米国株は8月初日から軟調なスタート。その後、持ち直す底堅さも見せています。
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著者の土信田 雅之が解説しています。以下のリンクよりご視聴ください。
「 それでも米国株は「不安の崖」を登るのか? 」
軟調スタートも適度な調整にとどまった米国株
8月相場入りを迎えた米国株市場は、先週1日(金)の取引で、ダウ工業株30種平均が1.22%安、S&P500種指数が1.6%安、ナスダック総合指数が2.23%安とそろって下落するスタートでした。
下落の要因となったのは、別のレポートでも紹介したように、この日に公表された米雇用統計で、過去2カ月分の非農業部門雇用者数が大幅に下方修正されたことがサプライズになったほか、トランプ米大統領が8月7日に総合関税を発動する旨の大統領令に署名したことで、米関税政策に対する警戒感があらためて意識されたこと、そして、前日引け後に決算を発表したアマゾン株が約8%の下落を見せたことなど、ネガティブな材料が重なったことが影響しました。
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ただし、今週に入ってからは持ち直す動きとなっていて、先週までの最高値をうかがう展開からはややトーンダウンしてはいるものの、相場自体は堅調さを保っています。
<図1>米NYダウ(日足)とMACDの動き(2025年8月6日時点)

上の図1は米NYダウの日足チャートになります。
先週1日(金)に株価が下落するも、50日移動平均線がサポートとなって反発し、相場が崩れずに済んでいる様子がうかがえますが、上値についても、6日(水)時点で25日移動平均線を上抜けできておらず、株価の戻りの鈍さも感じさせています。
ただし、株価の動きと下段のMACDの動きに注目すると、株価の下値が切り上がる一方で、MACDの下値が微妙に切り下がる「逆行現象」となっていることが分かります。
逆行現象には「トレンド転換型」と「トレンド継続型」の2種類がありますが、上の図1で出現しているのはトレンド継続型ですので、まだまだ株価が上昇していく余地は残されていると思われます。
また、こうしたトレンド継続型の逆行現象は、S&P500とナスダックでも確認できます。
<図2>米S&P500(日足)とMACDの動き(2025年8月6日時点)

<図3>米ナスダック(日足)とMACDの動き(2025年8月6日時点)

さらに、S&P500とナスダックについては、25日移動平均線がサポートとして機能していることもあり、1日(金)に見せた株価の下落は、株価と移動平均線とのあいだに生じた距離を埋める「値幅調整」の良い機会になった格好に見えます。
このように、日足チャートから受ける米国株の印象は強気と言えそうですが、実は、注意すべきなのは、やや大きめの陰線となっている7月31日(木)のローソク足かもしれません。
その理由は後ほど説明しますが、その前に、相場環境についても整理していきます。
米国株は「不安の崖」を登っていけるのか?
あらためて、米国株市場を取り巻く状況を見ていくと、必ずしも良好とは言えません。
例えば、先日に合意に至った日米関税交渉では、25%から15%に引き下げられた新たな自動車関税の発動時期がまだ不確定であるほか、5,500億ドル規模の米国への投資の内容や認識など、時間の経過とともに両者のあいだに食い違いも目立ち始めています。こうした食い違いは日本だけに限らず、合意したほかの国ともあいだにも少なからず生じているようです。
そのため、この先も「思っていたのと違う」という場面が増えそうなことが想定されるほか、政治的な理由でブラジルやインドに対して追加分の関税が上乗せされる事例も出てきており、トランプ米大統領が不満を抱いた際には、通商面、政治面を問わず、追加で関税が課される可能性があること、そして、半導体分野を対象とした分野別関税の実施がトランプ米大統領から示唆されており、米国の関税政策をめぐる動向は、関税交渉の合意をへた現在でも不透明感がくすぶっています。
また、そろそろ企業決算シーズンが一巡するタイミングに差し掛かり、個別の材料が乏しくなりつつある中で、米国の景況感やインフレ動向に相場の視点が向かいやすくなります。
米雇用統計については先ほど紹介した通りですが、今週5日(火)に公表された7月米サプライマネジメント協会(ISM)非製造業(サービス業)景況感指数についても、その結果が50.1となり、前月(50.8)から減少し、市場予想(51.5)も下回るなど、最近の米国の経済指標で景気の減速をにおわすものが増え始めています。
<図4>米ISM非製造業景況指数の推移と米景気後退局面

