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著者の土信田 雅之が解説しています。

以下のリンクよりご視聴ください。
「 「風見鶏相場」はまだまだ続く?~米中で行われた「2つの演説」を読み解く~ 」


 3月相場入りとなった今週の株式市場。今週の日本時間5日(水)、米中で二つの演説が行われたことが市場の関心を集めました。


トランプ米大統領の「施政方針演説」で語られたこと

 その一つは、米国の上下院合同本会議で行われたトランプ大統領による「施政方針演説」です。


 厳密には日本時間の5日(水)、現地時間の4日(火)夜に行われたのですが、1月20日の就任時以来となる演説ということで、今後の政策運営についてどんな発言が出てくるかが注目されていました。


 施政方針演説としては、1時間40分という歴代最長となった内容の大半は、DOGE(政府効率化省)を中心とした政府の歳出削減や、移民政策への対応、ウクライナや中東の休戦交渉、パナマ運河の港湾事業を香港企業から買収合意を得たことなど、就任以来の成果をアピールすることに割かれました。


 肝心の政策面においては、減税政策の実施を強調し、出席した議員たちに協力を求めたことは好感されたものの、関税政策については、4月2日に予定されている相互関税の発動をあらためて表明したことで、足元の相場が警戒している、「関税発動による経済への悪影響」懸念はくすぶったままとなりました。


 このほか、今週後半に米国内で重要鉱物やレアアース(希土類)の生産を劇的に拡大するための歴史的な行動を起こすと表明したほか、アラスカで巨大な天然ガスパイプラインの建設に取り組み、日本と韓国からの資金提供を望んでいること、米国の造船業を復活させるべく注力することなどが語られました。


 これらについては、「捉えどころのない話」の印象もあり、詳細が判明した段階で材料視されるかもしれませんが、現時点では市場が織り込みにくい内容だったと思われます。


トランプ演説を受けて米国株市場はどう反応した?

 これまで見てきたように、トランプ米大統領の施政方針演説を受けた、5日(水)の米国株市場の動きを主要株価指数で確認すると、ダウ工業株30種平均が1.14%高、S&P500種指数が1.11%高、ナスダック総合指数が1.46%高となりました。


 主要株価指数がそろって上昇した格好となりましたが、演説の内容が評価されたというよりは、この日に出てきた経済指標の結果や、先日発動されたカナダとメキシコへの追加関税のうち、自動車については1カ月間の適用除外になったと報じられ、関税政策への過度な不安がやや緩和されたことによる反応の面が大きかったと思われます。


<図1>米NYダウの1分足の動き(2025年3月5日)
二つの首脳演説、米国株・中国株市場の反応は?~トランプ関税に残した火種(土信田雅之)
出所:MARKETSPEEDII

 実際に、上の図1で3月5日の米NYダウ(ダウ工業株30種平均)の1分足チャートを見てみると、この日の始値(4万2,518ドル)は、前日終値(4万2,520ドル)とあまり変わらない株価水準となっていました。演説内容を好感したのであれば、もう少し高いところから取引がスタートしても良いはずです。


 また、その後の値動きを見ると、市場予想よりも強い結果となった米2月ISM(米サプライマネジメント協会)非製造業景況指数の発表をはじめ、トランプ米大統領とカナダのトルドー首相が電話会談したことや、カナダとメキシコへの関税のうち、自動車の適用除外を検討していると報じられたタイミングで株価が上昇していたことが確認できます。


 つまり、今回のトランプ米大統領の施政方針演説は、これまでのところ、市場で大きな材料にならなかったと考えられます。


中国全人代の「政府活動報告」

 そして、もう一つの演説が、中国の全人代(全国人民代表大会)の開幕に合わせて、李強首相が行った「政府活動報告」です。


 この報告については、中国における今年のGDP(国内総生産)成長率目標が示されるほか、経済を含む主な政策の方針やその内容などが見えてくるということで、毎年3月になると話題になる中国の重要イベントです。


 これを受けた5日(水)の中国株市場は、上海総合指数が前日比で0.53%高、香港ハンセン指数は2.84%と上昇し、そろって良好な初期反応を見せました。翌6日の取引でもそれぞれ3.29%高、1.17%高と続伸しています。


<図2>世界主要株価指数のパフォーマンス比較(2024年末を100)(2025年3月6日時点)
※米国と欧州は3月5日時点
二つの首脳演説、米国株・中国株市場の反応は?~トランプ関税に残した火種(土信田雅之)
出所:MARKETSPEEDIIおよびBloombergデータを基に作成

 上の図2は昨年末を100とした、世界の主要株価指数のパフォーマンス比較ですが、特に香港ハンセン指数の上昇が際立っています。


 その一方、上海総合指数も上昇はしていますが、「材料に反応した割には微妙」なレベルです。実はこの点を読み解くことが今後の中国株をウオッチしていく上で重要になってくると思われます。


政治的思惑で香港株市場のテック相場は続く?

