2016年の現役引退後、北熊本車庫で動態保存される5000形電車(東急の初代5000系電車)。熊本電鉄では車体に帯を入れるなど独自塗装された時代もありましたが、現在は東急時代のライトグリーン一色に戻されています

新型コロナの法令上の位置付けが季節性インフルエンザなどと同じ5類に移行、ようやく遠方に出掛けやすい環境が整いました。

ポストコロナ最初の取材地に選んだのは熊本。2011年の九州新幹線の全線開業などをきっかけに、高速鉄道を核にした街づくりが進み地域に活気があふれます。

熊本鉄道紀行の前編は、熊本市と合志(こうし)市を結ぶ熊本電気鉄道(熊本電鉄)。説明不要の人気キャラ・くまモンのラッピング電車を走らせるなどの利用促進策が成果を挙げて、日本国内はもちろん訪日外国人にも人気の地方鉄道です。

空港バス、高速バスを乗り継いで熊本電鉄に

今回は滞在3日間で取材4件のタイトなスケジュールだったため、熊本電鉄への乗車(アクセス)方法をひとひねりしました。熊本電鉄の路線は上熊本ー御代志間の菊池線(10.6キロ)と、北熊本ー藤崎宮前間の藤崎線(2.3キロ)の2路線。名目上は藤崎線が支線ですが、実際は全列車が藤崎宮前―御代志間を直通運転、上熊本―北熊本間が支線扱いです。

在来線のJR鹿児島線とは上熊本で接続します。

熊本電鉄への乗車にはJR上熊本駅乗り換え、または熊本市内中心部から藤崎宮前駅への徒歩が一般的です。しかし空路で熊本入りした今回は、熊本空港からバスで熊本電鉄につながるルートを探してみました。

見付かったのは、熊本空港→益城IC口→西合志(以上バス)→三ツ石(熊本電鉄)のバス・鉄道乗り継ぎルート。空港バスを益城IC口で下車して、福岡行き高速バスに乗り換え。九州自動車道の西合志バス停で下車すると、三ツ石駅で熊本電鉄に乗れるというわけです。

〈熊本鉄道紀行・前編〉創業114年の熊本電気鉄道に乗り鉄してみた【コラム】
三ツ石駅と九州自動車道。樹木でよく見えませんが、駅上に福岡県と鹿児島県を結ぶ九州道が走ります

熊本電鉄の中野育生鉄道事業部長に取材して、このルートの意味が分かりました。九州新幹線開業まで、JRからの熊本電鉄利用客は上熊本駅で乗り換えていました。

ところが新幹線開業で、熊本電鉄利用客は若干ながら不便に。そこで熊本電鉄とバス会社が編み出したのが、高速バスから鉄道への乗り継ぎルートです。福岡や長崎方面などからの高速バス利用客は、西合志で下車すれば、三ツ石で熊本電鉄に乗り換えられます。

一部区間の廃止を経て現代に生き残る

ここで熊本電鉄の略史。明治末期の全国的な鉄道建設ブームに乗って熊本電鉄は誕生しました。創業の1909年、最初の社名は菊池軌道。〝化粧の湯〟の異名を持つ菊池市の菊池温泉は今も人気の温泉郷で、入湯客とともに貨物を運ぶのが主な役目の軌道でした。

1913年までに池田(上熊本付近)ー千反畑(藤崎宮前の西側)ー隈府(後に菊池)間の蒸気軽便鉄道が開業。九州に数多くあった、軌間914ミリの3フィートゲージの鉄道でした。

戦前のうちに改軌・電化され、社名は菊池電気軌道、菊池電気鉄道を経て、戦後間もない1948年、熊本電気鉄道が誕生しました。

マイカーに押されて1986年2月に御代志ー菊池間が廃止されたものの、菊池線と藤崎線はしっかり現代に生き残っています。

運転本数は藤崎宮前ー御代志間が1時間片道2~4本、上熊本ー北熊本間が同2本。列車は原則2両編成です。

北熊本に車庫があり、東急電鉄の〝青ガエル〟こと初代5000系電車、旧広浜鉄道(現・JR可部線)のモハ71といった、廃車後の今も人気の車両がホームから眺められます。

