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6月9日(金)放送後記

TBSラジオ『アフター6ジャンクション』のコーナー「週刊映画時評ムービーウォッチメン」。宇多丸が毎週ランダムに決まった映画を自腹で鑑賞して生放送で評論します。

今週評論した映画は、『雄獅少年/ライオン少年』(2023年5月26日公開)。

宇多丸:さあ、ここからは私、宇多丸が、ランダムに決まった最新映画を自腹で鑑賞し評論する、週刊映画時評ムービーウォッチメン。今夜扱うのは、日本では昨年字幕版が限定公開され、非常に評判を呼び、今年5月26日から吹替版が劇場公開されているこの作品、『雄獅少年/ライオン少年』。

『雄獅少年』で『ライオン少年』というタイトルがついております。中国の伝統芸能である獅子舞の演者を夢見る少年たちの成長を描いた、長編CGアニメーション。広東省の田舎で暮らす少年チュンは、友人3人と獅子舞チームを結成。かつて街一番の踊り手だったチャンに弟子入りし、獅子舞競技会への出場を目指す。吹替版キャストは花江夏樹さん、桜田ひよりさん、山口勝平さん、落合福嗣さん、山寺宏一さん、甲斐田裕子さんなどでございます。ベテランも含めてね、非常に鉄壁の布陣、といった感じではないでしょうか。監督は、アヌシー国際アニメーション映画祭など様々な映画祭で高い評価を集める、ソン・ハイペンさんです。

ということで、この『雄獅少年/ライオン少年』。先週、すごく熱きリスナー推薦メールをたくさんいただきまして、見事ガチャが当たったわけですが。

この作品をもう観たよ、というリスナーのみなさま、<ウォッチメン>からの監視報告(感想)、メールでいただいております。ありがとうございます。メールの量は、「普通」。まあ、公開規模はそんなに大きくないっていうのもありますからね、健闘している方じゃないでしょうか。

賛否の比率は、褒める意見がおよそ9割。主な褒める意見は、「中国のCGアニメは初めて見たが、映像や動きの素晴らしさに息を飲んだ。今年ベスト級!」「前半のスポ根ノリも楽しいが、後半のシビアな展開と激アツなクライマックスに痺れた」などございました。一方、否定的な意見は、「映像はいいが、シナリオに難あり」「根性論ばかりで主人公たちの勝利にロジックがない」などがございました。

「全力で太鼓を打ち鳴らして応援したくなる大傑作!」

代表的なところをまず、ご紹介しますね。ラジオネーム「たけのこスカーフ」さん。「この世にまたこんなに素晴らしい『負け犬たちのワンスアゲイン映画』が誕生していたなんて…!!! あまりの衝撃に、初めてお便りいたしました。青春スポ根物ジュブナイルに、両親が出稼ぎで家を離れ、子供が田舎に取り残されてしまう、中国農村部の『留守児童問題』……」。そういうのがあるんですね。

留守児童っていう言葉がね。

「……『留守児童問題』も盛り込まれ、よくぞ検閲を突破したと思ってしまうほど、作り手の心意気とガッツを感じる物語でした。くだらなくてかわいらしいギャグも多い反面、チュンが都会へ行くときのミニバスで、窓ガラスに映る姿に雨粒が一筋こぼれ、まるで泣いてるかのように見せたり……」。これね、後ほども言いますけども、天候描写がすごい細やかなんですよね。

「広州で車に乗せてもらった時に、シートベルトの外し方がわからず、金具をガチャガチャさせる仕草で格差を示したり」。車なんか乗ったことがない、っていうね。「……繊細な演出も光っていました。そして、ついに迎えるクライマックス! 溜めて溜めて溜めて溜めて……(チュン、吠えないのか!)と思わず拳を握りしめたところで、勇ましくチャルメラが鳴り響き、爆発するようなカタルシス」。音楽演出もすごくそこはね、細やかなんですよね。「中国獅子舞の機敏で勇ましい動きと、もこもこした動物めいた愛らしさが不思議に両立した試合シーンが、死ぬほど格好よくて、無茶苦茶にかわいいのです!!

