ゴールデンウィークは政府の呼び掛けに応じてステイホームで過ごしましたが、家でテレビやインターネットを見るだけでは、読者諸兄のメガネにかなう話題は見付かりません。連休明けを待って三密を避ける〝スモールツーリズム〟を実践、千葉県の房総半島を、列車でぐるり一周しました。
房総を目的地に選んだのは、訪れてみたい駅があったから。鴨川市のJR内房線江見駅。1日平均乗車人員80人(2018年度)の小駅ながら、JR東日本が目指す「駅の地域拠点化」のモデル駅として、2020年夏以降、駅と郵便局を一体化した「江見駅郵便局の開局」、農産品を集荷する「JRE農業ステーションの開設」と話題が続きます。JR千葉支社管内に今春から投入された、E131系電車に乗車する目的も合わせ、初夏の1日を「房総鉄道三昧」で過ごしました。
無人駅から有人駅に

線区は内房線ですが、駅から300mほど先に広がるのは紛れもない外房の海。蘇我ー安房鴨川間を結ぶ内房線で、終点の安房鴨川から2駅手前、江見駅の駅前に商店はなく住宅が建ち並びます。線路は単線で、駅は上下線の列車がすれ違えるよう、2面2線の構造になっています。

江見は2020年夏まで無人駅でしたが、現在は係員が普通乗車券や定期券類、無記名Suicaを発売・精算、列車や運賃の案内に当たります。


JR東日本と日本郵便は2018年6月、「地域・社会の活性化に関する協定」を締結しました。江見駅で駅業務と郵便局窓口の一体化は、協定に基づく実効策です。
人・モノ・情報の交流促進で地域に貢献
当時の資料を読み返したら、「JR東日本と日本郵便は双方の強みである、それぞれのネットワークを生かし、人・モノ・情報の活発な交流を促進。協定締結を機に、地域・社会の活性化にいっそう貢献します(大意)」のフレーズが目に止まりました。
考えてみれば、地方部にネットワークを持つのが両社の共通点。鉄道は人、郵便は情報を届けます。地方部の鉄道駅は無人化が進みますが、仮に地方部でも有人サービスが必要な郵便局に駅業務を委託すれば、鉄道にも郵便にも、さらには利用客にもプラスになります。3者が文字通りWinWinWinの関係になれるのが、駅と郵便局の一体化です。
両社の連携は、2018年7月に発表されたJR東日本のグループ経営ビジョン「変革2027」にも、「地域を豊かにする駅の地域拠点化」として盛り込まれました。駅と郵便局や地産品の販売・集配所などを一体化して、地域の賑わいを創出する。それが、JR東日本が目指す「駅の地域拠点化」です。
木更津―上総一ノ宮間を往復する新鋭E131系電車

江見駅をめぐるもう一つの話題に移る前に、木更津ー江見ー上総一ノ宮間で乗車した新型車両E131系電車の印象を。JR千葉支社への新製車投入は2020年5月の会見で、深澤祐二社長が発表、2021年3月のダイヤ改正でデビューしました。従来の209系電車はかつて京浜東北線を走っていた車両で、房総エリアへの転用に際し編成を組み替えましたが、ワンマン運転対応が難しく、JR東日本は業務効率化につながる新型車両投入を決断しました。
運用線区は内房(木更津―安房鴨川間)、外房(上総一ノ宮―安房鴨川間)、成田・鹿島線(佐原―鹿島神宮間)の3線区。安房鴨川でつながる内房、外房線は一体的に運用されるようで、私の乗車した列車は2本とも木更津発上総一ノ宮行きでした。
2両で編成を組める

JR東日本の発表資料によると、E131系は2両1編成で、4両が基本の209系に比べコンパクトな編成が組めます。新製車は内房・外房と成田・鹿島を合わせて12編成24両の陣容で、これからの房総エリアを代表する車両になるでしょう。
E131系は、全体的に横須賀・総武快速線の新製E235系電車に似た印象を受けます。外装は、ステンレス車体に房総の海や菜の花をイメージした青と黄色の明るい帯を通しました。車体は中央・総武緩行線用の209系電車以降続く裾を絞ったタイプで、従来車に比べ車体幅を150ミリ広げて2950ミリにしました。
車内は、1人当たり座席幅を10ミリ広げて460ミリにするとともに、座面を下げました。座席のクッション性も改良して、座り心地を良くしています。車長は20mで、1両当たり片側4ドアの標準タイプ。全席ロングシートだと鉄道ファンの評価も今イチのようで、ドア間1個分をクロスシートにしています。
室内設備では、空調装置の容量・出力を大型化して、快適な車内空間を実現。ドア上部には大型の案内表示装置を取り付け、多言語で運行情報を知らせます。
バリアフリー対応も万全
バリアフリーでは、各車両に車いすやベビーカー乗車に便利なフリースペースを設け、床面に赤色で表示しました。車いす対応の大型洋式トイレを各編成1カ所設置、つり手(つり革)高さも209系より低くして、つかまりやすく工夫します。
安全・安定性の向上では、各車両に車内防犯カメラを2台、非常通話装置を4台それぞれ設置。
JR東日本への追加取材によると、E131系はモニタリング技術を活用した状態監視機能を装備。モニタリング装置で取得したデータをメンテナンスに活用し、最適な時期に保全するCBMを採用します。Condition Based Maintenanceの頭文字を取ったCBMは状態基準保全を表します。検査周期にとらわれることなく、車体に取り付けたセンサーやカメラで車両を日常的に監視し、必要な時期にメンテナンスする仕組みです。
131系は厳しいファンの目で見れば、「特徴のない車両」「ローカル線を合理化するための車両」の評価も聞こえそうです。しかし、これまで首都圏線区の引退車両を利用してきた沿線の人たちにとって、新車に乗車できるのは朗報で、JR東日本のイメージアップにつながるはずです。
農産物の集・出荷ステーションがオープン

最後は、江見に戻ってもう一題。江見駅前に2021年4月27日、農産物の集・出荷機能を受け持つ「JRE農業ステーション」がオープンしました。JR東日本と農業総合研究所(農総研)の協業で、和歌山市に本社を置く農総研は、農家の生産品をスーパーなどを介さず直接消費者に届けることを目的に設立された、流通分野のスタートアップ(ベンチャー)企業です。
江見駅の農業ステーションでは、農総研が持つネットワークを生かして大玉トマトや豆類、葉野菜などを集荷します。消費地となる東京方面には、トラックのほか一部、旅客列車で商品を運ぶ〝電車モーダルシフト〟も考えられているようです。鉄道輸送の場合、東京駅に到着後はエキナカ店舗やレストランで販売・消費するほか、駅での受け取りを含め、鮮度の高い野菜類を直接消費者に届けます。JR東日本は引き続き2021年度内に、水郡線上菅谷、中央線辰野の両駅にも、同じ目的のJRE農業ステーション開設を予定します。
文/写真:上里夏生