世界の医療関連計測機器市場において、島津製作所、米アジレント・テクノロジーともにトップ5に入るメーカーです。2015年時点で同水準だった2社の利益率は、アジレント・テクノロジーの高収益化戦略により、現在は大きく開いている状況です。

2社の比較を通じて、島津製作所の今後の事業展開の可能性を考えていきます。


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著者の西 勇太郎が解説しています。以下のリンクよりご視聴ください。
「 島津製作所が秘めるPBR向上の潜在力!米同業アジレント・テクノロジーとの比較を通じて検証 」


医療関連計測機器市場の同業他社比で、島津製作所に割安感

 先週のレポートでお伝えした 島津製作所(7701:東京) (株価3,676円:9月29日終値)は、医療関連を中心とした計測機器市場において日本企業のトップ、世界でもトップ5に入るメーカーです。


 他方、同業の米 アジレント・テクノロジー(A:NYSE) (株価123.39ドル:9月26日終値)は島津製作所を上回る売り上げを誇り、世界のトップ3に入るメーカーです。ちなみにこの業界の世界トップは、米 サーモ・フィッシャー・サイエンティフィック(TMO:NYSE) です。


2025年9月25日:「 島津製作所を買い推奨!売上総利益が4期連続で過去最高を更新 」


 島津製作所とアジレント・テクノロジーは技術志向の企業であるのに対し、サーモ・フィッシャー・サイエンティフィックは規模と効率性をより重視するという違いがあり、今回は2社の事業や収益性について比較します。


 先週の記事にも示した自己資本利益率(ROE)と株価純資産倍率(PBR)の比例関係で見ますと、島津製作所は割安方向に振れていて、この割安度合いが解消された場合の島津製作所のPBR(図の青い点線に乗る水準)は3.5倍であり、相当する株価は6,000円です。他方、アジレント・テクノロジーはおおむね割安感がない状態となっています。


<主な計量・計測機器製造企業のROEとPBRの関係>


島津製作所が秘めるPBR向上の潜在力!米同業アジレント・テクノロジーとの比較を通じて検証(西勇太郎)
出所:各社資料より楽天証券経済研究所が作成

ROEの違いは当期純利益率と財務レバレッジの違いに起因

 島津製作所とアジレント・テクノロジーの直近期業績を比較すると、売上高と株主資本はともにアジレント・テクノロジーが島津製作所の1.8倍です。他方、時価総額は5.3倍と大きく異なっており、PBRの違い(島津製作所は2.2倍でアジレント・テクノロジーは6.4倍)に表れています。


    そのPBRの違いはどこから来るかというと、先に示した比例関係の図から読み取れるように、ROEの違いが大きな要因となっていると考えられます。


<島津製作所とアジレント・テクノロジーの直近期業績比較>


島津製作所が秘めるPBR向上の潜在力!米同業アジレント・テクノロジーとの比較を通じて検証(西勇太郎)
出所:島津製作所、アジレント・テクノロジーの資料などより楽天証券経済研究所が作成

     ROE(当期純利益÷株主資本) = 当期純利益率(当期純利益÷売上高) × 総資産回転率(売上高÷総資産) × 財務レバレッジ(総資産÷株主資本)


の3要素に分解する手法(デュポン分析)を使用するのが一般的です。

このやり方でROEを分解した結果を上の表の緑色の部分に示していますが、島津製作所とアジレント・テクノロジーのROEの違いは第一に当期純利益率の違い、第二に財務レバレッジの違いに起因していることがわかります。


過去9年間で当期純利益率の差が拡大

 第一の違いとして挙げた当期純利益率の違いですが、過去を振り返ってみると2015年度時点では島津製作所が7%、アジレント・テクノロジーが10%と、今ほど大きな違いではありませんでした。その後の9年でアジレント・テクノロジーは、当期純利益率を10%から20%へと倍増させるという成果を達成させたわけです。


<島津製作所とアジレント・テクノロジーのROE変化>


島津製作所が秘めるPBR向上の潜在力!米同業アジレント・テクノロジーとの比較を通じて検証(西勇太郎)
出所:島津製作所、アジレント・テクノロジーの資料などより楽天証券経済研究所が作成

