国内外の金(ゴールド)相場が大台に到達しました。今回は、その背景と今後の動向を展望します。
4,000ドルと2万円は2年前の2倍以上
2025年10月の2週目に、ニューヨークの金先物価格(中心限月)は、1トロイオンスあたり4,000ドル台に到達しました。ほとんど同じタイミングで大阪の金先物価格(中心限月)は、1グラム当たり2万円台に到達しました。
図:NY金先物、大阪金の価格推移(2023年10月2日を100)

こうした大台は、ニューヨーク、大阪ともに2年前の2倍以上の水準です。足元、米国の金利引き下げ観測、ウクライナ・中東情勢や米国の政府機関の閉鎖への懸念、米国の中央銀行に当たる米連邦準備制度理事会(FRB)に関する不安など、さまざまな要因が重なっていることが、大台到達のきっかけとなったと報じられています。
さまざまな要因の中で、最も大きい上昇圧力を発生させた要因は、図の左側に示したとおり、2023年12月に、FRBが議論の方針を利上げから利下げに転換したことだと、筆者はみています。利下げは、米ドルの保有妙味を低下させ、相対的に金(ゴールド)の保有妙味を大きくする要因です。
それまでの数年間、FRBは利上げの方針を維持していました。このことにより、ウクライナ戦争が激化して有事(伝統的)ムードが拡大したタイミングでも、ニューヨーク金先物の価格が下落する場面がありました。「ドル高・ドル建て金(ゴールド)安」の構図が存在したためです。
金(ゴールド)相場にとって重要なことは、FRBが利上げや利下げを実施することではなく、FRBの方針が利上げ・利下げのどちらであるかです。その意味で、利下げムードを醸成しているトランプ大統領の姿勢も、ニューヨークの先物などのドル建て金(ゴールド)に上昇圧力をかけていると言えます。
「土台」の上で起きている歴史的な高騰
米国の利下げは、金(ゴールド)相場を動かす材料の一つに過ぎません。時間軸は「短中期」で、ドルの代わりという意味の「代替通貨」というテーマに分類することができます。
金(ゴールド)相場を動かすテーマは、短中期だけではありません。中長期には「中央銀行」、超長期には「有事(非伝統的)」があります。こうした時間軸の異なる複数のテーマ、それぞれからもたらされる上昇圧力が層を成していることが、今日に至る長期視点の価格高騰の背景であると筆者は考えています。
以下は、時間軸の異なる複数のテーマからもたらされる上昇圧力をイメージした図です。
図:ドル建て金(ゴールド)価格の推移イメージ

時間軸が「短中期」である「有事(伝統的)」「代替資産」「代替通貨」の三つは、伝統的なテーマです。金融機関や一部の投資家の間で語り継がれている天動説のような存在です。これらの三つテーマはそれぞれ、短中期的な上下の圧力を提供し、金(ゴールド)相場の変動に影響を及ぼしています。
これらはあくまで「短中期」の時間軸です。このため、2000年代前半に始まり、およそ四半世紀の年月をかけて、4,000ドルや2万円という水準に到達した歴史的な高騰劇を、これらだけで説明することはできません。歴史的な高騰劇を説明する上で、重要な部品(ピース)ではありますが、全てではないのです。
歴史的な高騰劇を支える土台となっているテーマが、中長期の時間軸の「中央銀行」と、超長期の時間軸の「有事(非伝統的)」です。
こうした「土台」となるテーマが存在することにより、今日の歴史的な高騰劇が起きていると言えます。伝統的テーマ(天動説)と非伝統的テーマの二つを総合的に分析する手法は、天動説に対する地動説であると筆者は考えています。ここで述べている地動説こそ、現代の金(ゴールド)相場を分析するために欠かせない考え方であると言えます。
図:ドル建て金(ゴールド)に関わる七つのテーマ(2025年)

全体的には、短中期は三つ、中長期は中央銀行のほか宝飾需要、鉱山会社を含めた三つ、超長期は一つ、合計七つのテーマが存在します。これらを俯瞰(ふかん)することで初めて、4,000ドル到達の背景を説明できるようになります。
円建て金(ゴールド)が2万円に到達したことについては、世界の指標であるドル建て金(ゴールド)に追随したことが直接的な背景ですが、追随の仕方に「ドル/円」の変動が強弱を加えたことに留意する必要があります。
有事(伝統的)と有事(非伝統的)の違い
ここで、短中期に分類した「有事(伝統的)」と、超長期に分類した「有事(非伝統的)」の違いを確認します。金融機関や一部の投資家の間でまことしやかに語られている有事がここで言う「有事(伝統的)」です。
1970年代後半に、中東地域で複数の有事が発生し、金(ゴールド)相場が短期的な急騰劇を演じました。この時の経験則が現在の「有事(伝統的)」の原型です。物理的な衝突を伴う戦争やテロのほか、大規模な自然災害、大規模な金融危機、パンデミックなど、見えやすく、分かりやすく、感じやすいことが特徴です。
近年の具体例に、中東やウクライナ情勢の不安定化、トランプ関税への不安の高まり、実感を伴わない株価急騰、などが挙げられます。
図:有事(伝統的)と有事(非伝統的)の例