生きているとしか思えない瞬きと、ピンチを回避した後に毛づくろいするユーモラスな仕草。2人の人間がそこにいることを忘れる獅子舞の躍動にもう心が掴まれっぱなしでした。パンフレットで監督が、獅子舞のふわふわした毛の物理演算に一番こだわったというのも納得の、実写さながらの迫力でした。

ラスト、決して届かぬ奇跡があることを思い知らせる高みの杭は何かの比喩か? それに一矢報いるために牙をむき、爪痕を残さんとした獅子の勇姿が目蓋に焼きついて離れません。抜群にキレの良いラストと、ほろ苦い現実へのお土産を持たせてくれるエピローグも含め、全力で太鼓を打ち鳴らして応援したくなる大傑作でした」というような方でございます、たけのこスカーフさん。

一方、ダメだったという方。「うどんより蕎麦」さん。「初めてメールします。『雄獅少年/ライオン少年』、見てきました。賛否で言うと、私は『賛2割』『否8割』という感じでした。ストーリーはTHE王道。何の驚きもない展開で、正直退屈だったというのが素直な感想です。そして特に気になったのが、獅子舞競技のルールがかなり非現実的で曖昧すぎる点です。

本作は王道『スポ根』モノ。そのため、競技には明確なルールがあり、それにどう向き合い、練習し、戦略を立て、勝利をつかみ取るか、というのが一番の見どころになるはず。

しかし、本作は競技の設定が非現実的で曖昧であるがゆえに、その大前提が崩れてしまっており、『彼らがなぜ強くなったのか?』が描き切れておらず、かなりご都合主義的な勝利になってしまっていたように思えます。勝利の要因が『ただ努力するだけ』になってしまっていた点が非常に残念でした」ということでございます。

ただ、そのCGのクオリティーとかカメラワークとか、映像に関してはすごくお褒めになっている、うどんより蕎麦さんです。あとね、「あたまパフェ」さんという方から、これはちょっと要約しながら(紹介します)。「映像は美しいし、特に獅子舞のシーンの躍動感あふれるアニメーション表現はどれも素晴らしかったんですが、否でお願いします」ということで。この方ね、中のキャラクターの置き方というかね。非常に記号的なんじゃないか?っていうご指摘とか。

しかも、その記号というのが、たとえば貧困、肥満、ブサイクみたいな──(ブサイクについては)その言葉の通り、言っていました──ほとんどが彼ら自身に選ぶことができない属性に関するもので、要するに「現在進行形のエンタメとして、そこをイジったりするのはどうなんだ?」っていう。たしかにそれはおっしゃる通りかもしれませんけども。あと、女性の描き方に関しても「一見強い女性像を見せてるようで、彼女たちがストーリーの本筋を走ることなく、あくまで男たちの夢をサポートしガイドする、これまた都合よく配置された従来通りの記号的・役割的なものでしかありません」という。このご意見そのものは本当に、ごもっともというか、妥当性があるものだと思います。

ただ、やっぱり現代中国エンタメとして作られる……その国その国の時代的限界っていうのがある中で、僕はこの作品ですね、たとえば女性キャラクター、チュンという、(主人公と)同じ名前のチュンという女性キャラクターが出てきますけども、彼女は要するに「女の子だから獅子舞はやめろ」って言われて、で、断念した。

ただ、その断念にどうしても我慢ができなかったんで、彼女なりに思うところ……つまり「吠える」、ライオンの魂をもって吠えたい気持ちがあったのだろう、というのが劇中、示される。つまり、その彼女が女の子だから諦めたっていうのが、「いいこと」だとは描いてない、というようなバランスもあると思うし。