 アジレント・テクノロジーの事業セグメントはライフサイエンス・応用市場セグメント(製薬、バイオ医薬、食品市場関連向け分析機器)、診断・遺伝学セグメント(臨床診断、がん診断、遺伝子解析関連分析機器)、ラボ支援セグメント(ラボ機器の保守・修理、消耗品供給、ソフトウエア)の三つに分かれます。


 島津製作所の事業セグメントと対応させると、「ライフサイエンス・応用市場」が島津製作所の「計測機器」、「診断・遺伝学」が島津製作所の「医用機器」、「ラボ支援」が島津製作所の「計測機器」のサービス部門と「医用機器」の保守部門を合わせたものにおおむね相当します。


<アジレント・テクノロジーのセグメント別業績推移>


島津製作所が秘めるPBR向上の潜在力!米同業アジレント・テクノロジーとの比較を通じて検証(西勇太郎)
出所:アジレント・テクノロジーの資料などより楽天証券経済研究所が作成

 アジレント・テクノロジーの事業セグメント別の売上高と営業利益の変化を見ると、2015年度から2024年度の9年間で三つの事業セグメントが増収、増益、利益率上昇を実現していることが分かります。この利益率上昇は2015年にCEOに就任したマイク・マクマレン氏が推進した利益率重視の経営が実を結んだ結果です。


 アジレント・テクノロジーは、2014年に電子計測部門を キーサイト・テクノロジー(KEYS:NYSE) として分社化することでライフサイエンス・化学分析・診断に特化する企業へと自社を再定義しました。


    そして、2015年にCEOに就任したマイク・マクマレン氏(1984年にヒューレット・パッカードで財務アナリストとしてキャリアをスタートし、2001年にアジレント・テクノロジーに参画)のもとで利益率上昇を推進しました。


    さらにライフサイエンス・応用市場セグメントと診断・遺伝学セグメントにおいては、幅広い用途(環境分析、食品検査、法医学など)に対応する汎用モデル(低収益)の取り扱いをやめていき、バイオ医薬品開発など特定の目的に特化した製品、最高級の分析精度を誇る製品など高収益製品へと、買収や合併(M&A)も積極的に行いつつ、製品ポートフォリオをシフトさせていきました。


 また、機器のメンテナンス、修理、消耗品供給などのサービスを、2015年にラボ支援セグメントという一つの独立した事業セグメントとし、単なる機器の保守・修理から、ラボ全体の運用効率と成果を支える統合サービス(他社機器も含めたラボ全体のクラウドベースの資産管理、運用最適化、機器の状態のリアルタイムモニタリング)へと進化させ、利益率上昇を実現しました。


 アジレント・テクノロジーが行った、汎用モデルの取り扱い停止と、保守・メンテナンスサービスのラボ向け統合サービスへの進化、この二つの戦略が島津製作所にも実現可能かどうかですが、前者については既存顧客への供給責任や供給関係を通じたビジネスの維持・拡大といった点で困難という見方もあるかもしれません。


    ただし、アジレント・テクノロジーも行ったようにM&Aの積極化を通じて高収益製品の構成比を高めることは可能と考えられます。

また後者のラボ向け統合サービスについては、より効率的なラボ運営にも資することですし、より実現可能性が高い戦略かと思われます。


島津製作所の財務レバレッジは同業他社に比べて低い

 島津製作所の財務レバレッジが1.4倍とアジレント・テクノロジーの1.9倍に比べて低いということは総資産に占める株主資本の割合が高いということなので、財務健全性が高くて良いという判断もあるかもしれません。


    他方で、資本を効率的に活用して収益を上げていくという観点では、財務健全性が高すぎるのも良くないという判断もありえます。この財務レバレッジの相場観を知るために他社とも比較してみると以下の通りとなります。


<主な計量・計測機器製造企業10社の主要指標>


島津製作所が秘めるPBR向上の潜在力!米同業アジレント・テクノロジーとの比較を通じて検証(西勇太郎)
出所:各社資料より楽天証券経済研究所が作成

 主要10社の財務レバレッジ中央値は2.0となっており、アジレント・テクノロジーの財務レバレッジが中央値水準である一方、島津製作所の財務レバレッジが他社比で低い状況にあることが分かります(ちなみに、後ほど触れますが、島津製作所の総還元性向は80%と他社と遜色ない水準です)。