 結論から言ってしまうと、今回の中国全人代の「政府活動報告」の内容にサプライズがなく、ほぼ事前の予想通りだったこと、そして、報告内でAI支援に言及する場面が度々あったことで、アリババやテンセントなど、テック企業が多く上場している香港株が物色され、株価上昇が大きくなりました。


 香港株の盛り上がりは、まだ記憶に新しい1月27日の「DeepSeek(ディープシーク)ショック」をきっかけに、中華テック株への注目が高まったことで始まりましたが、これに加え、先月2月17日に習近平主席が大手民間企業の幹部を北京に招いて開催したシンポジウム、そして今回の全人代でのAI支援の言及と、政治的な動きも後押しになっている格好です。


<図3>香港ハンセン指数銘柄の上昇率上位(2025年1月27日~3月6日) 順位 ティッカー 銘柄名 株価
(香港
ドル)
1月27日 株価
(香港
ドル)
3月6日 騰落率(%) 1 241 阿里健康信息技術(アリババヘルスインフォメーションテクノロジー) 3.46 5.69 64.45 2 9988 アリババグループHD 87.25 140.80 61.38 3 1810 小米集団(シャオミ) 37.10 54.90 47.98 4 981 中芯国際集成電路製造(SMIC) 38.15 56.30 47.58 5 1024 快手科技(クアイショウ・テクノロジー) 42.10 60.80 44.42 6 762 中国聯通(チャイナ・ユニコム) 7.10 9.80 38.03 7 700 騰訊控股(テンセントHD) 395.60 544.00 37.51 8 2382 舜宇光学科技(集団)(サニーオプチカル・テクノロジー) 70.15 93.05 32.64 9 992 聯想集団(レノボ・グループ) 9.49 12.50 31.72 10 1211 比亜迪(BYD) 274.80 361.60 31.59 11 1 長江和記実業(シーケー・ハチソンHD) 39.35 51.55 31.00 12 6618 京東健康(JDヘルス・インターナショナル) 31.15 40.80 30.98 13 1929 周大福珠宝集団(チョウタイフックジュエリーグループ) 6.78 8.79 29.65 14 2269 薬明生物技術(ウーシー・バイオロジクス・ケイマン) 18.46 23.55 27.57 15 688 中国海外発展(チャイナオーバーシーズ・ランド&インベスト) 12.26 15.26 24.47 出所:Bloombergデータを基に作成

 上の図3は、香港ハンセン指数構成銘柄で、1月27日~3月6日までの上昇率の上位ランキングをまとめたものですが、テック株を中心に大きく上昇している銘柄が多いことが確認でき、基本的な流れは変わっていないと思われます。


 香港のテック株については、 こちらのレポート でも解説していますが、中国株市場は、政治的な思惑を材料に相場を形成することが珍しくなく、足元のテック株を中心とする香港株市場の上昇はもうしばらく続くかもしれません。


 その一方で、中国全体の景気の先行きについては、今回の報告を受けて、期待感があまり高まらず、上海総合指数の上昇が限定的になったと考えられます。


 確かに、2025年のGDP(国内総生産)成長率目標は「5%前後」と、前年と同じ高水準を維持しましたし、「適度に緩和的」な金融政策を維持し、さらなる政策金利や預金準備率の引き下げる用意があることも述べられました。


 さらに、財政赤字額の対GDP比を従来の3%から4%に引き上げて、財政政策を積極的に打ち出す姿勢もアピールしています。実際に確認できる範囲では、期限が10年以上の特別国債を1兆3,000億元発行するほか、地方政府のインフラ債も4.4兆元に拡大して発行するなど、前年よりも規模が拡大しており、「それなりの本気度」が感じられます。


 ただし、調達した資金は、銀行への資本注入をはじめ、地方政府および融資平台の債務削減、在庫住宅の買い取りなどが中心となっていて、「景気を押し上げる」というよりは、「状況を悪化させない」ために使われる印象です。


 もちろん、消費促進のために、耐久財の買い替えの補助金にも3,000億元割り当てられる見込みで、日本円換算で6兆円と金額は大きいものの、昨年に打ち出した買い替え補助金政策とあまり変わらない規模感であるほか、その効果も限定的だったことを踏まえると、積極的に好感されなかったと思われます。


 これに加え、米中関係の不透明感も考えると、景気回復を期待する中国株買いが本格化するには、経済指標の継続的な改善傾向を確認するほか、追加の財政政策が出てくるなどの新たな動きがない限り、まだ時間がかかるかもしれません。


風見鶏相場はまだ続く?トランプ関税に残した「火種」

 これまで見てきたように、今週注目された二つの演説は、金融市場に大きな影響を与えることはなかったと言えそうです。引き続き、米トランプ米政権の不確実性によって、市場が見据えることができる将来の時間軸が短くなりがちな中で、目先の材料に株価が振り回される「風見鶏相場」がしばらく継続することになりそうです。


 しかしながら、今のところ無風となっているトランプ米大統領の施政方針演説については、少し気掛かりな「火種」を残している点には注意が必要かもしれません。


 その火種とは、演説中の米共和党議員の反応です。多くの共和党議員がスタンディングオベーションでトランプ大統領を迎え、演説を聴いていたのですが、話題が関税政策に移った時に、少なくない議員が着席した様子が報じられており、関税政策をめぐっては共和党内で意見が割れていることを示唆する格好となりました。


 トランプ政権はこれから議会と協力して予算を成立させ、そして減税政策を承認してもらう必要があるだけに、政権と議会との関係が重要になってきます。


 今後、トランプ大統領が議会の協力を得るために、強硬的な関税政策を緩和するなどの動きが出てくれば、株式市場も好感すると思われますが、その反対に、トランプ大統領がかたくなになって議会との関係が拗れるようなことになれば相場が荒れることも考えられます。


 トランプ大統領は、前回の政権時と比べて株価に言及することが少なくなっていますが、下の図4が示すように、昨年11月5日の大統領選挙時からの株価推移(NYダウ)を見てみると、直近の他政権時や平均を比べてパフォーマンスが落ちてきており、そろそろ株価を気に掛けて、株式市場に対してフレンドリーな発言や行動が出てくるかもしれません。


<図4>米大統領選挙前後のNYダウのパフォーマンス比較
二つの首脳演説、米国株・中国株市場の反応は?~トランプ関税に残した火種(土信田雅之)
出所:Bloombergデータを基に作成

 とはいえ、今後どうなって行くのかを現段階で予想することはできませんので、少なくとも相場が荒れてしまう可能性については頭の片隅に置いておいた方が良さそうです。


(土信田 雅之)

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