■次期総裁が直面する「皇室の危機」
自民党総裁選はどのような決着を迎えるのか。
候補者の中で有力視されているのは、小泉進次郎・農水大臣と高市早苗・前経済安保担当大臣、林芳正・内閣官房長官の3人だ。
誰が総裁になっても、次の世代の皇位継承資格者がわずか1人しかいないという「皇室の危機」に真正面から取り組むことが、重要な課題になるはずだ。
この危機をもたらしている原因は何か。皇室もとっくに側室不在の一夫一婦制で少子化も進んでいるのに、明治以来の「男系男子」限定ルールを“うっかり”そのまま維持している。このミスマッチこそが原因であることは明らかだ。にもかかわらず、このような構造的な欠陥が見直されずに放置されている。
その結果、天皇皇后両陛下にお子さまがおられても、女性だからというだけの理由で、あらかじめ皇位の継承から除外されるという、不自然な状態が続いている。国民の多くが「女性天皇」を認めている(新聞社・通信社などの世論調査では7~9割の国民が賛成している)こととのギャップが激しい。
■高市早苗氏は問題解決にブレーキ
有力な候補者の中で、皇位継承問題について積極的に発言してきたのは、高市早苗氏だ。
かつての小泉純一郎内閣当時、先に述べた構造的欠陥の解消を目指して、天皇陛下のご長女、敬宮(としのみや)(愛子内親王)殿下の将来のご即位を織り込んで、女性天皇・女系天皇を可能にする皇室典範の改正に向けた本格的な検討が進められていた(そこでのヒアリングに私も応じた)。
「私自身は、『女性天皇』には反対いたしませんけれども……『女系天皇』それから『長子優先』という項目については、もう少し慎重に検討もしていただきたいし、党内でも議論を深めたい」
■「愛子天皇」に「ノー」を突き付けた
「仮に、愛子様が天皇に即位されたら……(そのお子さまの場合は)『男系男子』に限って正確に受け継がれてきた初代天皇のY染色体というものはそこで途絶している」
女性天皇には反対しないと言いながら、まだ次世代の男性皇族もいなかった時点で、女系につながるという理由から、「愛子天皇」の可能性にノーを突きつけていた。しかもその理由づけとして、国会という場でいかがわしい「Y染色体」論を振り回していたのには、少し驚く。
高市氏の質問に政府サイドから答弁したのは、当時の内閣官房長官、安倍晋三氏だった。
この時の答弁で、安倍氏は憲法(第2条)が規定する「世襲」の意味について、政府の立場として「天皇の血統につながるもののみが皇位を継承するということと解され、男系、女系、両方が含まれる」と明言していた。
■「男系を守る」皇室典範の改正
このたびの総裁選の候補者の中で、公表された「主要政策」で皇室典範の改正を打ち出しているのも、高市氏だけだ。
「126代続いた男系の『皇統』をお守りするため、『皇室典範』を改正します」と。
皇室典範には、皇位継承資格を男系男子に限定するルールを、すでに規定している。にもかかわらず「男系の皇統をお守りするため」に、あえて「改正」を唱えているのはなぜか。
国民の中から、被占領下に皇籍からの離脱を余儀なくされた、いわゆる「旧宮家」男系子孫の男子だけに限定して、皇室典範(第9条)によって禁止されている皇族との養子縁組を、“例外的・特権的”に認めて、目先だけでも皇族数を確保できるようにするためだろう。
旧宮家はもとは11家あったが、その後に廃絶した家もあり、養子縁組の候補になりえる男子がいるのは、賀陽家・久邇家・東久邇家・竹田家の4家のみとされている。
しかし、このプランは問題点が多い。
■一人だけ「回答しない」と答えた小泉進次郎氏
小泉進次郎氏の場合は、皇位継承問題について目につく発言はしていない。同氏は、父親の小泉純一郎氏が首相当時に女性天皇・女系天皇を可能にする皇室典範の改正を目指して挫折した経験を、誰よりもよく知っているはずだ。なので、このテーマへの意思表明は、他の政治家以上に慎重になっているのかもしれない。