あと先ほどね、この前の時間で言いましたが。たとえばブサイク呼ばわりされるマオというキャラクターは、ちゃんと訓練をしていると女の子にモテだす、っていう描写があって。つまりその、ブサイク云々は別に重要なことじゃなかった、っていうバランスも、劇中でセリフにはされませんが、取ってはいる。ただ、もちろんそれが不十分であるとか、そもそもそういう設定の置き方がどうなんだ?みたいなところは、それは今後のたとえば中国エンタメとかね、もちろん日本のエンタメもありますけども、課題として残るあたりなのかな、という気もします。

「いい作品だからどうか観て!」と送り手の熱意が伝わる日本版

ということで、皆さんメールありがとうございました。賛も否も非常に興味深く、熱いメールたちでしたね。『雄獅少年/ライオン少年』、私もバルト9で2回、吹替版を観てまいりました。これ、原語字幕版は、いまグランドシネマサンシャイン池袋でやっているんだけど、時間がどうしても合わなくて観れず。申し訳ございません。

ということで、昨年限定的に原語版が公開されて評判を呼び、改めて今回の、非常に錚々たる声優陣を揃えての日本語吹替版が作られ、一般公開されている、というこの『雄獅少年/ライオン少年』。非常に、めちゃくちゃしっかり力を入れて作られている日本版、というのは、劇場版販売パンフレットがすごくね、充実していることからも伝わってくるかと思います。

実際、この吹替版ですね……まず吹替版の話をしますけれども、我々一般の日本の観客にとって、とても効果的に機能してると思います。実力者たちの日本語吹替によって、キャラクターたちへの心理的距離が、一気にほとんどゼロになる、っていうかね。非常に見やすい状態だからこそ、一般的に日本人には逆にあまり馴染みがない、中国の風土とか風習とかディテールとか、それこそちょっとした描写のバランスに宿るお国柄の違い、みたいなところが、感情移入の際の壁とかノイズに、あんまりならないで済んでいる。まあ声優陣が馴染みのある、非常に手練の皆さんだから、ということで。これは良かったと思います、(日本語吹替版を)作ってね。

また作品中……結構歌が流れる作品なんですけど。ストーリーや登場人物たちの心情とも当然リンクした歌詞とかも、しっかり、割と全て訳が出るという、非常に丁寧な日本版になっていると思います。「本当にいい作品だから、日本の皆さんもどうか観てみて!」という、配給ギャガとか、送り手の皆さんの熱意が、すごく伝わってくる日本版だと思います。

これはなるほど、結構な傑作、快作。特に脚本がよく出来ている

で、結論から言えばですね、やっぱり皆さんおっしゃる通り、ベタっちゃベタだけど、その中にとてもとても質の高い演出や工夫、そして現代中国作品ならではのある種の社会性、独自性みたいなものもしっかり入っていて……ベタといえばベタなスポ根ストーリーを、最大限面白く新鮮に、高いレベルで仕上げてみせた、これはなるほど結構な傑作、快作って言っていいんじゃないかな、っていう風に、私も思いました。と言っても、相変わらず私、中国映画、CGアニメーションも含めて、全く門外漢に近い状態なので。ちょっとそんなレベルの人間が話してることなんで、申し訳ございませんが。知識のある人のレビューとか、ぜひ他で参照していただきたいですが。

ただその、製作のチャン・ミャオさんという方。このコーナーでは2022年1月21日に取り上げましたメガヒット作『こんにちは、私のお母さん』などを手がけてきた、まさしく一大ヒットメーカー、チャン・ミャオさんという方の作品で。そのチャン・ミャオさんと今後しばらく組んで、いくつかまたアニメーション長編作品をやっていくらしい、あとはテレビシリーズとかもやったりするらしい、監督のソン・ハイペンさん。この方は、3DCGアニメーションをずっと作ってきた方で、特にテレビシリーズ、後には映画にもなった、『美食大冒険』っていうね、なんか中華まんが主人公のやつ(笑)、これで知られている、ということらしい。

