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※2024年2月撮影

トップ画像は「駒場東大前駅」東口。

東口から100メートルほど歩いてきました。

南側はマンションか何かの工事用地の様でした。

長い間安田講堂だと思っていました【駅ぶら】06京王電鉄387 井の頭線18
※2024年2月撮影

南にむかう道があります。右には工事用囲い。かなり広い敷地です。強い逆光でしたが上手くハレーションが切れました。

長い間安田講堂だと思っていました【駅ぶら】06京王電鉄387 井の頭線18
※2024年2月撮影

橋上駅舎に戻って、北側の階段を下ります。

長い間安田講堂だと思っていました【駅ぶら】06京王電鉄387 井の頭線18
※2024年2月撮影

正面に東京大学の門があります。正に「駒場東大前」です。

長い間安田講堂だと思っていました【駅ぶら】06京王電鉄387 井の頭線18
※2024年2月撮影

葉っぱで見難いですが、出入口は「東大口」です。

長い間安田講堂だと思っていました【駅ぶら】06京王電鉄387 井の頭線18
※2024年2月撮影

少し西側から見ています。

長い間安田講堂だと思っていました【駅ぶら】06京王電鉄387 井の頭線18
※2024年2月撮影

線路の横を西口の方に歩いて行くことができます。右のビルディングは東京大学の施設。

長い間安田講堂だと思っていました【駅ぶら】06京王電鉄387 井の頭線18
※2024年2月撮影

駅前に「東京大学駒場1キャンパス」の案内板がありました。

長い間安田講堂だと思っていました【駅ぶら】06京王電鉄387 井の頭線18
※2024年2月撮影

正面が「東京大学駒場1キャンパス」の門。

長い間安田講堂だと思っていました【駅ぶら】06京王電鉄387 井の頭線18
※2024年2月撮影

門前。関係者以外は立入禁止です。正面の塔、筆者は「井の頭線」車窓から見て長い間「安田講堂」だと思っていました。1969年(昭和44年)中学生だった筆者は、テレビニュースで「東大安田講堂事件」の中継報道を見て、安田講堂が本郷に在ることを知ったのです。

長い間安田講堂だと思っていました【駅ぶら】06京王電鉄387 井の頭線18
※2024年2月撮影

その事を強く記憶しているのは、私事で恐縮ですが父の姉(小さい頃から可愛がってもらっていた叔母、弟の誕生の際、父がヨーロッパ長期出張に行っていたので3歳の筆者は叔母の家で約1ヶ月ほど預かってもらいました)が初めて新幹線に乗って父の母(祖母)を連れて東京に来た時でした。筆者の実家に滞在していた叔母・祖母と一緒にテレビニュースで安田講堂を見ていたのです。

次回は西口に行きます。

(写真・文/住田至朗)

※駅構内などは京王電鉄さんの許可をいただいて撮影しています。

※鉄道撮影は鉄道会社と利用者・関係者等のご厚意で撮らせていただいているものです。ありがとうございます。

※参照資料

・『京王ハンドブック2022』(京王電鉄株式会社広報部/2022)

・京王グループホームページ「京王電鉄50年史」他

下記の2冊は主に古い写真など「時代の空気感」を参考にいたしました

・『京王電鉄昭和~平成の記録』(辻良樹/アルファベータブックス/2023)

・『京王線 井の頭線 街と駅の1世紀』(矢嶋秀一/アルファベータブックス/2016)

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