ビールの「おつまみ」は、なぜ枝豆なのか?明治時代は大根の短冊切りだった、おつまみの日本史

ビールの「おつまみ」は、なぜ枝豆なのか?明治時代は大根の短冊切りだった、おつまみの日本史
拡大する(全9枚)
この夏はどのくらいビールを飲みましたか?食欲の秋が始まれば、ビールを飲む機会もまた増えるかもしれません。そんなビールのおつまみといえば、枝豆やフライドポテトなどが代表ですが、そもそも外国から日本へ持ち込まれたビールに、日本人はどうして枝豆をペアリングさせているのでしょうか?
ビールの「おつまみ」は、なぜ枝豆なのか?明治時代は大根の短冊...の画像はこちら >>

大根を短冊状に切った食べ物
ビールの「おつまみ」は、なぜ枝豆なのか?明治時代は大根の短冊切りだった、おつまみの日本史

ビールの日本史を振り返ると、江戸時代まで起源をさかのぼれます。江戸時代と言えば鎖国体制が1635年(あるいは1639年)から続いていましたが、長崎の出島からはご存じの通り、オランダの文化がか細く流入していました。そのオランダからビールが日本に持ち込まれ、蘭学者によって試飲や試作が行われていたそうです。

江戸時代の日蘭交流を記した『蘭説弁惑』(1799年刊)にも「びいるとて麦にて造りたる酒あり」と書かれています。このビールは黒船来航の際にも米国から持ち込まれ、欧米の先進文化を学ぼうと派遣された遣欧使節団・遣米使節団も欧米各国でビールを口にしています。

このビールが、いよいよ一般庶民の口にまで入るようになった時期は、明治時代も半ばを過ぎてからです。明治維新があり、1877年(明治10年)に西南戦争が終わり、いよいよ時代が後戻りできないくらいまで明治新政府の下で進み続けたころです。

人々の暮らしも意識もどんどん欧米化して、1899年(明治32年)になると、東京・銀座に日本初のビアホール「恵比寿ビヤホール」が誕生します。その時にはつまみとして大根を短冊状に切った食べ物が出されたのだとか。

この記事の画像

「ビールの「おつまみ」は、なぜ枝豆なのか?明治時代は大根の短冊切りだった、おつまみの日本史」の画像1 「ビールの「おつまみ」は、なぜ枝豆なのか?明治時代は大根の短冊切りだった、おつまみの日本史」の画像2 「ビールの「おつまみ」は、なぜ枝豆なのか?明治時代は大根の短冊切りだった、おつまみの日本史」の画像3 「ビールの「おつまみ」は、なぜ枝豆なのか?明治時代は大根の短冊切りだった、おつまみの日本史」の画像4
「ビールの「おつまみ」は、なぜ枝豆なのか?明治時代は大根の短冊切りだった、おつまみの日本史」の画像5 「ビールの「おつまみ」は、なぜ枝豆なのか?明治時代は大根の短冊切りだった、おつまみの日本史」の画像6 「ビールの「おつまみ」は、なぜ枝豆なのか?明治時代は大根の短冊切りだった、おつまみの日本史」の画像7 「ビールの「おつまみ」は、なぜ枝豆なのか?明治時代は大根の短冊切りだった、おつまみの日本史」の画像8
「ビールの「おつまみ」は、なぜ枝豆なのか?明治時代は大根の短冊切りだった、おつまみの日本史」の画像9
編集部おすすめ

当時の記事を読む

TABIZINEの記事をもっと見る

トピックス

今日の主要ニュース 国内の主要ニュース 海外の主要ニュース 芸能の主要ニュース スポーツの主要ニュース トレンドの主要ニュース おもしろの主要ニュース コラムの主要ニュース 特集・インタビューの主要ニュース

ピックアップ

もっと読む

トラベルニュースランキング

トラベルランキングをもっと見る
お買いものリンク