今回は鉄道プロジェクトの学会表彰を取り上げます。
注目の技術賞は全部で26件。鉄道関係の受賞は、「急曲線ホーム解消による安全性向上・飯田橋駅ホーム移設」「生産性向上と工期短縮を実現した北陸新幹線福井高架橋」「官民協力による統合的災害復旧・箱根登山鉄道早期復活」「東京2020大会成功に向けた安全・安心で快適な旅客駅整備」「シンガポール地下鉄長距離シールドトンネル工事」の5件です(タイトルは適宜簡略化しました)。
学会賞の対象は2020年1月~2021年12月に完成または新技術を適用した施設や事業。これらを専門家が審査し、ました。ここでは鉄道ファンの視点で、各プロジェクトのポイントをご報告します。
急カーブ区間のホームを移す・JR東日本

JR飯田橋駅のホーム移設は、2020年7月施工。技術賞はJR東日本東京工事事務所(東工所)、鉄建建設・前田建設共同企業体、東鉄工業東京線路支店東京軌道工事所、JR東日本コンサルタンツの4者が共同受賞しました。
近隣にオフィスや大学も多い、飯田橋を利用経験のある方はご存じでしょうが、移設前のホームは半径300メートルの急カーブ区間。列車とホームの間には、最大33センチものすき間が開いていました。旧ホームはすき間のほか、列車がカーブの内側に傾いて停車するため、ホームと車両に最大20センチの段差がありました。
すき間は15センチに、段差はほぼ解消
JR東日本は飯田橋駅ホームを210メートル市ヶ谷寄りに移設するほか、西口駅舎の建て替えを公表。ホーム移設で、すき間は最大15センチ、段差は同じく5センチ前後まで縮小しました。
ホーム移設で問題になったのが、新ホーム部分に発生する急こう配です。
そこで、移設先のホームや線路の地盤を最大50センチ程度掘り下げ、こう配を最大18.5パーミルに緩和しました。JR東日本によると、列車運行しながらの路盤掘り下げは前例がないそう。東工所は、1年以上前から周到に準備。飯田橋駅を通勤や通学でご利用の方は、日々の変化を感じていたかもしれません。

北陸新幹線福井駅北側に新工法・鉄道建設・運輸施設整備支援機構(JRTT)

続いては、2023年度末開業をめざして建設中の北陸新幹線金沢―敦賀間の福井駅付近で採用された「フルプレキャストラーメン高架橋の建設」。JRTT北陸新幹線建設局と大林組が共同受賞しました。
新工法が採用されたのは、福井駅北側(金沢寄り)の「福井開発高架橋」。新幹線で開発というと当然「新幹線で地域開発」と想像しますが、本当の読みは「かいほつ」。福井市内の地名です。高架橋区間は約2.3キロにおよび、工期や用地上の制約で、整備新幹線の高架橋初のフルプレキャスト工法で建設されました。
工場で部材を造り現地で組み立てる
少々専門的になりますが、新工法のキモが「フルプレキャスト」。現地でコンクリートを流して構造物を造るのでなく、あらかじめ工場で部材を造り、現場に搬入して組み立てる工法です。
新工法のメリット――。JRTTによると、現場でコンクリートを流し込む場所打ち工法に比べ、労働生産性は大幅に向上。工期も従来工法試算の231日間から、フルプレキャストでは78日間と大幅に短縮されました。
運休期間を当初予想より3カ月間短縮・箱根登山鉄道

3件目は、箱根登山鉄道が神奈川県県土整備、環境農政の県政2局、清水建設、西松建設と共同受賞した「官民協力による箱根登山鉄道の早期復活プロジェクト」です。
箱根登山鉄道は2019年10月12日の台風19号の集中豪雨で、橋りょうが流失するなど大きな被害を受けました。神奈川県箱根町の当日の降水量は全国1位を記録。登山鉄道は沿線21ヵ所で被災しました。
しかし、登山鉄道と県の関係2局、建設2社の共同プロジェクトは工法を工夫。被災から286日目の2020年7月23日に全面復旧し、当初予想された運休期間1年間、2020年秋運転再開のスケジュールを約3カ月間も前倒ししました。
線路を道路に転用して機材や資材を搬入
最大の被害を受けたのは、宮ノ下―小涌谷間の蛇骨(じゃこつ)陸橋。線路わきののり面が大規模に崩壊し、橋脚と橋りょうが流失しました。
蛇骨陸橋は斜面上部が県環境農政局、下部が県土整備局と担当が分かれます。
そこで登山鉄道と県政2局は、歩調をそろえて災害復旧。登山鉄道の鉄道復旧、県環境農政局の斜面復旧、同じく県土整備局の護岸復旧を同時並行的に進めることで、工期短縮を実現しました。
なかでも工夫したのが、工事用機材や資材の搬入路確保です。登山鉄道の線路をいったん撤去。マクラギを残したままシートでおおって仮舗装、降雪期の冬季も作業を続行できるようにして、早期復旧につなげました。
オリパラに向け60駅以上を整備・JR東日本

4件目の「東京2020大会成功に向けた安全・安心で快適な旅客駅整備」。2021年に開催された東京オリンピック・パラリンピックに向けた、JR東日本の快適な駅づくりの取り組みが評価されました。
JR東日本が整備対象としたのは、会場周辺駅が中央線(中央総武緩行線)信濃町、千駄ヶ谷、京葉線新木場、海浜幕張など全部で25駅。
私が注目したワンポイントは、有楽町駅の多目的トイレ。右利き用、左利き用の2つのタイプを整備したそうです。JR東日本の担当者は、「今回は、一般的な駅整備を超えてお客さまの声を聞き、地元の皆さんと話し合ったことが、土木技術者としてのレガシー(遺産)になった」とコメントしました。
シンガポール地下鉄の新線建設を受注・清水建設

海外鉄道プロジェクト唯一の技術賞受賞が、「シンガポール地下鉄トムソン・イーストコースト線」。清水建設が受注し、シンガポール政府陸上交通庁と共同で施工にあたります。建設中の路線は総延長43キロで31駅。受賞対象の工区は、2021年8月28日に開業しました。スペースの関係でポイントにとどめますが、建設線の約7割区間は地上を走る高速道路の直下に、シールドトンネルを掘削します。地盤改良とトンネル掘削を同時並行で進める工法は以降、シンガポールの標準工法になりました。地上には6車線の高速が走るため、地盤変異を常時モニタリングして安全確保に万全を期しました。
総事業費3065億円で整備新幹線などを建設
ラストは鉄道プロジェクトつながりで、JRTTの令和4年度の鉄道建設関係事業概要をご紹介します。事業費は3065億円で、前年度の5505億円に比べて2440億円の減。建設工事がヤマ場を越えた、北陸新幹線と西九州新幹線が大幅減額になったのが事業費減の主な理由です。
主な事業メニューは、①整備新幹線建設と整備新幹線建設推進高度化事業、②都市鉄道の利便増進事業、③青函トンネル機能保全・防災、④新線調査をはじめとする受託事業、⑤海外高速鉄道に関する業務――の5項目。整備新幹線は前年度より2460億円少ない2414億円、都市鉄道利便増進事業(神奈川東部方面線)は前年度比30億円減の300億円を計上しました。ここから未来の土木学会賞が生まれるかもですね。
記事:上里夏生