昨年の衆院選にあたってNHKが実施した候補者アンケートでは、他の候補者が全員「女性天皇」に「反対」と回答しているのに対して、同氏だけは「回答しない」と答えていた(このアンケートでは高市氏も女性天皇に反対と回答)。「女系天皇」には「反対」と回答している。だが、女性天皇について賛否を明らかにしていない事実は、少し気になる。もし「反対」ならば、党内ムードが“男系男子寄り”に見える自民党所属の場合、あえてそれを曖昧にする必要はないようにも思えるからだ。
もしも「変人」と呼ばれ、政策的な賛否はともかく郵政解散に打って出たり、在任中は毎年、中国・韓国からの強烈な外圧にも屈しないで靖国神社参拝を続けたりした父親の純一郎氏のような突破力が進次郎氏にもあれば、事態打開へのきっかけをつかむことができるかもしれない。それは、父親がやり残した“宿題”の少なくとも一部を、成し遂げることにもなろう。
しかし、政治的にまだ未熟であり、父親とはタイプが違うとの声もあるので、今のところどこまで期待できるかは未知数だ。
■林芳正氏も「男系男子」寄りか
もう1人の有力候補、林芳正氏はどうか。
昨年、国連の女性差別撤廃委員会が「皇室典範を改正して男女の平等な皇位継承を保障すべきだ」という趣旨の勧告をした時に、官房長官として強く反論した時の印象が強い。この時、林氏は政府の立場を代表して、「勧告が日本の皇室典範について取り上げることは適当ではない」とした上で、皇位継承の資格は基本的人権に含まれておらず、皇室典範で皇位継承資格を男系男子に限定していることは女性差別撤廃条約第1条の「女子に対する差別」には当たらない、と言い切った。
もちろん、これはあくまでも皇位継承問題への国外からの干渉を排除しようとする、政府の立場を説明したものだった。だが、先のアンケートで女性天皇・女系天皇に「反対」と回答した事実を突き合わせると、やはり「男系男子」一辺倒という印象を受ける。
ただし同氏が、これまで皇位継承問題について自民党内の意見を取りまとめる役割を果たしてきた麻生太郎・最高顧問(自民党「安定的な皇位継承の確保に関する懇談会」会長)と政治的に距離がある点は、留意しておく必要があるかもしれない。
林氏の有力な支援者とされるのが、同じ福岡が地元の麻生氏とは対立関係にある宏池会元会長の古賀誠氏という事情がある。さらに、同じく麻生氏の「天敵」といわれる武田良太氏が、林氏と日本維新の会との会合を設定した事実もある。
■実現するはずだった皇室典範改正
その麻生氏は先ごろ、皇位継承問題をめぐる野党との協議で、不信を買う“裏切り”的な振る舞いをしている。
今年の6月下旬までの通常国会の会期中に、法案作成の前提となる「立法府の総意」を取りまとめるべく、自民党の麻生氏と立憲民主党の野田佳彦・代表が水面下の協議を重ねてきた。その結果、衆院の正副議長も同席する場で、いったんは一定の合意に達していた(5月27日)。その合意案を衆院法制局が文章化するところまで調整は進んでいたのだ。
合意内容は、女性皇族が婚姻とともに皇族の身分を離れる現在のルール(皇室典範第12条)を見直して、その後も皇室に残れるように変更する制度の改正を、政府が提案している旧宮家養子縁組案より先行して、通常国会中に決着させる、というものだった。
これが順調に進んでいれば、秋の臨時国会で首尾よく皇室典範の一部改正が実現するはずだった(ただし、配偶者とお子さまの身分を皇族とするか国民とするかは、明確でない)。もちろん、これでは皇位継承問題の解決には道半ばにも達していない。それでも半歩前進くらいにはなっていたかもしれない。
■麻生太郎氏の「ちゃぶ台返し」
ところが麻生氏側は、まだ合意に至っていなかった旧宮家系男子養子案と“セット”で制度化する、という内容にすり替えようとした(5月30日)。このすり替えは、政府サイドの山崎重孝・内閣官房参与(皇室制度連絡調整総括官)が介入して、勝手に合意内容を変更させたものだ。
この信義違反に対して、野田氏は記者会見で「完全にこの話は、ちゃぶ台返しだ」と激怒した(6月6日)。これによって昨年以来、衆参正副議長の呼びかけで、国会を構成する全政党・会派が参加して積み重ねてきた議論が、ほとんど“振り出し”に戻りかねない窮地に陥っているのが現状だ。
そうした経緯を振り返ると、皇位継承問題をめぐる立法府の総意をできるだけ速やかに取りまとめるためには、野党との交渉担当者が今後も信頼関係の崩れた麻生氏のままでよいのか、という問題がある。