ただ私、この機会に、2018年の劇場版の予告だけしか観れなかったんですけど、それを観る限りは、いかにも子供向けテレビシリーズの3DCG、といった感じ……全てがツルンとしたような映像クオリティで、今回の『雄獅少年/ライオン少年』のような、フォトリアルで繊細なCG表現とか演出っていうのとは、ちょっと格段の差がある感じでしたね。僕が観る限りは。

もちろん本作『雄獅少年/ライオン少年』も、たとえば今のピクサー、ディズニーなどのCG作品のその映像の精度とかと比べれば、特に人間のメインキャラクターの動きとか質感などは、まだまだ甘いとか、硬いようなところもあるな、とは思うんです。その最先端クオリティーと比べると。

ただですね、それを補って余りある、総合的な映像とか演出の力、というのが、本作は確かにみなぎっていてですね……これは後ほどもお話したいと思いますが。あとですね、そもそもですね、これは意見がわかれるところ、違う人もいるかもしれませんが、僕はこれ、脚本がすごくよくできてると思いました。ベタなスポ根ストーリーのようでいて、実は細かな伏線が、説明セリフなどではなく、あくまで映画的演出の中で、意外なほど細やかに回収されていったり……僕はこの脚本、作りがすごい丁寧だなと思ったでんすよね。

経済大国となった現代中国。ゆえに近過去を懐かしむ時期に来ているのかも

また、急速な経済発展を遂げる現代中国社会の「リアル」な側面、というものが、意外なほど大きな物語的意味を持っていて。さっきのメールもあった通りですけど。でね、序盤に出てくるその試合の大会のチラシに、僕がちょっと見間違いをしてなければ、「2005年」っていう……「2005」っていうのが見えたんで。やや近過去の話なのかな、と思うんですね。つまり、2008年の北京オリンピックに向けて、中国全土で建設ラッシュがされている時期、ということなのかな?って僕は思ったんですけど。すいません、もし読み間違えだったら、ごめんなさい。「2005」って見えたんだけど。(※合ってました)

なのでひょっとしたら、さっき言った『こんにちは、私のお母さん』もそうだし……あれも近過去の話ですよね。要するに、今や完全に経済大国となった中国、だからこそ、その高度経済成長期の陰にあった労働者階級の苦労であるとか、地方の、今はだいぶ失われたかもしれないドメスティックな風土感、みたいなものを、ノスタルジー込みで見たくなるというか、気持ちが向いているというような時期なのかな、という風に、僕には……その『こんにちは、私のお母さん』、同じプロデューサーさんでもあるから、並べてみると、そしてそれが両方ヒットしてるところなんかを見ると、なんかそういうちょっと、近過去を懐かしく思う、みたいな時期に来てるのかな、みたいなことを思いました。日本で言うと『ALWAYS 三丁目の夕日』とかがそうかもしれないけどね。

ともあれ、この優れた脚本──私は優れていると思いますけれども──その脚本を手がけたのは、リー・ゼェーリンさんという、これは若手の人気作家さん。小説を書いてるような方で。で、実写のドラマ化とか映画化っていうのは結構あるんだけれども、アニメ畑の人では全くない、っていうことですね。なんだけど、先ほど言ったプロデューサーのチャン・ミャオさん曰くですね、この方の小説を読んで、「少年を描くのがうまい」っていう評価で。実際にこのリー・ゼェーリンさんの過去のプロフィールを見ると、たしかに「○○少年」みたいなタイトルの作品を、いっぱい書いている人なんですね。

あとこの方、広東省の仏山というところの出身。仏山市の出身で、今回の題材となった獅子舞文化も非常に、元々親しんでいて、興味があった、ということらしい。なので……そんな諸々、さっき言った充実の劇場パンフのインタビュー記事に載っていますので(笑)。ぜひこちら、劇場で購入して読んでいただきたいんですが。

