TBSラジオで毎週土曜日、午後1時から放送している「久米宏 ラジオなんですけど」。
2月8日(土)放送のゲストコーナー「今週のスポットライト」では、ベルギー王室御用達の高級チョコレートとして知られる「ゴディバ」の日本法人「ゴディバ ジャパン」の代表取締役社長、ジェローム・シュシャンさんをお迎えしました。
ジェローム・シュシャンさんは1961年、フランス・パリ生まれ。実は日本とは大変関係が深い方なんです。学生時代から「禅」に興味を持っていて、大学生のときに世界1人旅の最終目的地として日本に来ました。東京からヒッチハイクで富山県の永平寺に行ったそうです。その後、大学院を出て1985年に入社したパリの老舗宝石ブランド「メレリオ・ディ・メレー」では日本法人の立ち上げを担当。1989年にフランス国立造幣局「モネ・ドゥ・パリ」に移ると、ここでも日本ビジネスの立ち上げに携わります。さらに、1999年からはアパレルブランド「ラコステ」の北アジアディレクターとして東京オフィスに勤務。2002年には高級洋酒の「ヘネシー」(LVMHグループ)で日本担当ビジネス開発ディレクター。2005年にスペインの高級磁器リヤドロの日本法人「リヤドロジャパン」の代表取締役社長に就任すると、リヤドロの雛人形や五月人形を提案してヒットさせました。そして2010年「ゴディバジャパン」の代表取締役社長に就任したのです。

シュシャンさんが社長に就任して以来、ゴディバジャパンは毎年2桁成長を続け、売上は5年で2倍、7年で3倍に。世界100ヶ国以上で事業を展開するゴディバグループ全体の売上のうち、なんと40%をゴディバジャパンが占めるまでになりました。
グループ内で不動の地位を確保したゴディバジャパンでしたが、実は去年(2019年)6月、独立系の投資ファンド「MBKパートナーズ」に売却されました。その1年前(2018年)にゴディバのオーナーから売却話を聞かされたシュシャンさんがおそらく社内でいちばん驚いたでしょう。この売却はゴディバジャパンに問題があったからでなく、ゴディバ本体の事情。ゴディバはベルギーのメーカーですが2007年にトルコの食品最大手「ユルドゥス・ホールディングス」の傘下となっていたのですが(ちなみにそれ以前はアメリカの「キャンベル・スープ・カンパニー」の傘下でした)、トルコのリラ安がグループ全体に影響していたのでした。売却プロジェクトの任に就いたシュシャンさんは、売却する側の立場(ゴディバグループ)でありながら、同時に買収される側(ゴディバジャパン)の社長でもあるため、この話を相談できる相手がほとんどいなかったそうです。
「そのときポイントになったのは、いちばん大事なものは何か。それはゴディバのブランドであり、ゴディバの商品です。会社のオーナーが変わってもブランドは変わりません」(シュシャンさん)
「そこは日本で代々やっている企業とは考えが違いますね」(久米さん)
「大事なことは創業者が誰かとか、誰が会社のオーナーかということではなくて、ブランドです。自分たちのブランドに情熱があれば、銀行も株主も関係ないです。お客様のためにブランドを最優先すること」(シュシャンさん)

そんなシュシャンさんが考えるゴディバのコンセプトは「憧れを身近に(アスピレーション&アクセシブル)」。
「コンビニにあっても、ゴディバはゴディバということですね」(久米さん)
「そのかわりどこのチャンネル(販売ルートのこと)で売っても味は一切、妥協しません。お客様はどこで買おうが、便利なほうがいいじゃないですか。それで『このチョコレートおいしいなあ』となれば、我々はOKですよ」(シュシャンさん)
「ゴディバといえば高級品でしたから、スーパーやコンビニに入れることに関しては従業員の方たちから反対はなかったんですか?」(久米さん)
「いや、もう大反対だったんですよ。最初はアイスクリームから売ったんですけど、みんな『コンビニだめ!』って。でも、私が社長ですから(笑)。それで数字を見せたんです。アイスクリームはみんなどこで買うか。90%の方はコンビニかスーパーマーケットで買うんですよ。それでみんな納得したんです。
「コンビニでアイスクリームを買って『ゴディバってアイスクリームがあるんだ。それじゃあいつも通ってる百貨店でも売ってるかな』って言って来た。コンビニに置いたりしたらゴディバはどうなるんですかって社員は心配したけど、百貨店のほうも売上が伸びて、まさに相乗効果だった」(久米さん)
「そうです。食べ物って、食べた瞬間のエクスペリエンス(体験)というか、気持ちがいちばん大切ですよ。どこで買ったかは事情によって、日にちによって、ムードによって、例えば今バレンタインの季節ですからお客様は百貨店のゴディバに行って選びますけど、夏はコンビニでゴディバのアイスを買う。世界はますます速く変わりますから、チャンネルの戦略も日にちによって、月によって、季節によって変わると思うんですよ」(シュシャンさん)
プロセス重視の弓道はビジネスに通ず

