「トランプ関税」に端を発し激化する米中貿易戦争が中国経済への下振れ圧力となっています。4月のPMI(購買担当者指数)は軒並み悪化。

習近平指導部が経済情勢を審議し、景気を支えるための一連の方針を打ち出しました。その中には、「トランプ関税」が中国経済に与える影響を強く意識した項目も含まれていました。動き出した米中関税交渉にも要注目です。


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著者の加藤 嘉一が解説しています。以下のリンクよりご視聴ください。
「 習近平がトランプ関税に危機感、4月PMI悪化。米中関税交渉に動き? 」


写真:Martin Puddy / Getty Images


4月PMIから見る中国経済の現在地

 今年3月の全人代(全国人民代表大会)で示された2025年度の経済政策にも如実に表れていたように、習近平(シー・ジンピン)総書記率いる中国共産党指導部は昨今、海外で生じる不確実性が与え得るショックを、中国経済にとっての最大の影響と認識しているように見受けられます。


 中国政府は2025年の経済成長率目標を昨年同様「5.0%前後」に設定しました。一方、財政出動と金融緩和を含め、昨年以上にマクロコントロールを強化していかなければ、この目標は達成し得ないという危機感もあらわにしてきました。


 そんな中、1-3月期のGDP(国内総生産)実質成長率は前年同期比5.4%増と市場予想を上回り、「幸先の良いスタート」を切ったかに思えました。一方、第2四半期の初月に当たる4月以降は、今年1月20日に米国で誕生した第2次トランプ政権が繰り出す追加関税措置の影響を本格的に受ける形で、中国経済にとって下振れ圧力となるリスクが警戒されてきました。


 例として、最近発表されたPMI(購買担当者指数)を見てみましょう。


 以前も本連載で扱いましたが、中国では二つのPMI指数が混在しているのが実態で、一つが中央政府機関である国家統計局が発表する「PMI」、もう一つが中国を代表する民間の経済・金融メディアである財新(Caixin)が発表している「財新PMI」です。PMIは約4,300社を対象とし、国有企業の比重が高いのが特徴です。財新PMIは、調査対象が約650社と少なめですが、経済が発展した沿岸部における中小企業のウエートが高く、景気の上下動に対してより敏感な反応を示す企業を対象としている特徴があります。


 4月の数値を前月の数値と比較すると以下のようになります。


  4月 3月 PMI 49.0 50.5 非製造業PMI 50.4 50.8 財新PMI 50.4 51.2 財新非製造業PMI 50.7 51.9 中国国家統計局と財新/S&Pグローバルの発表を基に筆者作成

 景気の節目となる50(上回れば景気拡大、下回れば景気後退)を下回っているのは、中国政府が発表するPMIのみではありますが、非製造業を含めた四つ全ての指標で4月が3月を下回っており、かつ下げ幅も比較的顕著だと言えます。PMIは過去1年で最も悪い数値、財新非製造業PMIも7カ月ぶりの低水準となりました。


「トランプ関税」の本格的発動を受けて、新規受注が減少している状況が影響しているという観測や懸念が広がっています。


GW直前に経済情勢・政策を集中審議

 習近平氏率いる中国共産党指導部にとって、中国経済が直面する景気の下振れ圧力は決して想定外ではありません。


 中国が「五一労働節」と呼ばれるゴールデンウイーク休暇(5月1~5日)に入る直前の4月25日、中国共産党の最高意思決定機関である中央政治局が常務会議を開き、経済情勢と政策について集中的に審議を行いました。会議は冒頭で、次のような現状認識を打ち出しています。


「我が国の経済が持続的に回復、改善するための基礎をより一層固める必要がある。外部がもたらすショックの影響は増加している。ボトムライン思考を強化し、不測の事態への備えと対策を充実させ、経済政策を着実に行っていかなければならない」