乗車してみると……下校の高校生で賑わい

〈熊本鉄道紀行・前編〉創業114年の熊本電気鉄道に乗り鉄してみた【コラム】
熊本電鉄のフォトスポット、かつての路面電車時代の名残をとどめる藤崎宮前ー黒髪町間の併用軌道軌道区間を車内から撮影

それでは、午後の下校時間帯に重なる16時過ぎ、三ツ石ー御代志(折り返し)ー北熊本ー藤崎宮前のルートで、熊本電鉄に乗車してみましょう。

三ツ石は、前述のように九州道からの乗り継ぎ駅。駅上を高速が走ります。

熊本電鉄の路線図も、「九州自動車道高速バス」をアピールします。ホームは1面1線で、無人駅ながら熊本電鉄ではSuicaやPASMO、ICOCA、SUGOCAなど全国の主なICカード乗車券が利用できます(熊本電鉄のバスも)。

間もなくやってきた御代志行きは、熊本電鉄では新鋭の03形電車。東京メトロ日比谷線からの転籍車で、2019年から熊本電鉄で営業運転されています。

整理券発行機が設置されるなど、若干の違いはあるものの、基本はメトロ時代のまま。東京で日比谷線を頻繁に利用したのを思い出し、非常に懐かしく感じました。

車内は、下校の高校生でかなりの混雑。買い物帰りらしい女性や、ビジネスマン風の方も見掛けます。

沿線には高専や医療センターも

熊本電鉄のルーツは温泉鉄道でしたが、今やその目的は熊本、合志の両市をつなぐ都市近郊鉄道へと進化しています。熊本電鉄沿線ではありませんが、合志市では2023年5月、ソニーグループが熊本県内2カ所目の半導体工場を建設する方針を公表して話題を呼びました。

経済成長が続くアジアに近い九州は、「シリコンアイランド」と呼ばれるほど先進企業の進出が続きます。訪日外国人の訪問先としても、九州は人気です。

熊本電鉄沿線には目立った集客施設はありませんが、ものづくり人材を育てる熊本高専や、国立病院機構の熊本再春医療センター(いずれも合志市)があって、ある意味では近未来の熊本の発展を先取りするエリアです。

わずか1往復の乗車でしたが、地域の勢いに乗って、今も進化や成長を続ける熊本電鉄ーーそんな印象を強くしました。

駅周辺に新たな街のにぎわい 移転された御代志駅

ここで熊本電鉄の近況。合志市の土地区画整理事業で、御代志駅と再春医療センター前駅、それに両駅付近の線路が200メートルほど移設され、2022年10月から営業を始めています。

〈熊本鉄道紀行・前編〉創業114年の熊本電気鉄道に乗り鉄してみた【コラム】
近代的に生まれ変わった御代志駅。新駅舎開業にあわせて駅社員が再配置されました

新しい御代志駅は、現在はホーム1面1線のシンブルな終端駅ですが、将来は1面2線への線増も可能な構造。駅前には十分なスペースが確保され、熊本電鉄や合志市は今後、駅前広場を整備して、鉄道からバス、タクシーに乗り継ぐ交通結節機能を強化します。

さらに、駅前には商業施設を誘致して、駅を中心にしたにぎわい創出のプランも。

最後に、中野鉄道事業部長から貴重な写真とともに、本サイトをご覧の皆さまへのメッセージをいただきました。「2019年に創立110周年を迎えた熊本電気鉄道は、『地域とともに、地域住民のために』を一貫した基本理念に掲げ、サービス向上や安全運行に努めています。鉄道ファンの皆さんも、熊本紀行の際は当社を行程に加えていただければうれしく思います」。

熊本鉄道紀行、後編では本サイトでも2023年1月に紹介させていただいた「熊本空港アクセス鉄道」の予定ルートをルポします。ぜひご覧ください。

記事:上里夏生

【写真2枚】追想・熊本電気鉄道

〈熊本鉄道紀行・前編〉創業114年の熊本電気鉄道に乗り鉄してみた【コラム】
戦前のうちに長野県の上田温泉電軌から熊本入りした電車。車体は木製で、いかにも路面電車的な車体構造です(画像提供:熊本電気鉄道)
〈熊本鉄道紀行・前編〉創業114年の熊本電気鉄道に乗り鉄してみた【コラム】
車両が並ぶ戦後間もないころの車庫風景。電車はパンタグラフが未装着でポール集電していました(画像提供:熊本電気鉄道)