快走するTJライナー。長く座席定員制でしたが、2019年から座席指定制に変更。
始発の池袋からふじみ野、川越、坂戸、東松山、森林園駅などに停車。森林公園駅から先は各駅にとまります(写真:東武鉄道)

磁気きっぷ、ICカード、QRコード、クレジットカード、デビットカード、顔認証と多様化・進化する鉄道の乗車方法……。

東武鉄道と日立製作所は2025年8月5日、栃木県宇都宮市内で発表会を兼ねた取材会を開催。東武は2026年3月までに、東上線の座席指定制有料列車「TJライナー」に生体認証を導入する方針を示しました。

【参考】
まずはセルフレジから、将来的には電車やバスも「生体認証」で乗車可能に?東武・日立が目指す社会像とは(※2023年8月掲載記事)
https://tetsudo-ch.com/12906104.html

両社は2024年9月、生体認証の共通プラットフォーム(情報基盤)「SAKULaLa(サクララ)」を、流通、ホテルをはじめ多分野に展開する方針を公表。その〝鉄道編〟がTJライナーというわけです。

生体認証は、高度セキュリティや盗難・紛失の心配がない安心感、手ぶら観光・ショッピングの便利さが売り物。導入企業にも、省力・省人化による労働力不足への対応というメリットがあります。

本コラムは、鉄道と生体認証の可能性を探ります。

東武を乗り継いで宇都宮に向かう

最初に〝ネタばらし〟すれば、取材会場は東武宇都宮駅ならぬ宇都宮東武ホテルグランデ。タイトルは「ホテル業界向け生体認証・サクララ活用に関する取材会」で、鉄道につながるフレーズはありません。あくまでホテル業界の話です。

しかし、「東武と日立がTJライナーで新しい生体認証を始める」の情報をキャッチした筆者は、浅草から東武スカイツリーライン、日光線、宇都宮線を乗り継いで宇都宮に向かいました。

手ぶらで電車に乗れる! 東武が来年3月までに東上線「TJライナー」に生体認証改札導入【コラム】
東武宇都宮駅は1面3線(うち1線は側線)。開業は1931年で、現在は東京メトロ日比谷線直通車両だった20400型(旧20000型)で運行されます(筆者撮影)
手ぶらで電車に乗れる! 東武が来年3月までに東上線「TJライナー」に生体認証改札導入【コラム】
東武宇都宮駅は駅ビル(宇都宮東武百貨店)を併設。宇都宮東武ホテルはワンブロック北側にあります(筆者撮影)

スペーシア Xで始まった蜜月時代

東武と日立は2023年7月の新型特急「スペーシア X」デビュー以来、蜜月時代が続きます。人気列車のスペーシア X、東武と日立が共同デザインしました。コンセプトは「Connect & Updatable~その人、その時と、つながり続けるスペーシア~」です。

社会の評価も高く、「2023年度グッドデザイン賞」、「2024年ブルーリボン賞」、「レッド・ドット・アワード・プロダクト・デザイン2025」など、これまでに7件の表彰を受けています。

手ぶらで電車に乗れる! 東武が来年3月までに東上線「TJライナー」に生体認証改札導入【コラム】
2023年7月15日にデビューした新型特急「スペーシア X」(画像:東武鉄道)

東武経営企画本部の内倉昌治部長と、日立マネージド&プラットフォームサービス事業部デジタルアイデンティティ本部の池上隆介本部長の話によると、両社は2022年から生体認証の利活用を共同研究。2023年8月には、共通プラットフォーム構想をまとめました。

日立が基盤技術を開発した指静脈の生体認証を東武が鉄道のほか、ホテル、流通(スーパーやコンビニ)、飲食店などに拡大する方向性が固まりました。

2024年4月には、東武ストアの一部店舗で指静脈認証による決済(支払い)がスタート。2025年1月には沿線の越谷、川越エリアの飲食店に拡大されました。そして2025年8月、東武系ホテルと枝葉を広げます。