一方、「有事(非伝統的)」は、新しい技術がもたらす脅威、社会の変革がもたらす不安、新しい考え方がもたらす混乱、世界分断がもたらす混沌(こんとん)などを指し、目に見えにくい、分かりにくい、感じにくい、などの特徴があります。
近年の具体例に、自由民主主義指数の低下が示す世界の民主主義の後退、中国の米国債保有高の減少が示唆する新興国の米国離れ、米ドルの総量の急増がきっかけで起きつつあるドル覇権崩壊懸念、などが挙げられます。
こうした「有事(非伝統的)」は、中長期のテーマの一つ「中央銀行」と強く結びつき、金(ゴールド)市場の長期視点の高騰劇を支える「土台」の一翼を担っています。以下の通り、中央銀行全体の買い越し(購入-売却)量がプラスに転じたタイミングが2010年でした。
図:中央銀行による金(ゴールド)買い越し量の推移 単位:トン

この2010年ごろは、自由民主主義指数が低下し始めたタイミング、そして中国の米国債保有高の減少が始まったタイミングと、ほとんど一致します。
米国でうごめく新しい有事とは?
米国で今、「トランプ口座」が話題です。米連邦議会で調整が進んでいる「大型減税・歳出法案(One Big Beautiful Bill Act)」に盛り込まれた、新生児向けの投資口座の創設案です。
現在の案では、2025年から2028年の間に生まれた米国籍の子供一人あたりに、米政府から1,000ドル(約15万円 1ドル=150円の場合)が自動的に供与され、米国株式に連動する低コストのインデックスファンドで運用されます。
利用者は、原則として18歳まで資金の引き出しができないものの、それまでの間、運用益についての課税は繰り延べられ、その後、教育や住宅購入などのため、段階的に資金を引き出せるようになるとされています。
米国の金融業界にとって、新たな顧客層の開拓につながる、長期視点の資金流入が期待されるなど、期待が膨らんでいます。将来的にトランプ口座が年金積立口座(IRA)に移管される案もあるとのことです。また、トランプ大統領は、子供、親、祖父母といった幅広い層からの支持獲得を企図している、との声もあります。
図:トランプ口座の概要とメリットおよび想定されるデメリット

各種メディアで報じられているトランプ口座ですが、同口座について、現時点で、筆者はやや懐疑的に見ています。例えば、株価が暴落した場合、社会的な動揺が大きくなることが想定されます。子供の口座の状況が悪化すれば、その親や祖父母も不安を感じるでしょう。
また、市場が「インフラ化」する懸念があります。市場は、多数の売り注文と多数の買い注文が見合って、公正な価格が掲載される場です。そこで形成された価格は経済情勢の今を分析したり、今後を見通す大きなヒントになったりします。
しかし「トランプ口座」という、ある意味、「市場をインフラ」と捉えた政策が実施されれば、インフラは社会を支える重要な要素であり、毀損(きそん)されてはいけない、充実したものであり続けなければならない、という基本的な発想から「相場を支えることが当たり前」という、市場原理と異なる考え方が持ち込まれる可能性があります。
米国の金融機関や市場関係者、特に株のアナリストらは、株価が上昇する趣旨の情報を発信するかもしれません。インフラを支えるのは当然、我々はインフラを支え、社会に貢献していると言わんばかりに、反落しても「大丈夫」「今が買い場」などと報じるようになるかもしれません。
そして、株価上昇を誘発することを述べたアナリストが高評価され、ポピュリズム(人気取り)がさらに進むかもしれません。こうしたことと思惑を増幅するSNSが相まって、思惑主導(実態軽視)の株価上昇が起きる可能性があります。そうなれば、市場の中立性は地に落ちかねません。
先ほどの図「有事(伝統的)と有事(非伝統的)の例」で、有事(伝統的)の例に「実態を伴わない株価上昇」と書きました。最近、日本の個人投資家の皆さんと話をしていると「景気が良い実感がないまま株価だけ上昇していることが怖い」という趣旨の言葉を聞きます。
図:S&P500種指数の推移(1984年1月を100 2025年9月まで)

こうした不安もまた、有事(伝統的)を大きくしていると言えます。「トランプ口座」の対象となる新生児は、今のところ、2025年から2028年生まれとされています。この期間は、トランプ大統領の任期とほぼ一致します。市場の公正性が損なわれるリスクが最小限にとどまることが望まれます。
本レポートで述べたとおり、金(ゴールド)相場を取り巻く環境は1980年代後半のように単純ではありません。ですが、時間軸を「短中期」「中長期」「超長期」の三つに分けた七つのテーマに沿って分析をすれば、きちんと説明をすることが可能であると、筆者は考えています。
現在の金(ゴールド)相場は、歴史的な高騰を演じていますが、中長期の「中央銀行」と超長期の「有事(非伝統的)」がもたらす上昇圧力が続けば、細かい上下を繰り返しながら、長期視点で上値を伸ばす可能性は十分あると考えます。将来的に5,000ドルに達する可能性もあると考えています。
[参考] 貴金属関連の具体的な投資商品例
長期:
純金積立(当社ではクレジットカード決済で購入可能)
純金積立・スポット購入
投資信託(当社ではクレジットカード決済、楽天ポイントで購入可能。以下はNISA成長投資枠対応)
三菱UFJ 純金ファンド
ピクテ・ゴールド(為替ヘッジあり)
ゴールド・ファンド(為替ヘッジあり)
中期:
関連ETF(NISA対応)
SPDRゴールド・シェア(1326)
NF金価格連動型上場投資信託(1328)
純金上場信託(金の果実)(1540)
NN金先物ダブルブルETN(2036)
NN金先物ベアETN(2037)
GXゴールド(425A)
SPDR ゴールド・ミニシェアーズ・トラスト(GLDM)
ヴァンエック・金鉱株ETF(GDX)
短期:
商品先物
国内商品先物
海外商品先物
CFD
金(ゴールド)、プラチナ、銀、パラジウム
(吉田 哲)