画になる丼といえば何と言っても「かつ丼」ですよね。昭和の映画の名作「幸せの黄色いハンカチ」の冒頭シーンで、高倉健さん演じる元受刑者が網走刑務所を出所後にまっすぐ食堂に行き、ビールを飲んだ後、醤油ラーメンとかつ丼を貪り食う。
あのかつ丼は、確か「卵とじ」。筆者も長年、かつ丼といえば、卵とじ一筋でした。 しかし今年、かつ丼発祥の地、東京・早稲田で「ソースかつ丼」を初めて食べて、玉ねぎや卵のまったり感の助けを借りずに、カツ1本で勝負し、その潔さとキレのある味に深く感動。思わず「あのシーンをソースカツ丼で撮ったらまた違ったカッコよさがあるんだろうな」と思ったくらい。健さんに食べて欲しかった!
そんなわけで、「ソースかつ丼」に興味が湧き、調べてみると、食されている特定地域があることがわかりました。それは、福島、新潟、群馬、千葉、山梨、長野、福井など。同じソース系でも地域ごとにちょっとずつ味の違いがあるようです。ならば、各地を回って観察してこようじゃないか、という壮大な計画を企てることにしました。
まずは東京から近い群馬県桐生市から攻めてみることに。訪れたのは、元祖・桐生ソースかつ丼の店と言われている『志多美屋本店』。1926年創業、今年で92年もの間、愛され続ける老舗です。

東京から車で約2時間。ランチ閉店30分前の13時半に到着。並ぶことなくスムーズに入店できましたが、これは平日だったから。週末には行列必至の人気店です。
老舗『志多美屋』のソースカツ丼の味とは?

メニューを見ると、「ソースかつ丼」の他に、「玉子かつ丼」(いわゆる卵とじ)やソースかつが別盛りになった「ソースかつ定食」というのもあります。まさかここで「卵とじ」に再会するとは思いませんでしたが、ほとんどの人が「ソースかつ丼」を食べているようです。
さらに観察していると、多くの人が、丼から「ソースかつ」を1切れ箸でつまみあげて、目の上で一旦かざし、うっとりしてからパクッと食べ、その後、おもむろにご飯を口に放り込み、間をおかずにんまりと微笑む…という光景を目にしました。健さん的かっこよさとはほど遠い食べ方ですが、卵とじ派の“かっこみスタイル”とも違い、なんだか美味しそう。とにかく早く食べたくなってきました。

しかし、注文時、思いもよらぬ問題が浮上しました。「ソースかつ丼」と一口に言っても種類があったのです。まず、「ヒレ」と、“脂ノリノリ”というキャッチフレーズの「ロース」の2種類があること。さらにヒレにも1日15食限定の“厚切り”があること。
店員さんに聞くと「桐生ソースかつ丼」のスタンダードは「ヒレ」とのことなので、迷わずヒレをいただくことに。そして遠方から来たエネルギー消費もあることだし、ということで、お得な「メガ盛り」にしました。ロースより低カロリー・高タンパク質の赤身のヒレは、太りにくいイメージがあるのも嬉しいところ。

待つこと約10分。登場したメガ盛り。なんともフォトジェニックな丼です! 一口大のソースかつが、ごはんを覆い隠すように積みあがっています。この後 崩してしまうのがもったいなくて一度、拝みたくなる気持ちがわかります。
では、さっそくいただきます。
サクッ、フワッ、ジューシー、などという凡庸な言葉では表現できません。パン粉のこんがりきつね色の衣に、さらっとした甘辛いソースの香り、衣と肉とが一体になった柔らかな感触。油っぽさを微塵も感じることのないキレの良い揚げ具合。
この感動は“ソースかつ1切れ”だけの小さな話ではありません。固めに炊かれたごはんは、そこに染みた“ソースかつのタレ”により、日本一美味しいお米のように感じられるうえ、サラダのキャベツでさえも格別に思えてきます。そう、ソースかつ1切れが、周囲に美味しい影響を及ぼしているわけです。結局、最後は、丼を抱えてごはん1粒も残さずかっこんでしまいました。

桐生ソースかつ丼の魅力って何?

言葉を失うほど美味しい「桐生ソースかつ丼」をいただいた後は、今回の大事なミッションを遂げなくてはと、店主の針谷智之(はりがい・ともゆき)さんにお話を聞いてみることにしました。
まずは、『志多美屋』さんが元祖と言われる所以について。
「私の4代前の先祖は、群馬の渡良瀬遊水地付近でうなぎの卸しをやっていたんです。あのあたりには小さな川があって、うなぎやドジョウがよく獲れたんです。3代目が桐生に移ってうなぎ屋を始めました。やがて、そこの長男はうなぎ屋を継ぎ、次男坊が、いろんなメニューを出す街食堂を始めたのです。
つまり、針谷さんの祖父にあたる方が食堂の一メニューとして桐生ソースかつ丼を考案したというわけです。その街食堂が、現在のようなソースかつ丼専門店になったのは、40年前くらいだそうです。
では、キレの良いさっぱりとした甘辛ソースについて聞いてみると…
「うちのソースは、醤油、みりん、砂糖を配合したいわゆる“うなぎのタレ”に、辛めのウスターソースを入れたものなんです。鼻つまんで食べたらうなぎのタレと一緒ですよ」と笑う針谷さん。でも、お祖父さんの代から、忠実にレシピを守り、その絶妙の配合だからこそ、「とろみが少なく、キレが良い」のが特徴のタレができる、と言います。

そして、何よりも大事な、こちらのソースかつの要を聞いてみました。
「パン粉ですね。うちのソースかつの生命線です。パン粉は専門業者さんと何度もディスカッションして完成させた非常に乾燥に強いパン粉なんです。だからタレに浸してもベタベタせず、ずっとサクサクしてるんですよ。もし、うちのパン粉が変わったら、常連さんに“味が変わった“って言われちゃうくらい大事なものです」

というわけで、桐生ソースかつ丼は、代々続くソースの絶妙な配合具合と、何よりも重要なのがパン粉だということがわかりました。

針谷さんは、とんかつ屋のご主人とは思えないほどスレンダーな方ですが、営業時間中、小さな揚げ油の入った釜の前に立ち続けています。なんと、1年に全国各地から4万人が『志多美屋本店』に訪れるそうで、1人平均5個入りのソースかつ丼を食べるとして、年間20万個、営業1日に平均すると700個近くを揚げていることになるんです。ものすごい体力です。
さて、“ソースかつ丼行脚”のスタート早々、一生忘れられない味に出会ってしまいました。これからどうなることやら。楽しみです。
(取材・文◎土原亜子)
●SHOP INFO

店名:志多美屋本店
住:群馬県桐生市浜松町1-1-1
TEL:0277-44-4693
営:11:00~14:00
17:00~20:00
休:木・第3金
http://www.sitamiya.com