手ぶらで電車に乗れる! 東武が来年3月までに東上線「TJライナー」に生体認証改札導入【コラム】
サクララの今後の事業展開。
2026年度にはコンビニのファミリーマートに進出します(資料:東武鉄道)

4分の3がリピーター

東武の内倉部長によると、東武ストアなどでのサクララの利用実績では、男女比は男性46%、女性54%。年齢別で利用の多いのは、50歳代28.0%、60歳代18.6%、40歳代18.5%の順で、生体認証はシニアにも抵抗感なく受け入れられます。

東武や日立のサービス提供側にとって心強いのは、継続利用が76.3%と4分の3に達することです。「これまでのキャッシュレス決済のようにカバンからスマホを取り出す必要がなく、指をかざすだけで買い物できるので便利」。ある利用客は話します。

端末にかざすのは指3本

TJライナーへの乗車方法、詳細は未定なので、宇都宮の取材会でのホテルチェックインをご報告します。

利用には、指静脈などのデータ事前登録が必要になります。

指静脈情報と聞いて一瞬不安に感じた方も心配ご無用。一般的なキャッシュレス決済と基本は同じです。むしろカードのように落としたりなくしたりする心配がない分、安全・安心度は高まります。

ホテルチェックインの場合、専用端末に指をかざして宿泊客情報を確認し、支払うカードを選べば操作は完了。ルームキー発行から決済まで1分以内で済みます。一般的なセルフチェックイン機に比べて、所要時間は半分程度にカットできます。

手ぶらで電車に乗れる! 東武が来年3月までに東上線「TJライナー」に生体認証改札導入【コラム】
サクララによる模擬決済。
指をかざせば直ちに支払いが完了します(筆者撮影)
手ぶらで電車に乗れる! 東武が来年3月までに東上線「TJライナー」に生体認証改札導入【コラム】
セルフチェックイン機にサクララの専用端末をセット。東武と日立はチェックイン機業界最大手の日本NCRビジネスソリューションと協業します(筆者撮影)

細かいことですが、端末にかざすのは指3本。鉄道改札は、利用目的がほぼ限定されるので、所要時間はホテルより短くなります。

ICカード乗車券が、紙のきっぷに代わって急速に普及した理由。それは、利用客が券売機に並ぶ従来の乗車方法に比べての利便さを感じたからです。

サクララも、利用客に便利さを感じてもらえるかが普及のポイント。鉄道限定でなく、流通、ホテル、飲食と、いわゆるお出かけ関連の総合ツールとして生体認証に着目した東武の着眼点は視界良好のようです。

17年の歴史持つ通勤ライナー

最後にTJライナーとは? 2008年6月に営業運転を始めた東武東上線の有料座席指定制列車で、すでに17年の歴史を持ちます。

JRなどに広く普及する、快適通勤が売りの通勤ライナー(ホームライナー)の東武版。運転区間は池袋~森林公園、小川町(小川町行きは森林公園駅から各駅に停車)で、平日上り(池袋方面)5本、下り(森林公園、小川町方面)15本。土日曜日と休日は、運転本数が変わります。

使用車両は50090形(10両編成)。

関東初のクロス、ロングシートのリバーシブル。TJライナーは、クロスシートで運行されます。

利用には、乗車券以外に座席指定券(TJライナー券)が必要。指定券は、東武線各駅の自動券売機、インターネット予約サービス「トブチケ!」で購入できます。

乗車時は指定券の二次元コードを読み取り機にかざして改札を通過(池袋駅発下り列車の場合。上りは係員に二次元コード提示)……と聞けば、多くの方はサクララ乗車のイメージが具体化できたのではないでしょうか。

TJライナーの主な利用客は、東京都心の会社で働いて、東上線沿線のわが家に帰るお父さん・お母さん。来年の今ごろ、生体認証乗車する方も増えているはずです。

記事:上里夏生

編集部おすすめ