さまざまな戦術や戦略が生み出され、より複雑、かつ緻密化している現代サッカー。チームに己の戦術や戦略を落とし込むことは、決して簡単なことではないだろう。
特に代表監督ともなればなおさら。代表活動は年に数回で、クラブ監督よりもやれることが限られているからだ。

ただ、そんな中でも4年に一度の大舞台へ向けて、自身の持つ絶対的な哲学やアイデアをもとに「勝利の方程式」を組み上げようとしている戦術家たちがいる。

エル・ロコ(変人)の愛称で親しまれる戦術マニアのマルセロ・ビエルサ(ウルグアイ)を筆頭に、ゲーゲンプレスと縦に早いスタイルで近年のドイツサッカーの源流ともされるラルフ・ラングニック(オーストリア)、その弟子のナーゲルスマン(ドイツ)……。北中米W杯に挑む戦術家たちはどのような哲学やアイデアでチームを勝利へ導こうとし
ているのか。

勝つためのゲームの形 ナーゲルスマンの構造とは

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ライプツィヒやバイエルンなどでの指揮を経て、2023年からドイツ代表の監督を務めるナーゲルスマン。2大会連続でグループステージ敗退の屈辱を味わっている母国を救えるか photo/Getty Images

現代サッカーの潮流として「構造主義」がある。自分たちが勝ちやすいような攻守の形をどう作るかが問われていて、戦術家といわれる監督はとくにそこにぬかりがない。

構造主義の元祖は、おそらくルイ・ファン・ハール監督のアヤックスだろう。1990年代にマイティ・アヤックスと呼ばれた非常に攻撃的なチームだった。両サイドにウイングプレイヤーを配した[3-4-3]システムは、2トップ全盛の当時としては画期的だった。[3-4-3]自体はヨハン・クライフ監督時を踏襲したもので、プレイスタイルもほぼコピーなのだが大きく違っていたのは攻撃の自動化、構造化だった。

各所でトライアングルを形成、1タッチ2タッチのパスワークを自動化した。

その結果、ボールの終点はウイングのいるサイド深くになる。このパスワークによる構造の構築がアヤックスの強みだった。フィニディ・ジョージ、マルク・オーフェルマルスの強力なウイングの突破からのクロスボール、クリアを拾っての二次攻撃。サイドで失っても即時のプレスでボールを回収して攻め続けた。

この攻守の構造を作るためには中央でボールを失ってはいけない。そのためアヤックスのパスワークは外側回しである。辛抱強く守備ブロックを迂回する。中央へパスを入れるのもサイドを開けるのが主な目的という場合が多かった。

敵陣で攻守を行うというファン・ハールの構造主義は、現代サッカーにおける強豪チームのスタンダードになった。力量差が逆転しないように管理されたプレイスタイル。勝つべきチームが勝ちやすいようにゲームの形を定めてしまうわけだ。

ただし、代表チームはクラブチームほど構造主義を徹底できない。
最も大きいのは強力なウイングを持てるかどうかわからないところだ。クラブなら補強すれば済むが、代表ではそうはいかない。

ドイツ代表のユリアン・ナーゲルスマン監督は右にウイングプレイヤーのレロイ・サネ、左側はSBのダビド・ラウムが幅をとる形でハイクロスを連発、予選最終節のスロバキア戦を6-0と圧勝して予選突破を決めている。

システムは[4-2-3-1]で左サイドハーフはフロリアン・ヴィルツだが、典型的なウイングプレイヤーではない。攻め込みの際、ヴィルツは中へ入って左SBラウムが左ウイングとなっていた。CFに長身198センチのニック・ヴォルテマーデを起用。右SBから中央寄りに進出するジョシュア・キミッヒ、左から中央に入るヴィルツが中盤に厚みをつけて制圧。サイドを開けてサネ、ラウムがハイクロスを連発する構造を作っていた。

ウイングの人材不足と人材過多 対照的なラングニックとガルシア

[特集/監督からチームが見えてくる 01]その哲学がチームカラーを作る 「構造主義」を発展させる戦術家たち

近年のドイツサッカーを作り上げた戦術家ラングニック。彼の哲学に影響を受けた監督たちは「ラングニック派」と呼ばれ、ナーゲルスマンもそのうちのひとり。その手腕で28年ぶりのW杯出場を果たすオーストリアを躍進させられるか photo/Getty Images

ホッフェンハイムでブンデスリーガ最年少監督として注目されたナーゲルスマンが次に指揮を執ったチームはRBライプツィヒ。ライプツィヒの基盤を作ったのがラルフ・ラングニックで、現在はオーストリア代表監督を務めている。

ラングニック監督の構造の作り方はナーゲルスマンとは異なっていて、ボール支配にはさほど重きを置いていない。

特徴は縦に速い攻め込みとボール周辺の密集化だ。[4-2-3-1]システムのサイドハーフはマルセル・ザビツァーとパトリック・ヴィマーだが、どちらもウイングというよりMF。サイドで幅をとる役割は両SBになっている。ただ、ラングニック監督の戦術は横幅を使うよりも縦に刺すことを狙っている。縦にボールを送れる状況なら間髪入れず縦へ入れる。縦のクサビは1タッチでレイオフ。サポートした選手が拾って、さらに縦へ展開していく。そのためクサビをスイッチに追い越しが多発している。そしてクサビに伴う追い越しと周辺のサポートの結果、ボール周辺が密集化する。

