい側にある地域食堂「てのかご」(画像提供/えんがお)

活動の広がりは地域内にとどまりません。えんがおの取り組みを知り、全国から見学に訪れる学生や若者が年々増加。支援活動に関わった学生は1000人を超えました。「この場所から帰りたくない」という声に応えて、2019年には地域の方から提供された一軒家を活用し、遠方から来た若者が無料で泊まれる「えんがおハウス」が誕生。2020年には、学生や若者が共に暮らしながら地域に関わるシェアハウス「えんがお荘」もオープンしました。

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シェアハウス「えんがお荘」(写真撮影/内田優子)

また、大田原市では「学童保育が足りていない」という地域の声も多く、空き家を使って学童保育(放課後児童クラブ)を開設。さらに、個別に専門的な支援が必要な子どもたちに対応するため、2025年4月からは放課後等デイサービスも始まっています。

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学童保育の入口には、皆で腰かけて入れる足湯がある(写真撮影/内田優子)

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当日は筆者のほかに他県からの見学者があり、運営スタッフの長谷川翔一(はせがわ・しょういち)さんが徒歩2分圏内の施設ツアーをしてくれた(写真撮影/内田優子)

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一緒に案内してくれたもっくんは、中学生。長谷川さんにうながされツアー参加者に自己紹介をしてくれた(写真撮影/内田優子)

えんがおの独自性は、「年齢や立場を超えて支え合う相互扶助」にあると、濱野さんは語ります。常勤スタッフは3名のみですが、学生ボランティアの「えんがおサポーター」が20名、地域の個人会員も100名以上。年間延べ4000人の訪問者のうち、およそ2500人が地元の高校生や大学生です。えんがおの輪は、世代も立場も超えて、静かに広がり続けています。

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「地域つながり合い研究会」という地域向けの勉強会も定期開催している(画像提供/えんがお)

居場所を求めて訪れた人が、今度は「誰かの居場所をつくる側」へ

えんがおで「居場所」を見つけたことで、自らも誰かの居場所をつくる側へと歩み始めた若者たちがいます。

現在19歳の桑久保翔太(くわくぼ・しょうた)さんは、双極性障害とADHDの診断を受けており、過去に自殺未遂を経験したことがあります。えんがおとの出会いは、高校卒業後に放課後等デイサービスの制度が使えなくなったことがきっかけでした。

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桑久保翔太さん。「活動中、スタッフさんに『そのやり方いいね』と褒めてもらえるのも励みになります」(写真撮影/内田優子)

「弟世代からお姉ちゃん世代、自分の親くらいの人たち、さらにおじいちゃん・おばあちゃん世代までいて、家族のような空間だなという印象を持ちました」(桑久保さん)

えんがおの活動に共感し、今では、地域のグループホームや学童保育でアルバイトとして働くようになりました。週4日ほど勤務し、生活支援や子どもたちとの関わりを担っています。

「自分も障がいがあることで『お前なんか来るな』と言われた経験があるから、差別をしないって決めているんです。グループホームの利用者さんに『ありがとう』『うれしい』と言われると、役に立っているんだと実感できます。学童の子どもたちに『一緒に遊ぼう』『遊んでくれてありがとう』と言われると、『ここにいていいんだ』と感じられるんです」(桑久保さん)

「えんがおの人が自然体で接してくれることが本当に嬉しかったから、自分もそうありたい」と笑顔で話してくれました。

また、現在は放課後等デイサービスで児童指導員として働いている角田隼也(かくた・じゅんや)さんも、えんがおで人生が変わったひとりです。中学から高校にかけて不登校とひきこもりの時期を過ごし、高校生の時にえんがおを訪れたことが転機になりました。

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角田隼也さん。「どんな形であれ、子どもたちに『いろんな人に愛されている』と感じてもらえたらと思っています」(写真撮影/内田優子)

「平日の真っ昼間に高校生がいるのって、異様に見えるはず。でも、えんがおでは普通に接してくれて、少し手伝うだけで感謝までされたんです。その衝撃は、今でも忘れられません」(角田さん)

不登校や発達特性のある子どもたちと接する今、当時の自分と同じように、子どもたちが「愛されている」と感じられるような関わりを大切にしています。

「愛情を与えるのって、親だけじゃなくてもいいと思うんです。親に愛されないなら、みんなで愛してあげればいい。寂しい思いをしている人が、いろんな人に囲まれて優しい笑顔になっていくのを見るのが、好きなんです」(角田さん)

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たくさん褒められて可愛がってもらえるから、子どもたちもおばあちゃんが大好き(画像提供/えんがお)

彼らの声には、えんがおという場所の本質がにじみ出ています。

幸福とはなにか、自分に問い直すという選択

えんがおの活動には、経済合理性だけでは測れない「豊かさ」があります。代表の濱野さんは「便利になり豊かになったのに幸福度が上がらないのは何故なんだろう?」という問いを、えんがおを通じてずっと追いかけてきたと話します。

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さまざまな取り組みを通じて、ますます問いは深まっていると話す濱野さん(写真撮影/内田優子)

「これまで、“お金があれば幸せ”とある程度思われてきました。例えばタワーマンションの高層階に住んでいても、孤独を感じている人がいる。都会で便利に暮らしていても、安心できない。隣に住んでいる人と話したことがない。そんな状況って、少し怖いなと思うようになったんです」(濱野さん)

濱野さんが、最近、大切に感じているのは、「数」ではなく、「深さ」。

「活動をしていると、SNSのフォロワー数や参加者数で比較されがちですが、2万人のリーチ数より、“〇〇さんは、あの人とこういうふうになって変わったんだよ”と、ひとりひとりの物語を語れるかのほうが大切だと思うようになりました」(濱野さん)

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取材中、隙あらばおばあちゃんたちとふざけだす濱野さん(写真撮影/内田優子)

こうした「深さ」への視点は、国の政策とも重なります。孤独・孤立対策推進法は2025年5月の重点計画改訂で、子どもの自殺防止や単身世帯支援の強化が図られました。官民連携による相談窓口やみんなで孤独・孤立について考える「つながりサポーター養成講座」も各地で行われています。

えんがおも、内閣官房の孤独・孤立対策に関する委託事業を受託し、助け合いノートの作成や、地域の実践事例・ノウハウを共有するネットワークづくりに取り組んでいます。

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濱野さんの著書。

えんがお立ち上げの経緯を書いた『ごちゃまぜで社会は変えられる』(左)と、「これから居場所づくりをする人へのエール」として書いた新著(右)(画像提供/えんがお)

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えんがおで月1回行われる「飲まナイト」(写真撮影/内田優子)

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お好み焼きをつくってくれた松さんとお手伝いの大学生ボランティアスタッフ(写真撮影/内田優子)

住まいについての話の中で、印象的だった濱野さんの言葉があります。
「自分にとっての豊かさや幸せとは何か。そうしたことを考える時間自体が、いまの社会ではとても少なくなっている気がしています。本来、住まいとは、自分にとっての幸せを定義した“その先”にあるものだと思うんです」(濱野さん)

「居心地のよさは、買うものではなく、自分の手でつくるもの」
しかもそれは、自分のためだけでなく、人を支える場がめぐりめぐって、自分の居場所になることもある――。えんがおでの実践を通じて濱野さんが得た気づきは、これからの暮らし方や生き方を見つめ直すための、ひとつのヒントになるかもしれません。

●取材協力
一般社団法人えんがお

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