島津製作所は4,000億円以上の使用可能資金を潜在的に有する

 仮に、島津製作所が財務レバレッジを2.0倍まで高めるとすると、下表の通りとなって、4,674億円を使用可能資金として確保でき、新たな設備投資やM&A、株主還元に用いることが可能です。


<島津製作所の使用可能資金試算(財務レバレッジを2倍に高めるケース)>


島津製作所が秘めるPBR向上の潜在力!米同業アジレント・テクノロジーとの比較を通じて検証(西勇太郎)
出所:島津製作所資料より楽天証券経済研究所が作成

 実際、島津製作所はこの資金調達力を背景に、2022年に日水製薬(臨床診断薬事業)を176億円で買収。2024年には米Activated Research Company(非上場)から触媒マイクロリアクター(触媒反応装置の一種)事業、医用機器販売代理店である米California X-ray Imaging Services(非上場)と立て続けに買収しました。


    これらの買収を経ても依然として財務レバレッジは2015年度より低い水準にあり、今後もM&Aが可能な状態にあります。M&Aを含めた事業拡大が実現できて、財務レバレッジが2.0倍まで高まった場合には、ROEが約50%上昇し、株価も50%以上となる可能性があります。


 もちろん使用可能資金4,674億円を配当や自社株買いなどの株主還元に充てるという選択肢もあります。ただし、前掲の「主な計量・計測機器製造企業10社の主要指標」の表に含めましたが、島津製作所の総還元性向は他社比ですでに遜色ない水準に達している状況です。


アジレント・テクノロジーの株価は長期的に120ドルから180ドルへ上昇する可能性も

 ここまで比較対象として挙げてきた米アジレント・テクノロジー(A:NYSE)ですが、1999年にヒューレット・パッカードがコンピュータ・プリンタ事業に集中するために、医療機器、電子計測、ライフサイエンス・化学分析の事業を分社化することで誕生しました。


その後、2001年に医療機器事業をオランダの コーニンクレッカ・フィリップス(PHG:NYSE) に売却し、2014年に電子計測事業をキーサイト・テクノロジー(KEYS:NYSE)として分社化することで、ライフサイエンス・化学分析に特化した現在の事業体制となりました。

その後マイク・マクマレンCEOのもとで利益拡大に努めてきたことは前述の通りです。


<アジレント・テクノロジーの当期純利益推移>


島津製作所が秘めるPBR向上の潜在力!米同業アジレント・テクノロジーとの比較を通じて検証(西勇太郎)
出所:アジレント・テクノロジー資料より楽天証券経済研究所が作成

<アジレント・テクノロジーの株価推移>


島津製作所が秘めるPBR向上の潜在力!米同業アジレント・テクノロジーとの比較を通じて検証(西勇太郎)
出所:アジレント・テクノロジー資料より楽天証券経済研究所が作成

 実際、アジレント・テクノロジーの過去9年間の業績変化を見てみると、売上高の伸び(1.6倍)以上に当期純利益が伸びて(3.2倍)大幅な当期純利益率上昇につながっており、それが時価総額の増加(3.0倍)に直結していることが見て取れます。


<アジレント・テクノロジーの業績(2015年度と2024年度実績の比較)>


島津製作所が秘めるPBR向上の潜在力!米同業アジレント・テクノロジーとの比較を通じて検証(西勇太郎)
出所:アジレント・テクノロジー資料より楽天証券経済研究所が作成

 アジレント・テクノロジーは今後も収益性と成長性を両立させる戦略を示しており、継続的な当期純利益率上昇が見込まれています。着実に資本蓄積が進む見通しで、現在の株価水準(130ドル)が維持された場合、2026年度にPBRは4.5倍まで低下します。逆に2024年度のPBR6.4倍を維持する形で資本蓄積とともに株価が上昇した場合、2026年度には180ドル近辺となる計算となります。


<アジレント・テクノロジーの業績予想>


島津製作所が秘めるPBR向上の潜在力!米同業アジレント・テクノロジーとの比較を通じて検証(西勇太郎)
出所:アジレント・テクノロジー、FactSetの資料などより楽天証券経済研究所が作成

(西 勇太郎)

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