ゴディバジャパンの社長に就いた当時、シュシャンさんは周りから「ゴディバを今後これ以上成長させることは難しいだろう」と言われたそうです。でも実際には7年間で売上を3倍にし、なおかつ「まだまだ日本市場の伸びしろはまだまだある」と考えています。この成功の秘密はどこにあるのか。それは、29歳のときに始めた日本の「弓道」の精神にあるとシュシャンさんは言います。
弓道には「正射必中(せいしゃひっちゅう)」という考え方があります。これは、矢を放つまでのプロセス(射法八節と言います)を正しく実践すれば、必ず的に当たるというもの。
この考えはビジネスも同じだとシュシャンさんは考えています。よい商品をつくるためにいますべきことは何か、そこに集中する。お客のことを考えてよい商品をつくれば結果は必ずついてくるということで、シュシャンさんは数字を目標に掲げないそうです。

「シュシャンさんの『働くことを楽しもう。』というこの本は、久しぶりにビジネス本で面白いものを読んだと思いました。
「五段になるまで35回落ちました(シュシャンさんは弓道錬士五段の腕前)。自信を失くして、もうどうしようかなと。人生の中でそこまで失敗する機会がなかったんですよ。そうしたら先生に、弓道をやるのは段を取る審査に合格するためではなくて、自分の心が成長するためですよと言われました。それで本当に考え方が変わったんですね。私も最初は心の修行のために弓道に入ったんですけど、なんだかんだ言って、審査に行くときは合格したいんですよ。落ちていい気分にはならないんです(笑)」(シュシャンさん)
「35回も落ちりゃあね(笑)」(久米さん)
「それで、どうして弓道を始めたのかって自分の中でもう一回リセットしたんです。別に強くなるためじゃない。合格しなくても別にいいんだって、気持ちをリセットしたんです。これを最近は継続して、失敗しても『まあいい、別に。不器用ですから』と認めて(笑)」(シュシャンさん)
「高倉健じゃないんだから(笑)」(久米さん)
「だけど、ビジネスのほうですごくヒントになったから、弓道をやることはよかったなあと思いますね」(シュシャンさん)
ジェローム・シュシャンさんのご感想

すごく楽しい時間でした。久米さんのテンポも質問もすごく楽しかったです。
まず最初に久米さんから出た話が、世界はすごいスピードで変化している中でゴディバジャパンは組織としてどうやってそのスピードに合わせるかということでした。それは私が経営者として毎日考えていることです。その話がまさか久米さんから出でくると思わなかったのでびっくしりました。ゴディバジャパンの経営者が変わることになってとても忙しくなったこの2年間のことを思い出しました(笑)。私たちのいちばんの戦略、「憧れ」と「身近さ」をすごく理解してくれて、ありがたいと思いました。
もうひとつは弓道とビジネスシーンの共通点を久米さんはすごく理解したうえで質問をしてくれました。リスナーのみなさんはスタジオの久米さんの姿は見えなかったと思いますが、彼は一生懸命自分で弓道の身振りをしながら話していました。こんなに弓道を興味を持って質問してくれたのは久米さんが初めてで、それはすごく感動しました。ありがとうございました。
◆2月8日放送分より 番組名:「久米宏 ラジオなんですけど」
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