ちなみにですね、劇中、中国の獅子舞のね、競技。もちろんクライマックスのですね、いくつかのステージとかは、明らかに誇張してると思いますけど。基本、ネットで見てみると、本当にああいう高いポールの上をぴょんぴょん飛び跳ねていく、みたいなことを、しかも競技性があるみたいなことを、本当にやっているんですよね。やっぱり中国、ちょっと……これは褒めているんだけど、「どうかしてるぜ!」っていう(笑)。すげえ!っていう感じ、ありますけど。

「デフォルメしたリアル(獅子舞)」×「デフォルメしたリアル(3DCG)」は絶妙なマッチング!

ということで、そんな、我々がいつも慣れ親しんだ「あの」日本型獅子舞文化とはかなり違う、アグレッシブな、曲芸/競技的側面も強い、中国式獅子舞カルチャーをですね、まずは冒頭、ここだけモロに『かぐや姫の物語』風……私、2013年10月14日に評しましたが、『かぐや姫の物語』風の、これはこれでクオリティーがめちゃくちゃ高い水墨画風アニメで、最初にわかりやすく解説してくれる。

この、競技としてのその獅子舞という題材。先ほども言いましたけども、特にですね、フォトリアリスティック方向の3DCGアニメーションという手法と、そもそも絶妙なマッチングを見せていると思います。要はそもそもが、着ぐるみを操って、獅子の動きを「デフォルメしたリアル」として表現するものですよね、獅子舞って。で、その獅子舞を、やはり「デフォルメしたリアル」たる3DCGで表現する……しかも、毛並み表現とかはすごく精細に、リアルにできるから。これ、本当の生き物そのものよりは、ちょっと難易度が下がると思うんですよ、まだ。有機物じゃないから。

だから、その「デフォルメしたリアル」×「デフォルメしたリアル」っていうのが、二重三重にかかっている。つまり、二重三重に「ああ、たしかにそういう風に見える!」っていう……「たしかに『獅子が動いているように見える獅子舞』、のように見えるCG」、みたいな感じで。視覚的ワンダーがすごく詰まってるんですよね、この獅子舞のCG表現っていうのは。なので、要はその獅子の、頭のフサフサした毛並みとか、ボヨンボヨンしたその目玉の仕掛けとか……で、それをピシッピシッとメリハリよく動かしていくこういう動き、みたいな。

それから生じる、我々が感じる「お獅子らしさ」……(生き物としての)ライオンじゃないですよ? 「お獅子らしさ」みたいなものが、観ていていちいち気持ちいいし、面白いんですよね。アニメの題材として、めちゃくちゃドンピシャなんですよね。ずっと見ていたくなるスリリングさと、かっこよさと、かわいさとに満ちている、という感じで。それはだからまさに、その「デフォルメしたリアルとしての獅子舞」という題材を選んだ妙である、ということだと思います。

また、本作ですね、特に前半は、初期ジャッキー・チェン映画的な「スラップスティック・コメディとしてのカンフー映画」色が、かなりはっきり強いんだけども。そのジャッキー的アクション、そのルーツは、もちろん京劇ですけど……それと、獅子舞という中国の伝統的曲芸文化は、当然食い合わせがいい。というより、ほとんどそのまま乗り入れ可能なものでもあるわけですよね。実際ジャッキー映画でも、『ヤングマスター 師弟出馬』っていうね、1980年の作品。これでまさにこの、南方の獅子舞文化、出てきますから。思いっきりね。ということですね。ジャッキー映画にそもそも出てくる、っていう。

中盤以降、主人公チュンが置かれる状況は思いのほか現実的でヘビー

で、とにかくその水墨画風、『かぐや姫の物語』風オープニングから、さっきから言っているように、かなりフォトリアリスティックなタッチで、中国広東省の田舎のとある町っていうのが、長めのワンショットで示されていく。この、言ってみればあまり豊かとは言えない生活の、もうまさにその生活臭が匂い立ってくる……この「匂い」がしてくるっていうのは、まさに劇中、途中で出てきますけども(笑)。匂い立つような、とことん「リアル」な舞台立て、っていうのがまず、新鮮ですね。