 その上で、経済情勢を安定させるために以下のような政策措置を打ち出すべきだという指示を出しています。

私が重要だと考える項目をいくつか挙げます。


  • 従来以上に積極的で有為的なマクロ政策の実施を強めること。より積極的な財政政策と適度に緩和的な金融政策を十分に活用していくこと。
     
  • 地方政府特別債券、超長期特別国債などの発行と使用を加速すること。適宜利下げを行い、十分な流動性を保持し、実体経済への支持に一層力を入れること。
     
  • 低中所得層の収入を向上させ、サービス消費を大々的に発展させ、消費が経済成長を促す機能を増強させること。消費という分野における規制を一刻も早く取り除くこと。
     
  • あらゆる措置を使って経営が困難な企業を支え、融資による支持も強化すること。
     
  • 地方自治体の企業向け未払金問題の解決を加速すること。不動産市場の安定的態勢を持続的に強化すること。資本市場の安定化と活性化を持続すること。

 これらの具体的な方針や政策を打ち出した上で、雇用、企業、市場、成長期待値を安定化させるべきだと主張しました。

共産党指導部として、外部環境の不確実性が国内経済に与えるショックやリスクを図り切れない中、「安定性」「安定感」「安定化」を最優先に据えた経済政策を引き続き展開していくものと思われます。


米中協議の行方は?

 中央政治局の常務会議への参加資格を持つ24人の委員、特に7人の常務委員というのは党員が1億人を超える中国共産党におけるトップ・オブ・ザ・トップですから、この日の会議で決められたのは、党指導部としての方針であり、中央政府、地方政府、および中央銀行や証券監督管理委員会などを含めた各国家機関は、その方針を基に、それぞれの持ち場で政策や措置を策定し、実行していくことになります。


 実際、GW連休明けから間もない5月7日、中国人民銀行(中央銀行)の潘功勝総裁が記者会見で、商業銀行への資金供給で用いる7日物の短期金利を0.1%、市中銀行から強制的に預かるお金の比率を示す預金準備率を0.5%引き下げる政策を発表しました。利下げは2024年9月以来、8カ月ぶりとなります。中央政治局の会議が示した方針を受けての措置であることは明白です。


 4月25日の会議が米国のトランプ政権を強く意識、警戒していた点はやはり特筆に値します。例えば、「国内経済工作と国際経済貿易闘争を協調的に統合すべきだ」という箇所。「闘争」という言葉を赤裸々に使用しています。昨今の情勢下において「国際経済貿易闘争」を繰り広げる相手が米国を指しているのは火を見るよりも明らかです。


 私が日頃意見交換をする中国の政府や市場関係者は、トランプ政権との間で繰り広げられる貿易戦争、およびそれに対する各対策など一連のプロセスを「これは戦争なのだ」と表現します。最高意思決定機関が米国との貿易戦争を「闘争」という言葉で修飾している事実は非常に重いと思います。「国際社会と連携し、多国間主義を積極的に守り、一方的ないじめ行為に反対する」とも主張。

米国のトランプ政権に対する批判とけん制である点は明らかです。


 また、「国民生活を守る」という文脈において、「関税の影響を比較的大きく受ける企業に対して、雇用維持のために返還される失業保険金の割合を増やす」という方針を示しました。「関税」という名詞を直接的に使用している点も重要ですし、トランプ関税、および米中貿易戦争によって、中国国内で失業者が増え、失業率が上がるリスクを内包しているという意識を党指導部が抱いている現状を示しています。


 ここに来て、トランプ政権は中国側に対して、関税を巡る協議をすべく話を持ち掛けています。中国側もそのやり取りは認めており、米国側の態度や出方をうかがってきていました。私自身、中国側としては安易な妥協はしない、自ら歩み寄る形で協議に臨むこともない。米国側が「誠意」を見せ、追加関税の撤廃に向けて自ら動き出したと判断した際に、何らかの形で協議に応じるのではないかと予測してきました。


 そんな中、5月7日、中国商務部の報道官が「世界各国の期待、中国側の利益、米国の関連業界や消費者たちの呼びかけに基づき、中国側は米国側と接触することに同意することを決定した」と発表。今週、米国側はベッセント財務長官とグリア通商代表部(USTR)代表が、中国側からは何立峰国務院副総理がスイスでハイレベル交渉を行う旨が米中それぞれから発表されました。双方による関税交渉は何らかの着地点を見いだすのか。注目していきたいと思います。


 本稿では、米中貿易戦争の影響を受ける形で中国経済に下振れ圧力が高まっていること、中国共産党指導部として危機感を持ち、具体的な政策方針を打ち出していること、「トランプ関税」が中国経済に与える影響と中国側のスタンス、および米中間の最新の関税交渉動向について検証してきました。

情勢は流動的で、マーケットへの影響を含め予断を許さない状況が続くと思われます。本連載でも適宜アップデートしていきます。


(加藤 嘉一)

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