※2014年3月撮影
トップ画像は、室蘭本線追分駅に停車する苫小牧行キハ40-356。日高本線に、1988年(昭和63年)新規に投入されたのが経済性優先の小型気動車キハ130形でした。
石勝線夕張支線、夕張駅7:08発の千歳行に戻ります。途中の鹿ノ谷駅。雪が深いです。炭鉱全盛時代、鹿ノ谷駅前は、幹部従業員の宿舎が並ぶ高級住宅街だったそうです。

夕張支線の車窓。平地はほとんど見当たりません。山また山、これでは農耕は無理でしょう。

8:08、追分駅に到着しました。

乗継待が22分あったので駅の外に出ました。

駅前には、1976年の火災で焼失したD51-465の動輪が飾られていました。動輪の左側レールは、1898年(明治31年)アメリカ、イリノイ社で製造・輸入され阪鶴鉄道(大阪~舞鶴間に鉄道を計画し一部開通した関西の私鉄)で使用されました。その後、大正5年(1916年)追分機関区転車台の側線に転用されていました。右側は、北海道官設鉄道(北海道庁)発注のアメリカ、カーネギー社1900年(明治33年)製造のレール。

しかし関西の私鉄のレールが何故、どの様にして北海道の機関区にやって来るのか、分かりません。

苫小牧行キハ40-356の行先標。

日高本線色というのかな。優駿浪漫の表記もあります。

東京オリンピックまで家に電気が無かったという友人の出身地、安平駅。

次は苫小牧です。江差線、夕張支線に続き、一部が廃止される日高本線に乗ります。
(写真・文/住田至朗)