中国アニメーション界、実際『羅小黒戦記』とかもそうだけど、やっぱり神話ベースのファンタジーSF、みたいなものが、割とメインで好まれるらしいんで。こういう、言っちゃえば貧乏くさい世界観みたいなもの自体が、まず斬新だってことですね。しかも主人公のチュンは、両親が都会に出稼ぎに出ているという「留守児童」……実際に中国にたくさんいるという境遇の子供なわけで。

なので、さっき言ったように前半はたしかにジャッキー・チェン映画風な、ある意味コテコテのカンフーコメディ、もしくはスポ根物として進んでいくんだけど……たとえば主人公たちのその、周囲からのバカにされ方のひどさとか、尊厳の踏みにじられ方の極端さ、これも昔の香港映画、武侠映画風ですよね。本当に踏みつけにされたりする感じとか、そういう感じがするんだけど。ただそれが、中盤、ちょっとシフトチェンジする。主人公チュンに、ある家庭の事情がのしかかるんだけど、それが思いのほか、現実的な意味で重たい、という。

劇場版パンフの、プロデューサーであるチャン・ミャオさんのインタビューによれば、当初予定されてたプロットは、「家族が病気になって、彼は獅子舞で自分を証明しようとする」というか……チャンさん曰く、「典型的なハリウッド的表現」だったっていうんですね。なんだけど、「しかし脚本家のリーさんはここで筆を止めたのです。実際の中国の家族なら、どうだろう。一家の大黒柱が倒れて、子供はそれでも獅子舞をやるだろうか? 私はやらないと思います。それに、もうすぐ大人になる年齢なら家族を養わなければならないと考えるはずです。これこそ私たちが知っている中国人の姿なのです」ということで……まさにここで、その現代中国製3DCGアニメーション作品ならではの独自性、ユニークさ、ハリウッド映画ならこうは、あるいは日本映画ならこうはしないだろうなっていう、ユニークさが出ているわけですね。なので中盤から、主人公チュンが置かれる状況というのは、とても現実的な意味でヘビーなものになっていくわけですけど。

繊細で美しい自然・天候描写から生まれる演出効果とは

ただ、ここがやはりですね、現代中国の、特にエンターテイメント作品特有のものというべきか、そういう主人公の労働者階級的立場は、転じてですね、民衆の、人々の、草の根からのしぶといパワー、エネルギーといったポジティブなメッセージへと、転換されて示されていくんですね。

それがすごく象徴的に描かれるのは、クライマックス手前にですね、チュンが、ビルの屋上で実は密かに続けていたとおぼしき獅子舞の練習ルーティンを、上海へとさらに出稼ぎに旅立つ、もしくは目の前の広場で大獅子舞大会が開かれるというその朝、夜明けとともに一人黙々とやる、というシークエンスがあって。ここ、まずですね、本作全体に言えることですが、さっきから言っているように、自然描写、特に天気・天候描写が、本当にすごく繊細で、美しいし、ストーリーテリング的にも非常に効果的に機能している。ここに注目してほしい。温度感、湿度感、風の感触まで伝わってくるような、非常に繊細な演出。

たとえば空。未明の空の色が刻々と明るくなってきて、ついにそこに朝日が差す。で、高層ビルが既に建ち並んでいる広州市の真ん中で、手を広げ、陽を浴びるチュンの姿。これがすごく……だからなんていうのかな、力強く成長を続ける中国社会そのものであるように見えるし、実際そう見せている、ってことですね。しかもここは、なぜチュンは強くなったのか?っていうことの、ロジック的説明にもなってるわけですよね。はい。

一方で、火曜日に藤津亮太さんもおっしゃった通り、クライマックスの手前にはですね、世にもくだらないギャグを堂々とやっていたりもする(笑)。これ、まさにですね、『SING/シング』の超絶バカシーン……でもちょっと泣ける、という「あの」シーンと同じオペラ『トゥーランドット』使い、というね。まあ『SING/シング』の音楽使いに、多少影響を受けてるのかな?