密集化はボールを失った直後のプレッシングの強度につなげる。急所をつく縦に速い攻め込みと、密集化によるプレス強度。この循環がオーストリアの特徴である。
ただし、そのスイッチになるクサビのパスがなかなか出せないことも多い。外へ展開して構造を作ろうにも傑出したサイドアタッカーがいないという課題がある。

リュディ・ガルシア監督が率いるベルギー代表は優れたウイングプレイヤーを擁している。ところが、ジェレミー・ドクとレアンドロ・トロサールがどちらも左を得意としているのが悩ましい。トロサールをCFに起用、あるいはドクを右ウイングに置く形で2人の共存を図っているが決定版には至っていない。右サイドには機動力抜群のアレクシス・サレマーカーズもいる。優れたサイドアタッカー3人はうれしい悩みだが、どう最適解をみつけるか。

アンカーの「6番」にはニコラス・ラスキン、「8番」にはハンス・ヴァナーケン、ユーリ・ティーレマンス、そして「10番」にケビン・デ・ブライネ。伝統的な攻撃サッカーを指向するガルシア監督にとっては申し分ない人材が揃っている。あとはウイングの塩梅をどうするかと
いうところが目下の焦点だ。

現代を先取っていたビエルサ あえて緩い構造のアギーレ

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2023年、10年以上ぶりに代表監督に就任したビエルサ。クーラーボックスに座ってじっと戦況を見つめる姿はおなじみだ photo/Getty Images

南米を代表する戦術家マルセロ・ビエルサは70歳。しかし情熱は衰えを知らず、南米では母国アルゼンチン代表、チリ代表に続いて三度目の代表監督となったのがウルグアイ代表だ。



もともとビエルサはアヤックスの信奉者だった。1998~2004年にアルゼンチン代表を率いていた時にはアヤックス式の[3-4-3]システムを採用している。当時から洗練されたパスワークと機動力、マンツーマン守備は異彩を放っていて、現代サッカーに大きな影響を与えた監督といえる。

ビエルサ監督のプレイスタイルはその徹底ぶりから異端の感さえあったのだが、マンツーマンの守備は現在のハイプレスに採り入れられていて、その意味では20年先をいっていたといえるかもしれない。

ウルグアイ代表は伝統的にマークの強さとカウンターアタックによる堅守速攻を得意としてきた。その点でビエルサ監督の戦術と相性はいい。伝統に安定したビルドアップが加わっている。2024年コパ・アメリカで3位、W杯南米予選は4位で通過した。

かっちりとした構造の構築というより、ビエルサの戦い方はさらに踏み込んだ冒険的なところがある。守備の強度と攻撃のテンポは格上を相手にしても巻き込んで分解してしまう迫力がある半面、選手には最大限の集中力とチームへのコミットメントが不可欠。1人でもさぼれば瓦解する危うさを内包している。ただ、現代サッカーではそれを普通に要求されるようになっていて、ウルグアイ選手の気性にも合っているので期待できそうである。


北中米の雄、メキシコ代表はハビエル・アギーレ監督が三度目の指揮を執る。日本代表を率いていた時がそうだったが、メキシコ代表でも[4-3-3]を採用。各ポジションに起用する選手の特徴と役割が明確なので、まとまりも良くプレイしやすさもあると思う。[4-3-3]という枠組みはあるものの、その中でのプレイは伝統に則ったものなので選手には全く違和感はないだろう。構造は明確にあるが、監督がそれを選手に押し付けるような具合にはなっていない。

現代サッカーの構造主義において、選手は監督の考えを実現するコマになってしまっているところがある。本来、サッカーはその瞬間における選手の判断がほぼすべてといっていい。勝つためには、しっかりした構造を作らなければならないが、一方でそれは選手にとってはノイズになりうる。監督の考えを違和感なく選手が実行できるように、血肉化すべく、トレーニングに工夫を施すのが現代の監督の手腕になるわけだが、それに注力するあまりに選手の自由を奪っているケースも多く、そもそも代表監督にはそれだけの時間は与えられていない。

その点で、アギーレ監督の「やりすぎない」アプローチは監督のオーダーと選手の才能発揮のバランスが良い。ある意味、無理矢理に勝とうとしない監督といえるかもしれない。

ポチェッティーノは戦術家以上に戦略家に

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年俸はアメリカ代表の監督史上最高額となる600万ドル(当時8.5億円)。開催国の監督ということもあり、その手腕には大きな期待がかかる photo/Getty Images

北中米でメキシコのライバルであるアメリカ代表。監督はアルゼンチン人のマウリシオ・ポチェッティーノ。初の南米人監督だ。ボチェッティーノ監督はスペイン、イングランド、フランスのクラブを率いていて、戦術的にはヨーロッパナイズされている。

後方からのビルドアップで敵陣に運び、失ったら即時のプレス。ビエルサの影響が強いポチェッティーノにも構造主義がしっかり入っている。ただ、戦術的には現代の監督そのもので特異なタイプではない。ポチェッティーノ監督はモチベーターの資質も高く、若手の成長を促すなどヒューマンマネージメントでも力を発揮している。

米国代表監督として世界でも最高給になったといわれている。契約には米国サッカーの振興という大きな項目も含まれているそうだ。

26年W杯の開催国の中でもメインパートを担っている米国は、ホームアドバンテージを力に変えたい。そのためには国を動かす力が必要で、たんにサッカーの戦術というよりメディア対応なども含めた戦略家でなければならないが、ポチェッティーノ監督にはその資質があるかもしれない。

文/西部 謙司

※電子マガジンtheWORLD315号、3月15日配信の記事より転載

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