ひとり気ままにはしご酒、とひと言で言っても、そのめぐり方やお店のチョイスは十人十色。大人の遠足ともいえるはしご酒にはその人の飲み方の流儀が反映されるものです。

今回は料理家・食空間プロデューサーの大塚瞳さんのはしご酒に密着。大塚さんから見たはしご酒の楽しみ方を本人の文章でご紹介します。
不思議な店名に誘われ、あの名物社長と餃子で乾杯!

お酒を飲む量よりはるかに食べる量が多いけれど、バーが好きだ。「おかえり、待っていたよ」と言われんばかりに遅い時間でも迎え入れてくれる、レストランとは違うあの独特な暗い空間に浸りたい。
落ち着く明かりの中で食べるご飯が大好きで、カウンターに座って、一呼吸し、どうしようかと考える。食べてもいいし、食べなくてもいいという自由な感じと、レストラン位たくさんのメニューがあったら、この上ない。まずは何かお酒を飲みながら考えるとしよう。さて、今日の1軒目。
端から食べる気満々で向かったのは、六本木通りから少し入った路地のビルの2階にある、『餃子de巴里』。「餃子?? 巴里?? 一体どういうこと?」。手書きの看板を見つけ少し急な脇の階段を登りながら好奇心でいっぱいになる。

大学生だった2000年頃、東京の飲食ブームはさらに加速し、次から次へとお店が華やかに開店していった。お店自体の評判もさることながら、店のオーナーやシェフという個人も注目されるような時代の始まりだった。
大学入学と同時に博多から上京した私は、仲間と集まって毎晩のように街に繰り出し、気になる店で食事をした。いつものメンバーや、店で出会って仲良くなった人たちと、お酒を飲みながら尽きない話をして過ごした。夜は楽しく、長く、朝が来るまでいくらでも起きて遊んでいられた。
大人気だった飲食会社に、際コーポレーションがある。代表の中島武さんが生み出す様々なコンセプトのお店のどれもが、他にはない個性的な装飾が施され、楽しく、かっこよく、珍しいメニューも豊富で、よくお邪魔した。あれから、20年の時が経った。

『餃子de巴里』は中島さんの新作だ。扉に“餃子とカレーの店”と書いてある。扉を開けると、スパイシーな香りが食欲をそそり、目の前の赤いカウンター、なんとも言えない形をしたオブジェたち、無数のカメラ、額装されたエルメスのスカーフやフランスの昔のポスターが飾られ、魅惑的な空間が広がっていた。
まずは、香草入りのジントニック、目当ての羊肉焼餃子を注文した。遊牧民の大草原の餃子とメニューに書かれている通り、フェンネルの香りと羊肉が口の中いっぱいに広がった。次から次に生み出される斬新なアイディアや、面白い話をしてくださり、外が荒れていることをすっかり忘れ、食欲に火がついて、気がつくと、紅油餃子、カブとジャガイモのカルボナーラ、もつ煮込み、おまけにスパイシーカレーまで注文していた。
「ねぇ、私が初めて中島さんに会ったの、二十歳の頃だったんだ。大勢いたから覚えていないと思うけど」
「どこでだった?」
「羽澤ガーデン」
「懐かしいね。よく行ったよ」
ここ数年、中島さんとお会いする機会が度々あったが、最初にお会いした時の話をしたのは初めてだった。なぜそんなことを言ったのかわからないけれど、この暴風雨の夜に、少しノスタルジックな気持ちになったからだろう。先ほどからの雨と風がちょうど弱まってきた。よし、エスニックな気持ちを引きずりながら次の店へ向かおう。
カレーを食べた後だから、またカレーが浮かぶはしご酒

2軒目は、唐津の『銀すし』のご夫婦と一緒に行った西麻布の『QWANG』。この前伺った時は、0時を過ぎていて、食事はオーダーストップだったけど今日は大丈夫。間に合う。あんなに食べたのに、食べたくて向かう。六本木通り沿いを西麻布方面に急ぐ。『QWANG』の看板が見えてきた。
去年の今頃は女友達4人でキューバを旅してたなぁ。

嵐の前の静けさ。誰もいない西麻布の交差点、ほろ酔いで満腹だけど、そろそろ甘いものが食べたくなってきたから、少し歩いてデザートの時間にしよう。
若き日の自分を知る店で、しっとりと夜が更ける

3軒目は、やはり西麻布にある、心地の良い憧れのリビングのような空間『JOJO』。
23時間営業していたレストラン。「いつ寝てるんですか?」って何度も聞いた気がする。連日満席の店で全てのお客様に同じだけの気を配る城倉さんの姿を、今でもはっきり覚えている。「今日のご気分は?」とか「何を食べたい?」より先に、「回したてのアイスクリームがあるんだけど、それと冷たい牛乳はどう?」なんて、伺えば何かぴったりのものを運んできてくださる魔法使い。「そうそうそれが食べたかったの、顔に書いてあった?」と心は鷲掴みだった。
『AZABUHAUS』閉店後、西麻布に『JOJO』を開店。前店同様、あの頃と変わらずとびきり洗練され居心地の良い空間。ただ、ひとつ変わったことがある。いつもフロアに立って接客していた城倉さんは『JOJO』になってカウンター越しの人となった。

デザートとワインだけにしようとしていたはずが、いよいよピークになった台風。窓の外は猛烈な風と雨の音。しばらくは外にも出られないだろう。そんなことを思い迷っていると、「前菜少しずつ盛り合わせとワインにする?」と今日も期待通りの提案をしてくれた。「そのあと松茸と九条ネギのパスタ、まだ食べられそうならブランマンジェとメロンのデザートがあるから。」
嵐が過ぎるのを待っている間、あの頃のこと、あの店のこと、よく一緒にいた人のこと、城倉さん自身のことにも話は及んだ。10数年前には今ほどは写真を撮らなかったから、共有しているはずの同じ景色を思い浮かべながら、振り返ることのなかった時間を引っ張り出し、初めて長い昔話をした。
自分のライフスタイルが変わったのか、あの頃の人たちがまた別の道を生きているのか、昔とは随分違う日々だけど、この街のどこかに、あの頃の私を覚えている人がいてくれることにホッとする。

「あなたも大人の女性になったね」と言われ、少し照れくさかった。若い頃の自分に会えたような、ちょっとだけ切なさも感じた、今夜のはしご酒。こんな日が撮影日になったことも「偶然のようで必然だったね」と。

台風は過ぎ去り、外は何事もなかったように静けさを取り戻した。『JOJO』を後にし、雨と風に一掃されてピカピカの道を歩いた。誰もいない交差点はいつもと違って見え、漆黒の空はどこまでも澄んで吸い込まれそうだった。
「そうだ、東京タワーも綺麗なんじゃない?」と、まだまだ彷徨いたくなって、帰る方とは逆に向かった。あと一杯呑んで帰ろうか。
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●SHOP INFO
◯1軒目
店名:餃子de巴里
住:東京都港区六本木4-6-6 小高ビル2F
TEL:03-6434-5277
営:18:00~23:30
休:日・祝
◯2軒目
店名:Bar Qwang
住:東京都港区西麻布3-1-18 RD西麻布B1F
TEL:03-5410-8998
営:18:00~翌2:00
休:日
◯3軒目
店名:jojo
住:東京都港区西麻布4-10-7 西麻布410ビル3F
TEL:03-6418-8205
営:18:00~
休:日・祝(営業時間や休日については要問い合わせ)
(文◎大塚 瞳 撮影◎吉澤健太)
※当記事は『食楽』2019年冬号の記事を再構成したものです