エンドクレジットが出た瞬間……「お、おおおおおおおおおお……かかか、かっけー!」

で、クライマックスの試合シークエンス。何段階もの見せ場、それぞれがすごくいい……たとえば、ここぞ!というところでの、やっぱり回想モンタージュ。これはベタっちゃベタだが、やっぱり泣かされる。で、さらに何段か構えのクライマックスの中の、最後……「そこ」に挑戦するのか!っていう時のですね、やっぱりまず、音楽演出。この映画は音楽映画的でもあるんですね。ここが熱いんですよね、もうね!

で、ここからもう、極度にセリフがなくなります、この映画。たぶん終わりまで、ほとんどセリフがないんじゃないかな? というところも本当に素晴らしいし、かっこいいし。ラストのラスト、非常にですね……一瞬、パッと間が空くわけです。ハッと息を飲む間があってから、これはミュージカル的に機能するエンディングテーマ曲が、先に流れ出すんですよね。で、その歌詞が流れ出して。で、それまで何度か出てきた宗教的モチーフ、この場合は森の中の仏像、っていうのがあって……からの、「奇跡」が起こるのか!?っていうその瞬間! バーン!と終わる、という。この切れ味がですね……俺、映画館で本当に、結構大きな声を出して、バーンとエンドクレジットが出た時に、「お、おおおおおおおおおお……かかか、かっけー!」みたいになってしまいました(笑)。

ちなみに僕、この部分。個人的にはですね、宗教的モチーフの伏線的な活かし方を含めて、インド映画、特にやっぱりS・S・ラージャマウリ的センスを、めちゃくちゃ感じましたね。その編集、音楽的テンポ感、リズム感を含めて……すごく僕、(通じるものがあると)思いました。だから、(本作の作り手たちも)『バーフバリ』ぐらいは観ているんじゃないかな、みたいな切れ味を感じましたね。

中国のCGアニメ、こういうレベルのものが出てくるんだ!

ということで、ジャンル映画としてベタベタ、もちろんお約束という中でクオリティを上げた上で、独自のテイストや工夫、さらにはドメスティックな、社会的な視点みたいなものも盛り込んでいる、ということで。僕はその現代中国CGアニメーションって、いっぱい観ているわけじゃないですが、ああ、こういうレベルのものが出てくるところまで来てるんだ!っていうことで、とても成熟度っていうものを感じましたし。あと、攻める姿勢ですよね。やっぱりね。

決して、いわゆるこれが受ける中身とは限らないだろう、ことに挑戦してるところも含めて、申し分ないクオリティだと思いました。もちろん今後……中国のアニメシーンなんて日本のそれと比べたら全然若いシーンなんで、その内容的成熟度とかはまだ、これからいろいろあると思うが。いや、既にこんなもんを作るようになっているのか!みたいな感じで。いろんな映画的効果みたいなのを研究し尽くしてるし、まあ演出が上手いです、本当に。といったあたりだと思います。とにかく、こんなかっこいいエンディングの映画、ちょっとないかもしれないですね。エンディングのかっこよさ、マジで……今思い出してもビーン!って感じですね(笑)。

歌詞とかのリンクも本当に素晴らしいものがございます。ぜひぜひ観ていただきたいと思います。スクリーンで……この、彼らが飛び移る塔の高さとか(体感してもらいたい)。あとは、音楽映画でもありますんでね。大音量で、あのドラムが……ドラムがどんどんポリリズム化していくところとかの熱いたぎりを味わって、というのがよろしいんじゃないでしょうか? ぜひぜひ劇場でウォッチしてください! おすすめでございます。めっちゃ面白かった!

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