ちなみに、米ISM非製造業景況指数では、数値が50を上回るか下回るかが好不況の目安になります。今回の結果はギリギリ50を上回っていて、現時点で過度に景気後退入りを警戒するレベルではありませんが、上の図4にもあるように、米ISM非製造業景況指数が本格的に50を下回ったところで景気後退局面入りしていることが分かります。
2022年から現在に至る3年間は、たびたび50を下回る場面がありながらも、断続的であるほか、大きく下振れることもなく、そこそこの景況感が続いてきたことになります。
もっとも、こうした景気減速の兆候は、米金融政策の利下げ観測を高めることにつながります。債券市場で金利が低下し、株式市場の相対的な割高感が薄れることで株が買われやすくなり、足元の相場においても、利下げ期待が相場を支えている面があると思われます。
来週の米インフレ指標が焦点
ただし、来週の米国では、消費者物価指数(CPI)や卸売物価指数(PPI)、輸入物価指数などのインフレ関連の経済指標の発表が予定されています。
仮に、これらの指標で米国のインフレが加速、もしくは高止まりしている結果となった場合「景気が減速しているのに利下げしにくい」状況となるため、最近まで鳴りを潜めていたスタグフレーションへの警戒感が高まる可能性があります。
<図5>米消費者物価指数の推移

上の図5は米CPIの推移を示しています。
図では、総合指数とコア指数それぞれの前月比と前年比の動きを4本の線で描いていますが、直近2カ月(5月分と6月分)の動きが上向きになりつつあり、ちょっとインフレが進行する雰囲気が感じられます。
それだけに、来週公表される7月分の結果が注目されるわけですが、ここで思い出したいのは、図1で「注意すべきかもしれない」と指摘した先週7月31日(木)のローソク足です。実は、この日に公表された経済指標が株価下落の要因となりました。
その一つが、米6月個人消費支出(PCE)です。この指標の内訳にある物価指数については米連邦準備制度理事会(FRB)も重要視していて、その結果は前年同月比で2.6%の物価上昇となり、市場予想(2.5%)を上回り、インフレへの警戒が根強いことを示唆しています。
景気が減速し過ぎても良くない
反対に、インフレが鈍化する結果となった場合には、利下げ期待がより高まることによって、株式市場の初期反応はポジティブになりそうです。
とはいえ、今後も景気の減速がさらに進行してしまった場合には、FRBの利下げペースが、市場の想定しているマイルドなもの(0.25%ずつの利下げ)ではなく、0.5%など利下げ幅が大きくなることも考えられます。
この場合「FRBが対応に遅れた」ということになり、株式市場のムードがネガティブに傾き、景気減速が一時的にとどまるのか、それともある程度継続しそうなのかを見極めていくことが想定されます。
<図6>米S&P500の業種別騰落率の状況と主な銘柄

また、上の図6は、昨年末比での米S&P500業種(セクター)別の騰落状況を、セクター全体と時価総額上位10銘柄のそれぞれの平均をまとめたものですが、時価総額上位の騰落率を見ると、資本財と情報技術の上昇率が大きくなっていることが分かります。
資本財セクターとは、企業が製品やサービスを生産するために使用する設備や機械、部品などの製造や提供を行う企業群であるため、いわゆる「景気敏感株(シクリカル株)」になります。
現在は、米トランプ政権の規制緩和などの政策期待や、利下げ期待が資本財セクターの株価を押し上げていますが、景気後退が「結構ヤバい」という雰囲気に傾いた際には逆回転の売りが強くなる可能性があります。
経済指標の悪化が続いた場合「利下げ期待」から「景気後退を織り込む」動きに切り替わるタイミングを見極めることが重要になってきます。
確かに「相場は不安の崖を登っていく」という格言もありますが、無理に上値を追うのではなく、下がったところを拾うというスタンスで相場に臨むのも悪くないかもしれません。
(土信田 雅之)