資産形成をスタートするということは、最終的には資産を築いた後のゴールがあります。ゴールをどこに置くかは人それぞれですが、出口戦略も重要だということです。
お悩み
継続していた資産形成で運用額が目標金額まで達成できたが…
山本 悟さん(仮名)・会社員・50歳男性(既婚、共働きで子どもはいない)
山本さんは夫婦で会社員として働きながら、毎月の余裕資金から資産形成を長年続けていました。家は持ち家ですが、二人でペアローンを組んで早期返済を目指していたのでローン残高はもうほとんどありません。子どもはいなかったので、その分の支出がほとんど貯蓄に回り、資産形成の原資となっていました。
老後の資産形成と考えてした資産運用ですが、だいぶ初期の頃からNISA(ニーサ:少額投資非課税制度)を利用していたこともあり、積立金額と含み益がかなりの金額になっており、夫婦二人で老後を過ごすには不安がない程度の残高にまで増え、資産形成として成功できたと言って良い状況です。
といってもまだ老後を考えるには早く、しばらくは仕事をしていく予定ですが、これまで資産形成をすることを目的に運用をしていたので、取り崩して使うことはあまり考えていませんでした。せっかく運用がうまくいって含み益が多くなっているので、売却して含み益を確定させることもなんとなく残念な気もしています。
山本さんが資産形成後の出口戦略をうまく行うためには、どんなことに注意したら良いでしょうか?
資産形成の出口戦略は「資産の取り崩し方」と「継続運用の仕方」で考える
資産形成はただ資産を築くことを目的としているのではなく、積み立てた資産をどのように活用して、最終的にはどのように運用資産を取り崩していくかの出口戦略まで考えることになります。
運用開始からそこまで考えている人は少ないでしょうが、老後資金だけでなく教育資金や住宅購入資金など、人によってその出口はまちまちとなるでしょう。
出口戦略として、「一括売却」なのか何度かに分けて売却(取り崩し)するのかによって話は変わります。一括売却なら運用はしないということになりますが、何度かに分ける場合は運用を継続しつつ取り崩すということになります。
投資信託の場合には定期売却の方法として、取り崩しの「金額指定(定額)」「解約率指定(定率)」「期間指定」などを選ぶことができるサービスもあります。
どの取り崩し方が正解か?と選ぶのではなく、自分や家庭のライフプランや投資目的、運用方法に合わせて最適な方法を選ぶことです。当たり前ですが個人個人によって事情は異なりますので。
しかし、何か参考になるものがなければ困るのも確かです。そのため参考となる考え方や手法があるわけですが、今回はその中でも誤解されがちな出口戦略についてお伝えしたいと思います。
やってはいけない運用の出口戦略1:目標金額の設定に注意「老後2,000万円問題」
資産形成をするときに必ずしも皆さん目標金額を定めているわけではないようですが、一つの区切りとして目標金額をイメージしていただくことをおすすめしています。資産形成の目標となる金額として話題になったのが「老後2,000万円問題」です。
老後2,000万円問題では、金融庁が発表した報告書によると定年後の夫婦無職世帯は、年金収入だけでは平均寿命の延びた現代では不足し、安定した老後を過ごすには約2,000万円の貯蓄が必要となると示していました。この話題により老後に向けた資産形成の重要性が認識されたと言っても過言ではないと思います。
ただしニュースでは2,000万円という金額ばかりが注目されてしまいました。重要なことは報告書にも記載されていたように「各家庭個別の状況」によって必要な資金(=資産形成の最低目標額)は大きく異なるという点です。
この時は「老後」が注目されましたが、現役世代ならもう少し短期的なライフイベントや少ない金額を目先の目標にするべきでしょう。長期投資をするにしても遠すぎるイベントでは現実感がありませんし、大き過ぎる金額はハードルが高くなり過ぎます。目先の問題や無理のない金額から徐々に先の将来を見据えたり、金額を増額したりしていきましょう。
やってはいけない運用の出口戦略2:取り崩し方に注意「4%ルール」の意味
お金に悩まない経済的な自立と働かない早期リタイアを目標に、FIRE(Financial Independence, Retire Early)を目指すという考え方もあります。FIREを目指す上で、資産を取り崩しながら生活するための「トリニティ4%ルール」がよく参考にされます。
4%ルールとは、トリニティ大学の研究チームが1998年に発表したもので、株式と債券を組み合わせたポートフォリオなら、毎年一定の割合を取り崩しても、30年以上は資産が枯渇する可能性が非常に低いという理論(1926~1995年の70年間にわたり、株式と債券を50%ずつの比率で運用しながら年4%の割合で取り崩した試算)です。
この理論から、FIREを達成するためには、年間支出の25倍の資産を貯めることが目標といわれています。例えば、年間支出が500万円の家計の場合なら、1.25億円の資産を築くことが目安になる、という話になります。
ここで注意するべきは、そもそも4%という数値は単なる投資のリターンではなく、リターンから物価上昇率(インフレ率)を引いた数値なので、インフレ率が3%ならリターンは7%が必要ということになりますし、生活費をそこから出すなら税金の考慮も必要です。
この理論はあくまで過去の試算であり、取り崩しから間もないタイミングで相場が大きく下落した場合などの運用成果やインフレ率の変化によっても、結果は大きく変わってきます。
一定金額を貯めればあとは資産運用しておけば問題ないというわけではなく、相場や環境の変化に対応することは必要です。自分が望む生活設計に余裕を持った資産形成を計画して実行するだけではなく、変化する状況に適応することが重要です。
やってはいけない運用の出口戦略3:運用商品の選び方に注意「株式&債券の比率」
お客さまから投資相談を受けていると、一定の資産額になると株式と債券の比率を考慮する人が増えるように思います。株式と債券の比率を年齢から判断して「100-年齢」や「120-年齢」を参考にする考え方があるようですが、個人的にはこれでは情報が少な過ぎると感じています。
株式と債券の比率を考えるなら年齢やリスク許容度、資産状況、さらには投資経験や今後のライフイベントによって異なります。確かに年齢の要素は重要ですが、同じくらいに資産状況も加味する必要があります。
確かに一般的に、年齢が若いほど株式の比率を高く、年齢が上がるにつれて債券の比率を高くすることは理論的に正しい選択肢の一つといえます。さらにいえば資産額が増えるほど、リスクを抑えても投資元本が大きいために十分な収益を得ることができるため、債券投資を好む方の比率も増えていきます。
一般的には年齢と資産額によって投資目的が変化し、投資する株式と債券の比率も適した配分になっていくものです。
出口戦略を知ると運用にも詳しくなれる
資産形成は目的ではなく、自分にとって必要な資産を築く手段である
どのくらいの資産があれば満足できるのか、安心できるのかは人それぞれです。それどころか、金融機関で働いたり、独立してから富裕層といわれる方々と接していたりすると、経済的な不安はない方がほとんどであるにもかかわらず、生活に満足しているかどうかは別だということがよく分かります。
結局は経済的な不安がなくなるほどの資産があったとしても、それだけでは自分の満足度を高めることは限度があるということです。資産のある方はお金ではないものを求めるようになってきます。
もちろん経済的な自立をするために資産形成をすることは重要です。ただ、資産を築くことはあくまで経済的な手段を得ることであって、本来の目的ではないことを忘れないようにしましょう。
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(西崎努)