ただし誰が総裁になっても、自民党は旧宮家系国民男子の養子縁組プランに固執するだろう。「ちゃぶ台返し」後の6月11日に開かれた同党の上記懇談会でも、「旧宮家養子案は必ず実現」と確認していたからだ(これもおそらく先の山崎氏の関与によるものだろう)。
■養子縁組プランの問題点
しかし、このプランは家柄・血筋=門地(もんち)を根拠として国民の中から旧宮家系の子孫男子だけを特別扱いする法律を作ろうとするものだ。よって、皇統譜に登録される皇室の方々だけを例外として(その根拠は憲法第1章、とくに第2条)、戸籍に登録される「国民は平等」とする憲法の原則に反し、“門地による差別”を禁じた憲法(第14条)に違反する疑いが指摘されている(宍戸常寿氏ほか)。
しかも憲法が定める世襲とは天皇の血統=「皇統」による皇位の継承を意味する。その皇統とは、天皇・皇族という身分の範囲内において受け継がれる血統のみを指す、と限定的に理解しなければならない(美濃部達吉氏、里見岸雄氏ほか)。
国民の中にも、生物学的な意味で過去の天皇の血統を引くものは、旧宮家系子孫に限らず、桓武平氏、清和源氏の子孫など他にも多く存在するからだ。
■なぜ結婚以外では皇族になれないのか
皇室典範では、養子縁組を名指しで禁止しているだけでなく、心情的・生命的な結合である「婚姻」による以外に皇族の身分を取得できないことを、わざわざ規定している(第15条)。その趣旨について、皇室典範が制定される当時の法制局(内閣法制局の前身)が次のように説明していた(「皇室典範案に関する想定問答」)。
「臣籍に降下した者及びその子孫は、再び皇族となり 又は新たに皇族の身分を取得することがない原則を明らかにしたものである。蓋(けだ)し、皇位継承資格の純粋性(君臣の別)を保つためである」
たとえば、歴史上の人物である平将門や足利尊氏の子孫なども「臣籍に降下した者及びその子孫」として、生物学的な意味では過去の天皇の血統につながる。だが、そういう人たちがご結婚も介さないで、たやすく皇族になれるルールでは困る、ということだ。
■「旧宮家養子案」は皇統を断絶させてしまう
興味深いことに、旧宮家系子孫の男子本人も「皇統に属さない」ことを自認しているケースがある。
「『皇統』とは法律用語で、『皇統に属する』とは『皇統譜に記載がある』という意味と同一で、すなわち皇族であることと同義語である。……
歴代天皇の男系の男子には『皇統に属する男系の男子』と『皇統に属さない男系の男子』の2種類があり、皇位継承権を持つ現職(原文のママ)の皇族は前者に、また清和源氏・桓武平氏そして私のような旧皇族の子孫などは後者に該当する」(竹田恒泰氏『伝統と創造』創刊号掲載)
ここに正しく指摘されているように、旧宮家系子孫男子はもはや皇統に属しているとは言えず、皇統に属さない者やその子孫による皇位の継承は、憲法が定める「世襲」から外れていると言うほかない。
もし「皇統に属さない」者の子孫によって皇位が継承される場合、これまでの皇統はそこで断絶したと見なすしかないはずだ。
自民党は「皇統をお守りするため」と言いながら、皇統を断絶させる道に踏み出すつもりだろうか。それとも、安定的な皇位継承を目指して女性天皇・女系天皇を可能にする、皇室典範改正の王道に立ち戻ることができるのか。
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高森 明勅(たかもり・あきのり)
神道学者、皇室研究者
1957年、岡山県生まれ。国学院大学文学部卒、同大学院博士課程単位取得。皇位継承儀礼の研究から出発し、日本史全体に関心を持ち現代の問題にも発言。『皇室典範に関する有識者会議』のヒアリングに応じる。拓殖大学客員教授などを歴任。現在、日本文化総合研究所代表。神道宗教学会理事。国学院大学講師。著書に『「女性天皇」の成立』『天皇「生前退位」の真実』『日本の10大天皇』『歴代天皇辞典』など。ホームページ「明快! 高森型録」
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(神道学者、皇室研究者 高森 明勅)